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Ｓｉｄｅ Ｂ 六
宿から戻ったルックは、この世界のデュオンと対峙していた。
迷うように片手を眼に置くと眉を寄せる。
――これで 何かが変わるとでも？
だが……。
ルックは腕を降ろすとかすかに眉根を寄せたままで顔を上げた。
迷いはある。変えられるとは思わない。だが……
―――君の死を望んではいない。
そう――心から。
ルックは、かつて自分が告げなかった筈の言葉を告げた。
「もし――そんな方法があるとしたら」
「――え？」
デュオンが問い返す。
「大陸を犠牲にせず、〝風〟を消せると言うなら」
デュオンはかすかに意外そうにルックを見て、
「――その方がいい？」
確かめる風に問い返す言葉に、黙ったままうなずく。
「――そうか……」
ほっとした様な表情が印象的だった。
デュオンは立ち上がる。その瞳に、今までにない色彩が浮かんだ。
それはかつての〝彼〟に似た、それに少し穏やかさを加えた様な瞳。
彼は吹っ切った様に外へ向かう。
「…………」
――これで良かったのだろうか？
何かが、変わったのか？
少なくとも、あの時に見た、脆さと危うさはその姿からは見受けられない。
状況は、変わってはいない筈なのに、
少しだけ、風景が明るい、
そんな、気がした。
Ｓｉｄｅ Ｂ 七（＆ Ａｓｉｄｅ）
街に戻って来たデュオンは、宿の外に立つ二人の姿を見かけて足を止めた。
「リアン、ジョウイ、どうかしたのか、こんな隅で」
リアンはデュオンを見詰めた。
目の前に在る彼は、自分達が見て来た彼より、少しだけ瞳の色が明るい気がした。
「デュオンさん、昔過去に行ったことがあるって言ってましたよね」
「それが……どうかしたのか？」
「デュオンさんなら元の時間に戻る方法も知ってるかと思って。僕達、違う時間から来たんです」
「…………」
（違う時間……）
デュオンは軽く眼を閉じ、紋章の気配を探した。
いきなり言われた事実を確認するにはこれがはやい。
眼を開いたデュオンは、そのまま考え込むように眼を伏せる。
「確か……向こうに行ってしばらくした後、来た場所の近くにもう一度時空の接点が現れたんだ。
淡い光の……揺らぎに似た……。どうやら常に開いているというものではなさそうだった。
――そこに飛び込んだんだ。君達も、もう一度この世界に来た場所に戻ってみるといい」
リアンはうなずく。
「そうします」
「駄目なら別ルートで瞬きの使い手か星辰剣。前者はあまり勧めないけど……」
その言葉に苦笑する。
「あはは……。ありがとうございます。――デュオンさん。戻る前に一つだけ」
「何？」
リアンは必死さを隠した眼差しをデュオンに向けた。
「僕は、〝いつだって〟デュオンさんの味方です。だから――頼って下さい」
〝いつだって〟
過去でも未来でも。それは、そういう意味だ。
「リアン……」
デュオンはかすかに驚きと迷いを見せた。
「――何かあったのか。君達の所で」
思わず口に出した言葉に、リアンは悩むように言葉を鎖した。
「……」
それを見たデュオンも軽く沈黙する。
「マクドールさん」
ジョウイが沈黙を破る。
「僕はあなたに何か言える程、あなたを知ってた訳じゃない。それでも……あなたがこのまま消えると言うのなら、僕も反対です」
「！！」
デュオンはその言葉に反応した。
「君達……未来から来たのか。未来に……僕は在ないのか」
彼等がこの先を知っている未来の存在だと。
その世界に自分が在ないと。
そして。
「君達は……その為にここに……？」
「――そうです」
固い表情で、ジョウイは全てを肯定した。
「……ジョウイ、……何故君が？」
かすかに……どこか呆然とした響きを秘めてジョウイに問う。
「それは……自分にも良く解らないのですが……」
一方ジョウイは、とまどうように揺れる眼差しを地面に落とした。
「そうか……――――解った」
かすかに眉を寄せてジョウイを見ていたデュオンは、何かを決めた視線を二人に向ける。
「――君達に、協力を頼もう」
「――え！？」
ジョウイが虚を突かれた様子で声を上げた。
「今ので……納得したんですか……？」
どこか訝し気に訊ねると、デュオンはあっさりした微笑みで返した。
「――理由はどうあれ、僕に死んで欲しくないと思ったんだろう？ 僕には、それでいい。明確な答えがなければ、必ずしも届かない訳ではないと、僕は思う」
デュオンはかすかに遠い瞳をする。
「僕自身、理由なんてきっと……ずっと昔から良く解らないままだった。だけど……彼にはきっと、答えを出さなきゃいけない……」
「デュオンさん……」
「……」
ジョウイは思考に沈む。
（あの人を止める〝答え〟が必要ということか……）
デュオンが二人に向き直った。
「僕も、君達に一ついいかな」
「はい？」
「死に向かう人間を引き止める為には、自分も命を捨てる覚悟が必要だと思うか？」
「！！」
三人の間にかすかに緊張が走った。
「それは……」
明確な答えはない問いだ。状況次第でないとしたら、答えは自分の中だ。
「命を賭けるではなく、捨てる覚悟」
デュオンの深みを帯びた視線が二人に注がれる。
「…………」
ジョウイは、答えられない。自分には解らない状況だ。自分はどちらかといえば、先に死に向かう側だった気がする。……解らない。
「……それは、」
リアンは僅かに表情を歪めた。
――十五年前、ジョウイを殺す位なら、命も要らないと思った。仲間より、命より、自分の願いを選んだ。
――だけど、デュオンさんは違う。
デュオンさんの望む道は、きっと僕とは違う。
だから、僕の望むあなたへの答えは。
「デュオンさんは、デュオンさんの思う道を望んで下さい。きっと、ルックも、本当のデュオンさんを待ってる」
「！！」
デュオンはハッとした風だった。
「――――リアン」
脳裏にルックの言葉が浮かぶ。
〝もし、そんな方法があるとしたら〟
〝大陸を犠牲にせず、風を消せると言うなら〟
あれは、ルックの本音だ。
昔のルックは、自分が本音を隠していると怒る様な奴だった。
それが、今でも同じだと。
信じる保証はなくても。
もう一度……賭けたい。自分のままで選択を。
――リアンの選択はいつだって鮮やかで、自分の眼を醒まさせてくれる――眩しい程に。
それは少し悔しい気がする。
一人で背負うべき物。それを譲る気はないのだけれど。
同志の意味を、協力者の存在を、自分は知っているから。
羨むのがらしくないのなら、自分で、望めばいい。
自分の願いを認めることで、自分は前を向けたのだから。
「問題はあるけれどな――決めたよ」
自分のまま、望むことを。
今は何も背負わないから。
デュオンは明るさと強さを秘めた笑顔を見せた。
かつて、この姿に大勢の人達が希望を見たのだと、そう思わせる程に。
「デュオンさん……」
「マクドールさん――」
二人が同時につぶやく。
この人はきっと、もう大丈夫なのだと、そんな風に感じた。
「君達も巻き込むことになるだろうけど――覚悟はいい？」
「はい！」
二人がうなずく。
「……ところで問題って？」
リアンの言葉にデュオンは僅かに迷うように、
「ん……と、事情は知ってるんだっけ？」
「大体なら……デュオンさんが言ってたから」
「そうか……なら説明したかな。〝風〟の破壊について」
二人がうなずく。
「ええ……」
「風を壊せば膨大なエネルギーが放出して大陸ごと吹っ飛ばしかねない。君達や、僕達が戦った場所さえ……多くの命と共に……な」
かすかに痛みを含む眼差し。
「…………」
（……ルック……）
「正確な規模は不明だが……確かめたくはないしな。――一応訊くけど、君達の世界、大陸は……」
「あ……大丈夫です」
リアンの言葉にジョウイが口を添える。
「消えたのは、あなたがただけの様ですよ――知っている限りでは」
「ジョウイ……」
「そうか……一体何したんだろうな、未来の自分は」
デュオンは少し呆れたような口調で言う。
「――で、大陸を壊さず風を消す方法――なんてどう思う？」
「…………」
かなり、難しいだろう。でも――
「あの、デュオンさん。本当に風を壊すしかルックを救えないんですか？」
デュオンは少し困った風に、
「そう、それなんだよな。そこが、僕には解らない。
僕には、どちらにせよ、ルックは死を覚悟している――いや、望んでいるようにさえ、見えることがある。
――紋章の意志……については、君達はどう思う？」
本当に紋章だけのせいなのか……？
自分は未だ、ルックに訊いていない事がある。全く無関係とは思えないけれど……。
デュオンは痛まし気な表情さえ滲ませた。
「…………」
リアンはかすかにためらうなよう仕草の後、真っ直ぐにデュオンを見詰めた。
「僕は……壊さなくても、ルックを紋章から解き放てるんじゃないかと思う。
紋章の望む未来――それを変えてしまえば。
……紋章の意志……僕には解らない。時折イメージは感じたりしたけど……それだけだから。
――僕もジョウイも生きてるから」
その言葉には説得力がある。
互いに争い、その戦いの果てにその力を示すと言われる〝始まりの紋章〟。
それを彼等は超えたのだから。
「紋章を……変える……」
だが僕は紋章の意志を知らない。
〝風〟以前にこの紋章でさえ。
「そうか……やってみるよ」
「何か方法が？」
ジョウイが問う。
「紋章の意志に……触れる。今まで直接触れられたことはなかったけれど、出来ると思う」
（〝彼〟の力を借りれば）
「全ては……それからだ」
その瞳は既に前を見詰めていた。
「デュオンさん……」
デュオンは二人を見て表情を緩める。
「僕は、この世界の君達に交渉しに行く。君達もそろそろ、来た場所に向かった方がいい」
「はい」
「デュオンさん……御武運を」
他に適当な言葉を思い付けず、リアンは願う様な眼差しで、それだけを告げた。
「うん、君達も無事に戻れよ」
「ええ、そちらも」
「……二人共、来てくれて嬉しかったよ。――これからが大変だけどな。何とか、やってみるよ」
明るさを帯びた表情で、デュオンは二人を見送る。
二人の姿が街の外へと見えなくなると、デュオンは宿の中へと向かった。