（P２４)
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Ｓｉｄｅ Ａ 四
――――夢を見ていた。
暗闇の世界で、幼い彼を見付ける夢。
「――――」
気が付くと、夜の草原に在た。
近くには誰も在ない。
そこは、リアン達と最期に在た、その場所だった。
「…………」
――――自分の手を見る。
……生きてる――――？
何故……自分はあの時……。
デュオンは顔を上げると、リアン達が拠点としていた街へと向かった。
街の入り口から、宿へと走る。
宿の入り口に差しかかった時、丁度向こうから来た人物とはち合わせて、ぶつかりかけた。
「！」
「――デュオン！ どういうことだ？」
「！！」
そこに在たのは、もう、在ない筈の人。
「……こっちが聞きたい。……どういうことだ」
信じられないという表情で、手を伸ばす。
その様子に、ルックは僅かに気が抜けた風に、
「君じゃないのか。なら……」
「……とにかく、確かめよう」
宿でリアン達の所在を確かめる。
「……まだ、引き払ってはいないようだ。……待ってみるか」
少し重い沈黙が降りた。
気詰まりな訳ではない。
徒、互いに何も聞かなかった。
何も、言わなかった。
互いに抱えた物について、口にしない。
責める言葉も、言わない。
己の抱えたものだけ抱えたまま、沈黙を共有していた。
沈黙が、突然破れた。
「デュオンさん！ ルック！ 良かった変わったんだ！」
目が合うなり、いきなり飛び付かれた。
「リアン！」
「っ……君の仕業か！」
鋭い眼差しを向けるルックに、リアンは首を横に振った。
「……変わったなら、ルックとデュオンさんが動いたんだよ。僕達は、唯、伝えただけ」
「……伝えた？」
「うん……」
リアンは手短に、過去に行ったことを語った。
「でも、何故君達が過去に行くことになったんだ？」
ルックの言葉に、デュオンが影を落とす。
「――済まない、俺の所為だ」
「え？」
「俺が、平気じゃなかったからだ」
「デュオン……？」
「デュオンさんの所為じゃないよ。誰だって、大事な人を失くしたら、平気なんかじゃない」
リアンの言葉にルックは問う。
「……何があったんだ」
デュオンは、辛そうに、
「……僕も君と同じだよ。――――死んだんだ」
「なっ……」
「本当は、そんな風になるつもりはなかった。だが……」
「デュオンさん……わかってる、デュオンさんは、諦めてなんかいなかった」
リアンは何かを取り出した。
「デュオンさん、これ……もしかして、わかりますか？」
「！ それ……どこで」
それは、過去のルックに渡した筈の緑の装飾品。
（やっぱり、わかるんだ）
「過去の世界で、あなたがくれたんです」
「僕、が？」
「はい。持って行ってくれって。僕達が持っていれば、これは、本来の場所に戻る筈だ……って」
「それって……」
デュオンは考え込む。
「リアン。それ、本当に過去の僕だったのか……？」
「え？」
「その飾りは本来、十五年前にルックに渡したきりだ」
「え、じゃあ」
「その時点の〝僕〟がそれを持っている筈がない」
ルックは自分の服を改める。
「……無いな。それが、そうなのか」
「え？」
デュオンがルックに向けて口を開いた。
「君が持っていたものは、僕が、過去の君に渡した」
「君が……」
「……ああ」
「……なら、過去のルックが、過去のデュオンさんに渡した？」
リアンの言葉に、ジョウイが口を開く。
「可能性は考えられるけど……リアン。
宿で会ったあの人と、これを渡した――追いかけて来たあの人は、本当に同じ人だったか？」
「同じ人……って」
「気になったんだ。未来に自分達が在ないと告げられた直後に、〝また会おう〟と言った。
――あの人がいい加減なことを言うとは思えない。
若しかしたら、あの人は、未来が変わることを、知っていたんじゃないか――？」
「それって――」
デュオンが言葉を継ぐ。
「――つまり、君達に会って、実際に動き、僕達の存在を蘇らせた、もう一人の〝僕〟だと？」
「あくまで、推測に過ぎませんけど」
「〝未来〟 を変えたデュオンさん？」
「――かも、知れない」
「それ、貸して」
ルックがリアンの持つ鎖に手を伸ばす。
「あ、うん」
「……？ これ……」
ルックがかすかな波動の違いに気付く。
「どうした？」
黙って差し出されたそれに、デュオンが触れた瞬間、記憶の波が広がる。
「…………」
もう一つの別の可能性を選んだ自分の記憶。流れ込んでくる。
ルックは黙って眼を伏せた。
――――あまりに違い過ぎる。
――馴染まない。
「……」
デュオンはもう一人の自分の意識を受け取る。
――二つの未来を一つに――
――僕達二人が選んだ未来を――
――もう一人の自分ヘ――
変わることを願う、もう一人の自分からのメッセージだった。
自分とは違う、自分からの意識。
とまどいと同時に――少し、嬉しい気がする。
「――うん……良かった」
一緒に、守る為に動けたもう一人の記憶に、リアンは微笑む。
「これは……」
ジョウイはもう一人の自分から答えを受け取る。
――十五年前、自分にとって、あの人は、己の中の闇を映し出す鏡だったのだ―――と。
「そうか……」
（それが、もう一人の僕の答えか……）
デュオンが急に自分の右手に眼を向ける。
「！？ ……まさか……」
今の……もう一人の記憶が確かなら……。
「………………テッド……」
「おう、呼んだか？」
「！！！！」
デュオンは固まった。
「どーも呼んでくれねーと出られないみたいでさ。助かったぜ」
こともなげに言う、その姿。
「…………まさか……」
「何だよ、嬉しくねーのか？」
デュオンはぎこちなく視線を向ける。
「……ルック……どうなってるんだ、これは……」
「――僕に聞くな……っ」
全くついて行けていない。
頭がゴチャゴチャする。
「まぁ、俺もわかんねーけどな」
「……どうするんだ？ ……何もしてないのにこの結果は……酷く混乱する……」
デュオンが頭を押さえる。
「……生きるしかないんじゃないのか？ ――それとも死ぬか？」
「駄目だよ！！」
テッドの言葉にリアンが叫んだ。
「もう一度ルックとデュオンさん殺したら許さない！ ……駄目だ！」
「――リアン」
「――僕だって平気じゃないんだ。……もう、嫌だよ……」
つぶやかれた言葉にはやるせない響きが混ざった。
「リアン……悪かった」
デュオンは眼を伏せて言い辛そうにつぶやいた。
「ルック……まだ……死にたい？」
リアンが瞳を向ける。
「………………解らない」
紋章からの圧力は消えている。
だが、急に変えられるものでもない。
「だったら、在てよ。――僕は、在て欲しい」
真っ向からの眼差しに、僅かに冷めた瞳が返る。
「罪深いね」
「……それでも！」
僕には今更の言葉。
だが、向けられた眼差しに返された言葉は少し違っていた。
「そうやって僕を止めても、君達は先に逝く。そうだろう」
リアンは目を見開く。
「ルック……――寂しい？」
「別に」
（先に逝く者の言葉ではない）
デュオンが僅かに眼を細めた。
「――永い時ではなくても、向けられた思いも、前向きな精神も〝自分〟に変わってゆく。
人が紋章を越えた記憶も、その存在も消えはしない。それがなくなるのなら、永い時間でなくていい。
生きる時間が違ったとしても、僕は、共に過ごす時間が欲しい」
その眼差しは、リアンに向けられていた。
「デュオンさん……？」
「…………」
時間が違うことを気にしていない訳ではないと、察しているジョウイとテッドは、複雑に沈黙を返す。
デュオンは、今度はルックを振り向いた。
「君が、生きていても辛いだけで、それに救いを求めるなら、止められないと思っていた。だが、俺は、生きて欲しかった」
「……」
「……今なら、選ぶ余地は無いだろうか」
「……」
「……全てが、以前と同じか？」
「……」
（…………いや、多分……）
「……少し、時間をくれ」
「……そうだな、……俺も必要だ」
デュオンもかすかにとまどいを見せる。
「……生きてるモンはしょうがねーだろーに」
テッドの言葉に、ルックが険しい視線を向ける。
「――本気で思っているのか」
「……俺だって望んで長い時間だった訳じゃねーよ」
僅かに苦い微笑。
「……」
「けど、全てが悪いことってのも、ムリだからな」
「…………」
不意に、ルックが動いた。
「ルック？ どこに行くの？」
リアンが呼びかける。
「――この状況なら、もう一人在る筈だからな」
「……あ」
「ルック、……俺も行く。――自分が起こした結果を確かめたい」
デュオンが足を踏み出す。
「……解った」
二人の姿が消えた。
リアンがつぶやく。
「……ホントは仲いいんだから、きちんと話せばいいのに。ね」
そうすればきっと――――。
「……出来ないこともあるんだよ」
かつて、僕達が互いに刃を向けた時のように。
ジョウイは僅かに痛む眼差しをしたけれど。
「けれど、これからのあの人達には、その時間がある筈だよ」
「――うん」
彼等が在た東側の空は、僅かに夜明けの色に染まりはじめていた。
だから。
「きっと、大丈夫だよ」
希みを込めて、リアンは言葉を紡いだ。