（P4）
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Ｓｉｄｅ Ａ 三
最寄りの村で、二人は意外な人達を見かけた。
「ビクトールさん……フリックさん……？」
ジョウイの言葉に、二人が振り向く。
「ん？ リアンにジョウイか！ 変わったなぁ！」
豪快な笑みで、ビクトールが二人の頭をガシガシ撫でた。
「ビクトールさん……」
ジョウイは滲むような笑顔を見せた。
この人は変わらない。十五年前、この人達にとって、近しい人を殺して袂を分かった僕を、豪快に笑い飛ばして許してくれた人だ。
―――酷く、大きな人だ。
「おいおい、もう子供じゃないだろう」
フリックが呆れ顔で言う。
「――と、そうか」
「いえ、構いません」
ジョウイがそう言うと、ビクトールが再び口を開いた。
「しかし、良く会うなぁ」
「え？」
「いや、 お前らじゃなくて、アイツだ」
「？？」
要領を得ない会話にフリックが言葉を添える。
「ついこの間、デュオンに会ったからな」
「！」
「デュオンさんに？ ――いつですか？」
つい意気込んで尋ねると、フリックは少しとまどった様子で。
「つい三日程前だ――どうかしたのか？」
「三日……ってことは、僕達が会う前……だね」
確認を取ると、ジョウイもうなずいた。
「そうだな……。僕達、その後マクドールさんに会ってるんですよ」
「そうか……」
「デュオンさん、どんな様子でしたか？」
そう訊くと。
「それがなぁ」
まぁ座れと、ビクトール達に招かれて、全員で宿の食堂兼酒場のテーブルを囲むと、二人は話しはじめた。
宿の酒場に現れた彼は、独特な雰囲気を纏（まと）っていた。
迷う様子もなく、彼は二人に近付くと、挨拶もなく、
「ビクトール、一つ聞きたい。どうすれば、死に向かう人間を引き止めることが出来る？」
と切り出した。
「ああ？」
「――デュオン？」
理解してない風のビクトールと、その存在を確かめるように声をかけるフリックを気にかけることもなく、二人の横の席につく。
そして、つぶやくように。
「ビクトールは、助けることも出来るよな。ソニアとか、シュウとか。――どうすれば、手が届く？」
デュオンの声は平坦で、酷く真剣味を含んでいた。
「どうって、そりゃ……なぁ？」
ビクトールは困った様にフリックを見遣ってから、
「助けようとしたから……だろう？」
その答えに、デュオンはかすかに拍子抜けした風に表情を軽くした。
「――何か、あったのか？」
フリックが発したその言葉に、デュオンはかすかに苦笑した。
「…………ちょっと、な……――――失くした」
哀し気な苦笑。
「そうか……」
それだけで、大体の意味は伝わる。
何を、とは解らずとも、その持つ意味は伝わる。
ふいに、彼はため息をつく。
「――駄目だな、……二人が失くしてるのも理解してるつもりなのに。引き止めること、出来ること、……本気で羨ましい」
「……デュオン……」
「後、正直に〝扉を開けろ〟 と言えることとか」
前髪をかき上げて、デュオンが言う。
「――え？」
それが、グレミオの時のことだと気付くには、少し時間がかかった。
「扉……あぁ」
デュオンは特に気にとめる様子もなく。
「俺は……相変わらず、泣くことも出来ないんだ。どうすれば……良かったんだろうな……」
それはどこか、遠くへ向けられた言葉だった――――
「変っつーか、リーダーやってた頃みたいだったなぁ」
ビクトールの言葉に、フリックが相づちを打つ。
「ああ……。あいつ、昔から俺達にはあまり言ってくれなかったからな……」
「……」
手を軽く顎 に当てて、考える風に聞いていたリアンが、ふっと顔を上げた。
「僕達、デュオンさんを追ってるんです。――この世界の時間から……消えてしまって」
「――？ どういう意味だ？」
「多分、過去に行ったんです」
少なくとも、僕が感じる範囲で、デュオンさんの紋章の気配はしない。
「過去？」
「そいつは又……」
「僕達も追いかけたいんだけど、デュオンさんみたいにはいかないから――。何か、知らない？ 二人共」
「過去っつーと……あいつか？」
ビクトールが言う。
「心当たりが？」
ジョウイが訊ねる。
「星辰剣、だな」
フリックも思い当たるようだ。
「星辰剣……もしかして前に過去に行ったことがあるって、それが原因？」
リアンの言葉にフリックがうなずく。
「ああ、あれは〝夜の紋章〟 だからな」
「だが、あれは今、人に渡しちまってるからな……」
ビクトールが困った様に頭を掻く。
「そう言えば……デュオンさんがグラスランドで会ったって言ってた……」
「ほう、そうか」
ビクトールが、粗野な中に温かみを感じさせる笑顔を見せる。
フリックが考えるような表情で、
「そうだな……後はこの先の山奥は空間が歪んでるって話位だな。――地元の人間は近付かないらしい。噂程度で真偽（しんぎ）はかなり怪しいが……まぁ、星辰剣の時も〝クロン寺の門外不出の秘密〟
だったからな……」
「――どうする？」
ジョウイの言葉にリアンはうなずいた。
「うん、グラスランド行くより近いし、行ってみよう」
空間が歪むのは魔法か……紋章？
そんな風に考えるのは都合良過ぎるかもしれないけれど。
自分達の紋章で時間を超える使い方が出来ないか、試してみたけど上手く行かなかったから。
こうなったら、どんなことでも試さなくては。
岩石と木々が混ざった山奥へと踏み込んで行く。
「リアン、そのルックって人、どういう人なんだ？」
ジョウイの問いに、思い出すように答える。
「そうだね、十五年前は、いつも石板の前に在て、声かけると〝何か用？〟 って。普段は素っ気なくて、突き放すような言い方したりしてたけど、僕達が本当に大変な時には、ちゃんと助けてくれる――そんな人だよ」
「――信用してる？」
「――うん。デュオンさんもね、ルックとは仲良かったよ。僕達と出会う前、一緒に戦ってたって言ってた」
「そうか……」
――多分、トランの解放戦争だろう。
リアンは言葉を続ける。
「ちょっと、仲違いしたりもしてたけどね」
「へぇ……？」
それは意外だ。
「しばらくしたら、元通りになってた」
「ふーん……少し想像つかないな」
そう言えば、素のマクドールさんを見たことはない気がする。
自分が皇王の立場で在たように、あの人も少し離れた場所で佇んでいた。
――トランの英雄。
それ以外の姿を、自分は知らない。
「――ん？」
ふと、岩壁の方から風を感じた。
「――リアン、こっちに来てくれ」
「どうしたの？」
岩壁に生える草を払い、奥を覗く。
――少し奥まった壁に割れ目があり、人が通れそうな程の口を開けていた。
「……怪しい……」
リアンがつぶやく。
「――え？」
「昔、星辰剣がいた場所に似てる気がする。――でもあれってビクトールさんが置き去りにしてたんだっけ……？」
「…………」
あの人が豪気なのは知っていたけど……コメントに困る。
「入ってみよう」
「ああ――、そうだな」
共に一歩、闇に踏み込む。
冷たい空気が周囲を満たす。だが……。
「……リアン。この感じ……」
ジョウイの言葉にリアンもうなずく。
「……うん、異世界の……気配がする……」
「もしかして……当たり、か？」
紋章や、石板の傍で感じたような静かな気配。
リアンは、何となく安心する。
一方ジョウイは、獣の紋章と対峙していたことを思い出し、かすかに瞳に影を帯びた。
明かりを付け、奥へ向かう。
中は入り組んでいたが、二人は気配を辿るように奥へと進んだ。
そして、その気配の源には。
「これは……床が……？」
最奥の床の一部が、まるで液体のように揺らいでいた。
「水じゃないよね」
風も無いのに波打つ茶色の岩床。理由は解らない。だが強い魔法の気配が集っているのが解る。
……どうやら紋章ではないようだが……。
「時空の接点……？」
リアンはぎゅっと表情を引き結ぶ。保証はどこにもない。だけど。
「僕は……行く。でも、これは僕の願いだ。ジョウイは気が進まないなら――」
だがジョウイはゆるく首を振った。
「いや、僕も行くよ。マクドールさんについては、僕も関係なくはないから」
――十五年前、まるで影の様に、敵でも味方でもなく、徒、そこに在た。
あの存在を僕はどう思っていただろう。
獣の紋章とは相性が悪いと言いながらも、そこを訪れることは止めなかった。
勝敗も、利害も離れた位置で、僕達を見ていた。
僕は疎んでいただろうか？ それとも……。
――義務も役割も必要さえもなく、この刃の犠牲になることも、その必要さえなかった、
あの存在は。
どこか彼の持つ原始の闇のようで。
特に思い入れてはいなかったけれど。当時は気を許す余裕さえなかったけれど。
少しは――気が紛れていた。
あの存在が失われること――それは……。
今、自分はどう感じている？ ――明確な答えは見えない。だが。
「このまま終わりにすると言うのなら、僕は反対だ」
何が起きたのか、それさえ把握出来ずに、見ない振りはしたくはなかった。
あの人の姿など、本当は何一つ見えないのだとしても。
「――行こう」
「――うん」
二人は一瞬だけ、視線を交わすと、一気に揺らぎの中へと飛び込んで行った。
Ｓｉｄｅ Ｂ 四（＆ Ａｓｉｄｅ）
「――っと」
飛び込んだ先は、今までいた場所と同じ、洞窟の奥だった。唯、飛び込んで来た筈の床の揺らぎは消えて、徒の岩床になってしまっていた。
「これ……戻れるのか？」
ジョウイが床を手で確かめながらつぶやく。
「さぁ……他は特に変わって見えないけど、上手く行ったのかな？」
「まぁ、地形が変わる程時間が違っていたら失敗になるけれど……外に出よう」
来た道を辿り、外へ出ると、陽射しが眩しかった。
「じゃあ、ルックに会った宿に戻ってみよう？ ――これ使うとはやいし」
リアンが指したのは、左手に宿した〝瞬きの紋章〟。ある程度魔力がある者が使えば近距離への瞬間移動が可能だ。――徒歩よりはずっとはやい。
二人は来た時とは比べ物にならない程一瞬で、山奥を後にした。