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独りで臨む結末 ～願いの選択 １～
だから、驚きはしたけれど、意外ではなかったんだ。
〝彼〟が再び現れることは、心のどこかで感じていた。
儀式の地。その最奥。
ヒューゴと彼の風使いが対峙するその瞬間に、それは起こった。
その空間に旋風の様に〝闇〟が広がり――
〝彼〟が僕達と、魔法使いとの間に立っていた。
その眼は深く――闇を宿す漆黒の色。
思い出の中の姿と、変わらない筈の二人は、だけど、二人とも雰囲気がまるで違っていた。
二人とも、張り詰めた闇を感じる。
そして、〝彼〟が告げた言葉は――。
「ヒューゴ……それに……久し振りだな」
デュオンさんは、僕達とルック、双方に視線を向ける。
どうやらヒューゴのことは知っているみたいだ。
「お前……何者だ！ 邪魔をするつもりか？」
「邪魔……ある意味では、そうかも知れないな」
ヒューゴの誰何（すいか）に、デュオンさんはそう答えてルックに向き直った。
「君は紋章を破壊したい。彼等は大陸を犠牲には出来ない。
では、この大陸を犠牲にせずに、〝風〟を壊す方法があると言ったら、――乗るか？」
デュオンさんは、真剣な眼差しをルックに向ける。
ルックは僅かに真意を探るような視線だけを返した。
「もう少しはやくに動ければ良かったんだが……難しくてな。――僕も覚悟を決めたよ」
独白のように、言葉が続いた。
「この世界が、数多の世界の一つに過ぎないことは、承知しているだろうが――
その中に、人も、精霊も棲まない、荒れ地と山岳が広がる世界が存在する。
その場所を使えば、この大陸は犠牲にはならない。次善案ではあるが。――乗るか？」
「この場所以外では不可能だろう」
ルックが素っ気なく首を振ると。
「この場所ごと、転移させる」
と、答えが返った。
「――それが、君に出来ると？」
「出来るから、来たんだ」
「……」
僅かに考え込む。
デュオンさんは僕達を振り返った。
「君達も――良ければ少しの間、この場を任せてもらえないだろうか。
信じる信じないは自由だが、僕は、僕の作戦の中で、彼と君達のどちらも犠牲にするつもりはないんだ」
「何者なんだ？」
ヒューゴが問う。
「僕はデュオンだ。デュオン＝マクドール。そこに在るフッチや、〝彼〟とも、古い……仲間だった者だ」
「十八年前の英雄！？ 本当か？」
ヒューゴの問いに、僕はうなずいた。
「ああ。多分彼は……嘘は言っていないだろう」
「多分、か」
僅かにからかう風に、デュオンさんの言葉が返った。
「ええ。大儀の為なら、平気な振りの出来るあなただったから――同時に、酷く仲間を想うあなただったから――多分」
そう言うと、デュオンさんの表情が僅かに緩んだ。
「今の僕に、大義はないよ。だから――全て、〝本当〟だ」
「……」
何だか、胸が苦しくなる。
「では、証拠を見せようか」
デュオンさんが右手を掲げ、そこに〝闇〟が集い――闇から何かが出現した。
一見、板のように見えた、それは大振りの鏡だった。
どことなく、閽（くら）い光を反射しているような気がする。
「これを帰る為に使う」
その鏡の形状は、僕達が時折見掛けるそれに、よく似ていた。
「それは、瞬きの……？」
そう、〝瞬きの手鏡〟の対になる〝大鏡〟に似ているんだ。
「似たような物だ」
デュオンさんは、広間入り口の外に、その鏡を設置した。
その鏡の奥に視線を向けたルックが、僅かに息を呑む。
「なぜ……こんな真似をして、本当に勝算があると言うのか」
「あるさ。当然だ」
あっさり返答するデュオンさんを、ルックはさらに鋭い眼差しで見据えた。
「……何を隠している」
ルックは、何かに気付いたのだろうか？
「……さすがに、気付くよな、ルックは」
デュオンさんは当然のように微かに息をつく。
「僕は、大陸も君も選べない。だから、僕だけの覚悟で、僕だけの道筋を選ぶ」
「……」
デュオンさんは、広間の中央に立つと、〝言葉〟を告げた。
「――来たれ、〝闇〟から生まれし〝光〟、全てを護り、決して破れぬ〝盾〟の真なる力をここに！」
「！？」
その時、ある筈のない紋章、ない筈の力が〝彼〟の〝右手〟から溢れた。
〝闇〟を持つ筈の彼の右手から溢れる、絶対的な量を持つ〝光〟。
圧倒的なまでのその眩（まばゆ）い輝きは、強く、強固で、だけど暖かい。
それはまるで、派生した欠片などでは無く、十五年前に見た、あの紋章そのままの――。
溢れ出る光は、壁となり、僕達が立つ広間を隔て、遮り、外と切り離した。
「……今の、力は」
僕の中の疑問が、形として纏（まと）まるより前に。
ルックが、珍しく僅かに驚きを瞳に宿し、彼の右手を凝視して問い詰めた。
「お前――その紋章の持ち主に、何をした……！？」
すると彼は、僅かに眼を細めて、ルックを見た。
「今更――君がそれを気にするのか？」
「！」
それは光を呑み込む、〝死神〟の眼差し。
ルックが一瞬言葉に詰まり、睨むように彼を見据える。
「僕が君に――望まないだけだ」
――彼はこんなことを言う人だっただろうか。
ルックの言葉に、デュオンさんは溜め息をついて、
「……その言葉、そっくり返すよ。――今の君を、僕が望むと思うなら、言うんだな」
今度はルックが眉を顰（しか）めて溜め息をついた。
「……そうだな。君はいつも、仲間の為、その場所の為に、自分の最も重大なものを犠牲にするんだ」
「……そう言うのは、君位だな」
「――その度に、〝君〟が崩れる」
「今の君に、言われる筋合いでもないが……」
独りごちるデュオンさんに対し、
ルックはスッと平たい眼差しを向けると、手を差し出した。
「――いいだろう。乗ろう」
「ああ、任せてくれ」
僕には、全てが解るわけじゃない。
唯、互いに大事なものを犠牲にすることを選んだ二人が、手を結んだことだけは解った。
デュオンさんが、ふいに僕達に視線を送る。
「――今なら未だ出られる。残ると巻き込まれるぞ」
「そうは行くか！ 俺達が退いて、ここで紋章が解放されたら大陸は終わりだ！」
ヒューゴは躊躇（ためら）わずに答えた。
「……信用されないのは当たり前だが、俺は、ここに眠る百万を超える魂達を盾にしてでも、大陸を犠牲にはしない」
デュオンさんは、右手の紋章に左手を重ねる。
だが、その紋章の意味を、ヒューゴは知らない。
「何を言ってるのか解らない。――そいつの所為で、どれだけの血が流れたと思ってる！？ 信用出来るものか！」
ルックを指して叫ぶヒューゴに、デュオンさんが視線を落とす。
「……そうだな。――君の決断には、ここに在る仲間達の命運も掛かっている。それでも残るか」
「――ああ、当たり前だ！ 皆の意志があって、俺達がここに在るんだ！」
「……俺は構わないが。――ただし、もう一度ここに戻って来るまでの間は、互いに戦闘は無しだ。
それこそ一蓮托生になるからな」
ヒューゴは少しだけ考えた後で。
「……戻って来るまで、でいいんだな」
ヒューゴの念押しにデュオンさんがうなずく。
「ああ。戻って来るまでだ。それ以上は互いに望めないだろう」
「当たり前だ」
ヒューゴとデュオンさんの間に、ピリピリとした空気が流れる。無理もないが。
デュオンさんは、僕等と戦うつもりなのだろうか――？
「僕にも手伝わせてくれないかな」
「！？」
広間の入り口から、聞き覚えのない声が聞こえた。
この場にそぐわないような、緊張感のやや欠けた声音。
軽く耳を覆う、襟首までの短めの髪。真っ直ぐな二振りの双剣を携えた、少年の姿があった。
「誰だ！」
「！ あなたは……」
デュオンさんの反応があった。――知っている？
「知り合い、ですか」
だが、デュオンさんは軽く頭を振る。
「いや……、僕の、ではなく、僕の〝親友〟の知り合いだ」
「！」
この人の〝親友〟と言われて、僕に思い当たるのは、一人しか在なかった。
「話は聞いていたよ。ここに在る、誰も犠牲にしない方法――。一時的かも、知れないけどね。僕も――手伝うよ」
「なぜ――ですか」
新しく現れた彼に、デュオンさんは珍しく、やや固い敬語で訊ねる。
すると、その少年は、微かに微笑んだ。
どこか寂し気な微笑みだった。
「約束、だからね」
「約束？」
少年の眼差しが、真っ直ぐにデュオンさんに向かった。
「そう、君の、〝親友〟との約束だよ。
『もし、この先、僕が君に逢うことがあって、その時に君が何か困っていたら、必ず力になる』……って」 ※遠い約束参照
「！！ ……そう、か……」
――その時、一瞬、デュオンさんの瞳は、酷く揺れた色彩を見せた。
痛みとか、哀しみとか、辛さとか。そんなのが折り混ぜられたような、複雑な眼差しが、きつく寄せられた眉と共に伏せられた。
それは、僕にとっては酷く珍しいデュオンさんの表情だったのだけれど。
再び視線が上げられた時には、既に元に戻っていた。
「――だが、あなたはそれでいいのか？」
デュオンさんの問いに、少年はうなずく。
「僕は構わないよ。君のやり方に、僕も懸けてみたいから」
「そう、ですか。では、頼みます。ルイさん」
デュオンさんが少年の名を呼んだ。
「デュオンくん、僕に敬語は使わなくていいよ」
「あなたがその君付けを止めてくださるのなら、考えますよ」
ルイさんは、少し困ったように。
「うーん、もう癖なんだよね。――僕が呼び捨てにしてたのは、かつての僕を知る、あの人達だけだから」
「――お互い、譲歩するしかないでしょう」
「確かに、今は仕方ないかな。君とは色々話がしたいんだけどね」
「――これが終わったら、考えましょう」
「そうだね」
デュオンさんが改めて、僕達を見渡す。
「人数が増えてしまったけど――構わないかな。一応、誰の敵でもない筈だよ」
「気に入らないけど、構ってられないだろう」
ルックは警戒しているのか、鋭い眼差しで、ルイさんの方を観察していた。
「邪魔しないならな」
ヒューゴはそう答えた。
「じゃあ、行くぞ」
デュオンさんが、右手を掲げる。
「我が真なる紋章よ、我が前に力を示せ！」
広間と外を遮っている、光の壁の外側を、大量の闇が幕のように覆い、この空間を包み込んで行く。
「――ルイさん」
視線は向けずに、デュオンさんが声を掛ける。
「僕はあなたのように、誰かをこの世界に引き留められる存在で在（あ）りたかった。
――だから今、ここに来て在（い）るのかも知れない――」
「デュオンくん――」
光の壁を、闇が完全に包み込む。
そして――。