（P1)
Ｓｉｄｅ Ａ 一（始まりは突然の終わり)
「――デュオンさん？」
黄昏の風が吹く、ほのかに蒼い空を背に〝彼〟が現れた。
それが、僕等の〝始まり〟で、その時 全てのことが沈み切る直前だと、気付くこともなくて。
僕は徒、彼を見詰めた。
赤い服に緑のバンダナ、棍を携えた、見知った――変わらぬ姿。
久し振りに見る彼は、かすかに迷った風に僕達を見た。
「少し……いいかな」
僕はうなずく。
「 勿論。――何かあったんですか？」
彼は視線を落としたまま、少し間が流れた。
「――君達に、話しておきたい。だけど まとめられなくて――、君達に会えば、何か浮かぶかと思って」
「僕達に会えば、考えがまとまると？」
僕の隣に立つ長身の青年――ジョウイが訊ねた。
「――ああ、そうだ」
彼は落ち着いた声で、真っ直ぐ瞳をジョウイへと向けた。まるで考えがまとまったと言うかのように。
――――彼が言葉を紡ぐ。
「グラスランドへ……百八星に立ち会って来た。ジョウイ、君に、訊きたい。本当は――本当は、死にたく、なかった？」
「え？」
虚を突かれたように問い返すジョウイ。
彼は言葉を続けた。
「――十五年前、本当は、救われたかった？ 生きて、いたかった？ それとも……死んで解放されたかった？」
それは、過去を指すと同時に核心を突く言葉。
彼はそのままジョウイを見据えた。
僕も思わずジョウイを見ると、ジョウイは穏やかな瞳にかすかに哀しみを隠して、彼を見ていた。
〝彼〟と同時に――きっと過去を見てる。そんな瞳で。
「僕は――今、生きていて良かったと思えます。……ですから あの頃の僕が何を望んだとしても、少なくとも今の僕は、生きることで救われていると……思います」
彼はかすかに眼を細めた後、視線を落とす。
「リアン、ジョウイ――人で、なくていいと思った。……けど……そう、だよな……本当は……死にたがってはいない……誰も……本当は、死にたいわけじゃないよな……。本当は、死にたがってる人間はいない……よな……」
「マクドールさん……？」
「デュオンさん……」
独白のような言葉は、何だか遠くて、手を伸ばした。彼の、袖口に触れる。
「大丈夫ですか？」
「リアン……気付いていた？ 『彼』が僕達に……『夢』を託していたこと……」
「……え？」
「気付かなかった……何も。僕は……。ねぇリアン、しばらく一緒に在ていいかな」
その言葉に、飛び付くように答えた。
「勿論！ ね、ジョウイ」
「うん」
（この人の様子……何があったんだ？）
野宿の合間、彼は断片的に語りはじめた。
フッチや星辰剣、ハイランド関係も含めた、十五年前所縁（ゆかり）の人々に、会ったこと。
今回は、真なる火、土、風、水、雷の五行の紋章を巡る戦いだったこと。
そして、星――宿星達が向き合っていた相手について。
「紋章を……真の紋章を、壊そうとしたんだ。」
「『神殺し』……！？」
ジョウイの言葉に、彼はかすかに瞳を向ける。
「……さすがだね、……そう呼んでいる人もいた。主に軍師達が。――僕は例え世界の根底に関わる『力』だとしても、紋章を『神』などとは思わないし、『盾』を混沌とも思わないけれど」
（混沌……？）
「でも、何故……」
「『紋章の……導く……望む未来』って信じる？」
「え？」
「僕達の宿している、黒き刃の紋章と、輝く盾の紋章が……争いを望むと言われたように……ですか 」
ジョウイの言葉に彼はただ、言葉を続けた。
「……その人は……法の支配するモノクロームの世界がそうだと言った。人も何も住めない世界。それを壊す為、紋章を壊すのだと」
「しかし……」
ジョウイの言葉に彼はうなずく。
「――うん、紋章を壊せば、大陸が壊れる……。 ……結局、現状維持の為の戦いだったよ。――最も シックスクランがまとまるという利点はあったけどね」
「…………」
僕達は徒沈黙を返した。彼の言葉は続く。
「最も僕には――未来なんて良く解らない。それに宿星も――共に戦える人間でなければ駄目なのだと思っていた。どれ程近しくても。だが今回は……『向こう側』の人間も宿星に入っていた。……解らない……」
その瞳は、不安定さを含んで、どこか遠く感じた。
つい確かめる様に、その瞳を覗き込む。
彼は辛そうに眼を細めると、瞳を閉じる。
そして、つぶやく言葉。
「――――リアン……僕は、止められなかった……」
彼は振り切る様に首を振り、顔を上げて息をつく。
「デュオンさん……」
僕は思わず彼の手をつかんだ。
きっと、何かを失くしたのだ。デュオンさんは。
それも 酷く大事な何かを。
「何を……、止められなかったのですか？」
ジョウイの問いに、彼は唯、
「悲劇を……かな……」
とだけ答えた。
夜の背後に生まれた気配。
「誰だ！？」
どこかで感じた気配。
デュオンの誰何（すいか）と共に、構えた棍の向こうに現れたもの、
それは――
「！」
闇の中から進み出た人影は、デュオンさんと同じ姿をしていた。
（……デュオンさん……じゃない……？）
デュオンの姿をした人物は、どこか闇を融かしたような瞳をしている。
そして、どこか見下げた眼付きでデュオンを見ていた。
「それすら判らないお前が生きる資格さえない」
デュオンは訝る様に眉をしかめ、相手を見据える。
「……お前……まさか――――同じ闇の力を感じる……ソウルイーター？ いや……」
どこかとまどうように首を横に振るデュオン。
相手は鋭い言葉を告げる。
「意味などあるのか？ 何も判らず、何も守れず、引き止めることさえ出来ずに、見続けるだけのお前がそこに在る意味など！」
言葉と同時に、二つの棍が音を立てぶつかる。
「……君は……君は、デュオン……デュオン＝マクドールなのか――？」
デュオンが確かめる様に相手に告げた。
「デュオンさん……？」
「マクドールさん！ 惑わされては……」
「お前など在なければ」
相手はデュオンに冷たい眼を向けるだけ。
「お前に何が出来る！」
相手の棍がデュオンを弾いた。
「ぐっ……」
「俺を止める権利も、お前になどない」
驚く程近くで声が囁き、受け流した棍先が顔の横を掠めた。
「お前に意味などないのだから」
低く睨（ね）め付ける声にデュオンは押し殺すように応える。
「なら……俺を殺せば気が済むとでも言うのか。意味が……あると言うのか」
――――相手の顔色が変わった。
「意味など……既にあるものか……！ お前が殺した！ 俺はそれを許さない。守れなかった自分も、
世界も全て消えてしまえばいい……！！ あれを救えなかった全てを」
「止めろ……！ そんなことしたところで何も……！」
「黙れ！！」
相手の周囲から闇が放たれ、デュオンに向かう。
「デュオンさん！」
とっさに割って入った輝く盾の光が闇を散らした。
闇を貫く光が相手に注ぐ。
「くっ……」
「うっ」
声は、両方から聞こえた。
「え！？」
見ると、魔法を返された相手だけでなく、デュオンの方もダメージを負っていた。
「何で……」
呆然とつぶやく。
「徒の偽物かと思っていたけど、これは……」
ジョウイの言葉。
右手の盾は、完全に闇を散らし、デュオン＝マクドールを守っていた。
これは何を意味している？
二人を制すように、デュオンが立ち上がる。
「君は……僕だね。ソウルイーターの闇で具現化した……僕自身の闇。もう一人の自分。――そうだよな」
静かな声でデュオンは続ける。
「君が……僕を殺したい理由を知っている。彼が……僕が人で在る為の鍵だった。けれど……君に訊く。もし、僕が君だったなら……止められたと言うのか？」
「言いもしなかった相手に言われる筋合いなどない……！」
怒りの籠もった相手の言葉に、デュオンは目を伏せて。
「……僕は……捨て切ることも、諦めることも出来ない……比べることも出来ない……世界も、皆も、……彼自身も」
「だから、見捨てたのか。テッドも、親も、付き人も。そして――あいつさえ！」
「……救えると言うのか？」
傷付いた二人の視線が互いを映す。
――――これが、デュオンさんの闇？
「俺はお前を許さない……あいつのいない世界も、死に向かう者を止められないお前も、消えてしまえ……！ 止めようともしない……諦めているお前を殺してやりたい！」
激しい激情。
「これがあなた……なんですか？」
「ああ……『彼』を失くしたことで生まれた……僕自身の〝闇〟 だ……」
「『彼』とは……？」
ジョウイの問いに、覚悟する様に眉を寄せ、デュオンが重い口を開いた。
「…………僕達が知ってる相手。百八星が向かった相手。それは――――石版の番人。風の……魔法、使い」
「――！！」
直接口に出すことも出来ない『彼』の名を、自分は確かに良く知っていた。
「……ルック……！？ どうして……？ そんな……何でそんなこと……！」
「理由は……説明した通り……」
「でも……！！」
彼は暗澹（あんたん）さを秘めた声でうなずく。
「ああ……、僕も、まさかと思った……、彼が……僕達の……いや……人の為に『動く』とは……」
彼はそこで表情を引き締めた。
「だが、引き金を引いたのは俺達だ……。〝運命〟 を変えられると言ったのは……」
「でも、そんな意味じゃなかったんでしょう？」
大陸を……壊すやり方など。
「……ああ。だが俺は、止められなかった……」
相手の瞳が呼応する様に光を帯びた。
「俺がここに現れた以上……お前に俺を止めることは出来ない」
相手の右手……闇が光を放つように見えた。
「我が全ての闇の深淵にかけて、ソウルイーター！ 全ての世界を壊せ……！」
「！！」
強い強い闇。空間さえ震わせて壮絶なプレッシャーが彼の手に宿る瞬間、痛みを込めた声が朗々と響いた。
「我が全ての痛みにかけて、ソウルイーター我が闇を喰らえ！」
「！！」
互いの魔力が喰い合う瞬間。
だが、デュオンの右手の闇がすり抜ける様に相手の心臓に届いた。一点突破だ。
相手の力が、〝命〟 が喰われてゆく。
「な……」
驚きを隠せない相手。集った闇さえ、引き込まれて消えてゆく。
「……君が……今まで現れることが出来なかったのは……、君が僕に……敵わなかったからだ……」
落ち着いた、だがどこか冷たく哀し気な声でデュオンが告げた。
「馬鹿な……こんなことをすれば、お前も……」
「……解っていたさ……」
相手が崩折れる。
「……ごめん……」
彼は自らの『影』が居た場所を見詰めて、辛そうにつぶやいた。
――その身体がグラリと揺れた。
「デュオンさん！！」
慌てて支える。
デュオンさんは、自嘲というより、悔しそうな響きを込めて。
「……馬鹿だな……ここまでなっても「希み」を捨て切れないなんて」
それは、哀し気で、
「諦めて、ないんですね」
確認と、希みを込めて、僕も答える。
デュオンさんは 僕の手を放すと、右手をかざす。
「ソウルイーター、僕の、〝最後〟の願いだ。ルックに……会わせてくれ。時間と空間を超えて……〝彼〟 を変えたい。頼む……我が、半身」
「デュ……っ！！」
闇が阻むようにデュオンさんを包む。
そして、後には、何も残らない。