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Ｓｉｄｅ Ｂ 八
デュオンが宿に入ると、その姿を目にしてリアンとジョウイは顔を見あわせた。
「デュオンさん、大丈夫でしたか」
リアンが問う言葉に、デュオンは少し眉を寄せた。
「……何かあったのか？」
「さっき、ルックが」
「――ルックが？」
意外さに、思わず語尾が上がった。
「〝デュオンさんに何があった〟って……すごい勢いで怒鳴り込んで来たんだけど」
「…………」
これは……まさか……？
「……それで？」
「……それが、何もなかったって言ったら、しばらく考え込んでて……急に、僕達の言う通りだから気にするなって、すぐに帰っちゃって。……何が何だか」
……まさか、未来のことと関係が？
僕の前に未来の二人が来たように、ルックも、何らかの形で……？
だが、あの二人が話したのなら、ルックがここに怒鳴り込んだりはしないだろう。
〝僕に何があった〟か……などと。
「さっきって、何時頃？」
「三時間位前だった」
「そうか……」
――僕と会う前か。
会った時のルックは、特にそんな様子はなかったけど……。
十五年前のことを聞いたり、大陸を犠牲にしない方法があるなら……とか言ってた。
何か……あったんだ。
何かが……動いている。
……聞いてみるか？ 直接。
「……僕自身に直接心当たりはないんだが……無関係ではないと思う」
「……どう言うこと？」
「話すと長いんだが……場所、変えないか？」
デュオンの提案に、ジョウイがうなずく。
「ええ、部屋に入りましょうか。」
パタン。
軽い音がしてドアが閉まる。
「君達には話したいんだが、聞くと多少危険になるんだ」
「危険って？」
リアンが問い返す。
「ある意味、国家の裏に関わることだから。こちらの存在がバレると狙われるだろうな」
「……僕達は元々、身元がバレるとマズイ存在なんですけど」
ジョウイの突っ込みのような言葉に軽く苦笑した。
「……そうだったな。――相手はハルモニアだ。それでも聞くか？」
「……大物ですね」
「でも、デュオンさん関わってるんでしょ？」
リアンは引く気はなさそうに言った。
「まぁ、直接対決じゃないから。――同時にこれは個人のプライバシーにも関わることなんだ。その辺りも心して欲しい。そして……出来れば協力して欲しいんだ」
「デュオンさん……」
リアンはかすかに驚いた風で、
「言ってくれないんじゃないかと、思ってた……」
「え」
ほんの僅かだけ、図星を指された気分で、リアンを見返す。
「デュオンさんが、僕達を頼ってくれないんじゃないかと、思ってました」
「――――」
リアンの言葉。少し胸に重い。
だが、謝る言葉は口にしたくなかった。
自分にとって、謝られることは、自分の願いが叶わないことだったから。
謝られる度に、届かなかったから。
リアンは自分にとって少し眩しく、羨ましさを感じる存在なだけではなく。
かつての自分を重ねている存在でもあった。
「……確かに、本当は誰かに話すつもりはあまりなかった」
……ことがことだけに、あまり口にしたくなかった。
それに、一人でやりたいという、気持ちもあった。
だけど、傍に在て届かないもどかしさと、それに伴う怒りとも悲しみともつかない感情も、自分は良く知ってる。
力になれないもどかしさや、届かなかった悲哀を。
彼等に言うべきか否か。両方の気持ちが鬩（せめ）ぎ合っていた。
――自分と同じ思いを誰かにさせたくはなかった。
それに――自分の望みは、やっぱり、一つだった。
だとしたら、方法は……。
「だけど……気が変わった。――聞いてくれるか？」
リアンが真っ直ぐにうなずく。
そして、ジョウイも、
「乗り掛かった船ですから。聞かせてください。
それに、真の紋章を持っている以上、ハルモニアの情報は――無関係ではないですしね」
その言葉にデュオンは僅かに細めた視線で彼を見据えた。
もう一人の彼の言葉を覚えている。
リアンと共にというだけでなく、個人的に、味方になり得るかも知れない。
そう 感じた。
Ｓｉｄｅ Ｂ 九
デュオンさんが口にした内容は、全く想像してなかった程壮大で、同時に酷く悲しい、辛い話だった。
少なくとも――僕達〝彼〟 を知る者にとっては。
シックスクランの対立の裏で、ルックが暗躍していたこと。悲劇の糸を引いていたこと。
風の紋章を壊す為に、他の五行の紋章を集めていたこと。
そして、ルックの目的。
風が導く世界の終末……法の支配するモノクロームの未来を壊すこと。
でもその方法は……ルック自身も、この大陸さえも犠牲にしてしまう方法だと言うこと。
それを、デュオンさんは告げた。
「そんな……風がそんな物だなんて、僕には……」
とても思えないのに。
「……今、あまり時間は残されていない。だが……失くしたくない。もう一人の……君達も望んでくれていることだし」
「――え？」
もう一人の？
「ここに来る前、未来から来た君達に会ったよ。――頼ってくれと言われた。……未来の世界に……ルックと僕は……在ないんだと言われた」
「！！ っえ？！ まさか……！」
衝撃だった。
僕達が伝えたと言うこと。そして、その内容。
「僕も、そう思いたいよ。でも、本当かも知れない」
内容が内容だという割に、デュオンさんは落ち着いて見える。
「――さっき、ルックが怒鳴り込んできたんだろ？ 〝僕に何があった〟……って。
あれが何か関係あるのかも知れない」
「デュオンさん……」
思わず張り詰めた口調でつぶやく。
「どちらにせよ、僕がやることは一つだ」
少し低いトーンでデュオンさんが告げた。
「何を――するつもりですか」
ジョウイも気になるという風に訊ねた。
「ルックの言う『運命』とやらに踏み込んでみせる。――十五年前からの約束だし」
「約束？」
「まぁ、僕がほぼ一方的に宣言してたんだけど、―――今しかないから」
「僕達に……何をしろと？」
ジョウイが少し空間を保ったまま、そう言った。
デュオンさんは少しだけ辛そうに眉を顰（しか）めて、
「……守ってくれ」
一言、そう言った後、彼は説明を続けた。
「――今回僕は、自分が必ずしも〝正しい〟 とは思っていない。
――多くの血が、哀しみや憎しみがグラスランドに溢れて……彼等の痛みを知ってもなお、これを願うのは……、
……ルックの存在を望み続けるのは、間違っているのかも知れない。
そして同時に、長い眼で見れば、正しかったのは、ルックの方なのかも知れない。
それを止めようとするのはやはり、間違っているのかも知れない。
だから、君達は、君達自身の判断で動いて欲しい。
僕達の為に……目的以外の全てが失われたりしないように」
「デュオンさん……」
「僕達自身……ですか……」
考え込むようにジョウイはつぶやき、デュオンは先を続ける。
「正直、ここで彼を失くしたら、自分の言動に保障が出来ないんだ。
僕自身、世界の敵になってしまうかも知れない。だから、誰かの為じゃない。自分の為なんだ。
――僕はまだ、人で在たい」
「……どういうことですか」
意味深な言葉だ。
「人は……紋章の有無ではなく、人でなくていいと思った時、変わるのだと思う。
自分を、人ではないと、思った時に。
自分で自分を、そう感じた時、人は……変わると思う」
――深く闇を宿す瞳。
それを、振り切るように。
リアンは大きく前に踏み出した。
「――大丈夫です。そんなことにならないように。全力で力になります」
彼はその言葉に、静かな眼差しで、ヒタ、と見据えた。
闇の閽（くら）さと同時に、どこか光を感じる、不思議な瞳で。
「――前だけを見ていても、平気だと、思っていいか？」
それは、信頼の証。
「――はい」
是も否もない。
ルックを助けるのに、僕も理由は要らないから。
あの頃の〝仲間〟 は、まるで家族のように傍に在たから。
――全て守れると信じさせて欲しい。
「僕は、紋章の意志とやらを確かめる。風以前に、この紋章ですら、直接触れられたことが無いんだ……」
デュオンさんは右手を……正確には右手の紋章を見詰める。
「だが……〝彼〟の力を借りればきっと出来る筈だ。
……三百年以上の時をこの紋章と共に過ごして来た、僕の……〝親友〟 の力を」
その表情は、酷く真剣で、同時にどこか悲しみが混ざっていた。
デュオンさんが〝親友〟のことを口にしたのは、かつて、一度だけ。
トランの解放戦争の時に失くした――と言っていた。そして、そのことを、酷く後悔しているのだと。
デュオンさんは、ふいに僕達を見据えた。
「君達に……〝外〟 を頼みたい。ソウルイーターの内的世界に在る間、僕は外のことに対処出来ない。
どの位時間がかかるかも解らない。そして、万が一、ソウルイーターの力が、内側から押さえ切らない様な事態が起こった時の為に、それを防ぐ為に――傍に在て欲しい。
――頼めるか？」
初めてだと思う。デュオンさんが僕達を頼ってくれるなんて。
「――はい」
僕は迷いなく、うなずいた。