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Ｓｉｄｅ Ａ 一（始まりは突然の終わり)
目的の人物を見付けた。
やはり、二人は一緒に在た。
「――デュオンさん？」
話したいと思って来た筈なのだが、いざ話そうとすると、何から話せばいいのか、解らなくなっていた。
黄昏の風が吹く、ほのかに蒼い空間に、沈黙が落ちた。
リアンは徒、僕を見詰める。
久し振りに見る彼等に、幽（かす）かに迷って視線を向ける。
「少し……いいかな」
リアンは真っ直ぐうなずく。
「 勿論。――何かあったんですか？」
僕は視線を落としたまま、少し間が流れた。
自分の中に、意識を向ける。
己の気持ちを、辿る為に。
「――君達に、話しておきたい。だけど まとめられなくて――、君達に会えば、何か浮かぶかと思って」
今までのこと、これからのこと、そして、自分のこと。
「僕達に会えば、考えがまとまると？」
リアンの隣に立つジョウイが訊ねた。
その言葉に、視線を上げる。
「――ああ、そうだ」
その言葉は的確で、思考の背を押した。
声も、大分落ち着いて来ている。
そう、最初から――話せばいい。
「グラスランドへ……百八星に立ち会って来た。ジョウイ、君に、訊きたい。本当は――本当は、死にたく、なかった？」
「え？」
虚を突かれたように問い返すジョウイ。
だがそれは、ずっとどこかで考え続けて来たこと。
そう――十五年前から。
「――十五年前、本当は、救われたかった？ 生きて、いたかった？ それとも……死んで解放されたかった？」
それは、過去を指すと同時に核心を突く言葉。
彼はどちらを望んでいた？
――そのまま、真意を見抜く為にジョウイを見据えた。
リアンも気になる風で、ジョウイに視線を向ける。
ジョウイは、穏やかな瞳に微かに哀しみを隠して、こちらを見ていた。
――どこか過去を映す眼差しで。
そして、言葉を紡ぐ。
「僕は――今、生きていて良かったと思えます。……ですから あの頃の僕が何を望んだとしても、少なくとも今の僕は、生きる事で救われていると……思います」
……生きていて、良かった、か……
その言葉は、どこか眩しい。
同時に、今の自分には、哀しかった。
自分は――又見送ってしまったのだから。
だから、微かに眼を細めた後、視線を落とす。
「リアン、ジョウイ――人で、なくていいと思った。……けど……そう、だよな……本当は……死にたがってはいない……誰も……本当は、死にたいわけじゃないよな……。本当は、死にたがってる人間はいない……よな……」
支離滅裂ながらも、言葉の欠片が零れ出す。
「マクドールさん……？」
「デュオンさん……」
二人が、問う様に名を呼び、リアンが手を伸ばして僕の袖口を引いた。
「大丈夫ですか？」
覗き込むように訊ねる視線に、僕は徒、問いを返した。
「リアン……気付いていた？ 『彼』が僕達に……『夢』を託していたこと……」
「……え？」
聞き返すその言葉に、返す余裕は未だない。
徒、言葉を続ける。
「気付かなかった……何も。僕は……。……ねぇリアン、しばらく一緒に在ていいかな」
その言葉に、リアンは飛び付くように答えた。
「勿論！ ね、ジョウイ」
「うん」
ジョウイも頷く。
二人共、疑問は色々あるだろうに、何も訊かずに待ってくれるようだった。
その事に、心の中で感謝した。
野宿に同行させて貰い、その合間に、心に付くまま、断片的に語りはじめた。
フッチや星辰剣、ハイランド関係も含めた、十五年前所縁（ゆかり）の人々に、会ったこと。
今回は、真なる火、土、風、水、雷の五行の紋章を巡る戦いだったこと。
そして、星――宿星達が向き合っていた相手について。
「紋章を……真の紋章を、壊そうとしたんだ。」
「『神殺し……！？』」
ジョウイの言葉に、微かに知的興味を引かれて、瞳を向ける。
「……さすがだね、……そう呼んでいる人もいた。主に軍師達が。――僕は例え世界の根底に関わる『力』だとしても、紋章を『神』などとは思わないし、『盾』を混沌とも思わないけれど」
紋章は紋章で……リアンはリアンだ。
「でも、何故……」
「『紋章の……導く……望む未来』って信じる？」
「え？」
「僕達の宿している、黒き刃の紋章と、輝く盾の紋章が……争いを望むと言われたように……ですか 」
ジョウイの言葉に微かにうなずき、言葉を続けた。
「……その人は……法の支配するモノクロームの世界がそうだと言った。人も何も住めない世界。それを壊す為、紋章を壊すのだと」
「しかし……」
「――うん、紋章を壊せば、大陸が壊れる……。 ……結局、現状維持の為の戦いだったよ。――最も シックスクランがまとまるという利点はあったけどね」
「…………」
二人が沈黙を返す。
「最も僕には――未来なんて良く解らない。それに宿星も――共に戦える人間でなければ駄目なのだと思っていた。どれ程近しくても。だが今回は……『向こう側』の人間も宿星に入っていた。……解らない……」
我ながら、不安定な言葉だ。
伏せた視線に、覗き込むようにリアンが視線を合わせる。
その眼を見ていると少し辛くて。
いや、押し隠して来た辛いと言う感情が、少しだけ出て来そうで。
その感覚に耐える為、眼を細めると、瞳を閉じる。
そして、正直に告げた。
「――――リアン……僕は、止められなかった……」
振り切るように首を振り、顔を上げて息をつく。
「デュオンさん……」
リアンが僕の手をつかんだ。
その瞳は僕の様子に感化されたのか、どこか辛そうで、真剣だった。
そして、僕を、心配してくれているのだろうことが、伝わった。
「何を……、止められなかったのですか？」
ジョウイの問いに、一言で答える言葉を持たない僕は、唯、
「悲劇を……かな……」
とだけ答えた。
夜の背後に生まれた気配。
「 誰だ！？」
どこかで感じた気配。
誰何（すいか）と共に、構えた棍の向こうに現れたもの、
それは――
「！」
闇の中から進み出た人影は、自分と同じ姿をしていた。
（……あれは、何だ……？）
油断なく棍を向ける。
自分と同じの姿をした人物は、どこか闇を融かしたような瞳をしている。
そして、どこか見下げた眼付きで自分を見ていた。
「それすら判らないお前が生きる資格さえない」
訝る様に眉をしかめ、相手を見据える。
僕はこいつを、知ってる――？
ふいに、そんな感覚が掠めた。
「……お前……まさか――――同じ闇の力を感じる……ソウルイーター？ いや……」
とまどうように首を横に振る。
闇の気配……だが、ソウルイーターそのものとは違う……？
自分は、あれを知っている……？
相手は鋭い言葉を告げる。
「意味などあるのか？ 何も解らず、何も守れず、引き止める事さえ出来ずに、見続けるだけのお前がそこに在る意味など！」
言葉と同時に、二つの棍が音を立てぶつかる。
この痛み、この言葉、これは――もしかすると。
「……君は……君は、デュオン……デュオン・マクドールなのか――？」
確かめるように相手に告げた。
「デュオンさん……？」
純粋な疑問を向けるリアンと対照的に、ジョウイが声を上げる。
「マクドールさん！ 惑わされては……」
「お前など在なければ」
相手は自分に冷たい眼を向けるだけ。
「お前に何が出来る！」
相手の棍に弾かれた。
「ぐっ……」
「俺を止める権利も、お前になどない」
驚く程近くで声が囁き、受け流した棍先が顔の横を掠めた。
「お前に意味などないのだから」
低く睨（ね）め付ける声に、こちらも押し殺すように応える。
「なら……俺を殺せば気が済むとでも言うのか。意味が……あると言うのか」
答えは既に解っている。これが自分なら――
――――相手の顔色が変わった。
「意味など……既にあるものか……！ お前が殺した！ 俺はそれを許さない。守れなかった自分も、
世界も全て消えてしまえばいい……！！ あれを救えなかった全てを」
「止めろ……！ そんな事したところで何も……！」
何も、救えはしない。
「黙れ！！」
相手の周囲から闇が放たれ、僕に襲いかかった。
「デュオンさん！」
とっさに割って入ったリアンの輝く盾の光が闇を散らした。
闇を貫く光が相手に注ぐ。
「くっ……」
「うっ」
同時に走る光の衝撃に撃たれ、自分も呻いた。
「え！？」
魔法を返された相手だけでなく、こちらもダメージを負っている事に、振り向いたリアンが気付いて。
「何で……」
呆然と呟く。
「徒の偽物かと思っていたけど、これは……」
ジョウイの言葉。
リアンの右手の盾は、完全に闇を散らし、自分を守っていた。
……解ってる。これは……
二人を制すように、腕を上げて立ち上がる。
「君は……僕だね。ソウルイーターの闇で具現化した……僕自身の闇。もう一人の自分。――そうだよな」
思ったより、静かな声が出た。
そう、ずっと、見ない振りをして来た。
気付かなければ、そのままで在られる気がしていた。
だけど、もう。
誤魔化すことが出来ない。
胸の奥の……わだかまりの正体を。
自分の、本音を。
「君が……僕を殺したい理由を知っている。彼が……僕が人で在る為の鍵だった。けれど……君に訊く。もし、僕が君だったなら……止められたと言うのか？」
「言いもしなかった相手に言われる筋合いなどない……！」
相手が僕を憎むのも当然だ。
だけど僕は。
「……僕は……捨て切ることも、諦めることも出来ない……比べることも出来ない……世界も、皆も、……彼自身も」
「だから、見捨てたのか。テッドも、親も、付き人も。そして――あいつさえ！」
投げられる言葉と、痛みに耐え、視線を合わせる。
「……救えると言うのか？」
憎しみと絶望、哀しみと切望。
同じ痛みから生まれた筈の、違う二つの視線が互いを映す。
だけど、もう、吹き出した怒りは止められない。
「俺はお前を許さない……あいつのいない世界も、死に向かう者を止められないお前も、消えてしまえ……！ 止めようともしない……諦めているお前を殺してやりたい！」
激しい激情。
「これがあなた……なんですか？」
リアンの言葉に、僕は陰鬱（いんうつ）に呟いた。
「ああ……『彼』を失くした事で生まれた……僕自身の〝闇〟 だ……」
僕が、認めることが出来ずにいたもの。
「『彼』とは……？」
確信を突くジョウイの問いに、眉を寄せ、覚悟と共に重い口を開く。
「…………僕達が知ってる相手。百八星が向かった相手。それは――――石版の番人。風の……魔法、使い」
――これで、伝わる筈だ。
「――！！」
直接口に出す事も出来ない『彼』の名を、リアンなら知っているから。
「……ルック……！？ どうして……？ そんな……何でそんな事……！」
やはり、通じたようだ。
「理由は……説明した通り……」
「でも……！」
リアンの言葉に、暗澹（あんたん）さを秘めた声でうなずく。
「ああ……、僕も、まさかと思った……、彼が……僕達の……いや……人の為に『動く』とは……」
眉と口に力を込め、表情を引き締めた。
「だが、引き金を引いたのは俺達だ……。〝運命〟 を変えられると言ったのは……」
「でも、そんな意味じゃなかったんでしょう？」
リアンの言葉にうなずく。
こんな道を望んでいた訳じゃない。
「……ああ。だが俺は、止められなかった……」
相手の瞳が呼応する様に光を帯びた。
「俺がここに現れた以上……お前に俺を止めることは出来ない」
もう一人の自分の右手……闇が光を放つ様に見えた。
「我が全ての闇の深淵にかけて、ソウルイーター！ 全ての世界を壊せ……！」
「！！」
――それだけはさせない！
強い強い闇。空間さえ震わせて壮絶なプレッシャーが彼の手に宿る瞬間、自分も右手を振り上げて叫んだ。
痛みを込めた声が朗々と響く。
「我が全ての痛みにかけて、ソウルイーター我が闇を喰らえ！」
「！！」
互いの魔力が喰い合う瞬間。
だが、こちらが狙うのは唯一点。
〝世界の全て〟じゃ無い。
極限まで密度を上げた右手の闇が、すり抜ける様に相手の心臓に届いた。一点突破だ。
相手の力が、〝命〟 が喰われてゆく。
「な……」
驚きを隠せない相手。集った闇さえ、引き込まれて消えてゆく。
そう、例えば。
最初から〝君〟が表に出ていれば、僕は辛くなかったのかも知れない。
だけど。
それは出来なかったんだ。
その理由は――
「……君が……今まで現れる事が出来なかったのは……、君が僕に……敵わなかったからだ……」
僕の願いが、この人格が。
一番――強かったからだ。
それは事実で――だけど哀しい。
僕は、こんなことになるまで、押さえつけることしか、出来なかったのだ。
その闇に気付きながら、受け止めることも、答えを見付け出すことも出来ずにいた。
自分を――認めることが出来ずにいた。
だから、こんな事になったのだ。
「馬鹿な……こんな事をすれば、お前も……」
「……解っていたさ……」
自分も、もろともなのだと言う事は。
だけど、それでも。
壊させたくは無いんだ。
――今の自分には、こんなこと位しか出来ない。
相手が崩折れる。
「……ごめん……」
自らの『影』に向かってつぶやく。
今となっても、僕は君に、冷たさを向ける事しか出来ない。
君を、受け止めることが出来る、自分なら良かったのに。
その至らなさが、余裕のなさが……辛い。
こんな道を、望んでいた訳じゃない。
君を、憎みたかった訳じゃないんだ。
唯、全てを失っても、壊したくはなかったんだ。
それが、譲れなかっただけ――。
――視界がグラリと揺れた。
「デュオンさん！！」
リアンの声と手が、浮きかけた意識を引き戻す。
その存在に、希望に近い安堵を感じてしまう自分に、苦笑する。
自分はもう……先がないと言うのに。
都合も意地も配慮も、何もかも捨てて……
もっと先に……君にも話しておくべきだったのかな。
そうすれば……止められたのだろうか。
望みはずっと、同じだったのだから。
「……馬鹿だな……此所までなっても「希み」を捨て切れないなんて」
馬鹿だとは思う。
だけど、悔しくて、辛い。
「諦めて、ないんですね」
リアンの声は、確信に満ちていて、答える必要を感じない。
そう、自分は、諦めることが出来ない。
何んな状況でも、決して。
自分を支えていたリアンの手を放すと、右手をかざす。
「ソウルイーター、僕の、〝最後〟の願いだ。ルックに……会わせてくれ。時間と空間を超えて……〝彼〟 を変えたい。頼む……我が、半身」
「デュ……っ！！」
リアンの声に、背を押されるような気がして、微かに微笑む。
そして、僕は、闇の中を飛んだ。
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