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Ｓｉｄｅ Ｂ 三十一
――眼を開くと、ずっと閉じていた所為で、周囲が眩しかった。
紋章に入る前と同じメンバーがそこに在る。
誰も、何も言わなかった。
ルックは窓際へと歩くと、縁に手をかける。
紋章は変わらずそこに在る。
だが……
「……！」
あれだけ介入して来ていた、モノクロームの世界が見えない。
「一体……君達は何をしたんだ……！？」
「――ルック？」
リアンが問うように呼ぶ。
「――望んだ。君の臨む未来に紋章の介入は要らない」
デュオンが低い声音でつぶやく。
「望むだけで変えられるものか」
望むだけで変わる位なら、とっくに変わっている。
「まぁな。ここに在る全員の力＋α（ｱﾙﾌｧ）って所だろ」
軽さを装った親友殿の言葉に、デュオンが言葉を続ける。
「――でも、これは君が選んだ結果でもある。君が動かなければ、僕達は動けなかった。
君が在て、僕達に関わったから。でなければ、選べなかったよ」
「…………」
〝変えられる筈だよ〟
――違う時間の、リアンの声が掠めた。
――視線を上げる。
「――デュオン、君は何故ここに来た？ 〝僕が見せた真実に掛けて正直〟に、答えろ」
「！ ――それは……」
デュオンがぎゅっと眉を寄せる。
躊躇いがちに、絞り出した言葉。
「……認めたく、なかったんだ。君は誰より僕の本音を見抜いていたから。
この世界に、自分の本音を許す場所が、もうどこにもないなんて、認めたく、なかった……！」
――あからさまに視線を外したままで。
それは、デュオンが初めて見せた、掛け値なしの感情だった。
「――」
手を、伸ばしたい。そう思った。
――そう、僕は知っていた。
彼にとって、誰かに自分から死を選ばれることが何より辛いと。
その時、それを苛立たしく感じた自分も、確かに在た。
死を選ぶ、彼等に対して。
それでも僕は、この道を選ぶしか出来なくて、デュオンは、それを知っていて。
それでも……願いたいのだ、と。
無意識に手を伸ばそうとしていた自分がいた。
自分の感情、その本音を許されないものと感じている姿は、何故か自分に似ていた。
自分の存在、その定義を許されない存在だと感じる自分に。
――彼が言うもう一人の自分とは、こういう意味なのだろうか？
――今なら解る。何故、彼が消えたか。
親友殿が消えた時、その本音を見抜き、認めることで、彼が留まっていたのなら。
それを知る、〝僕が裏切る〟ことで、多分彼は戻ってしまった。
――人でなくていいと、思っていた彼に。
――僕の所為か？
元を正せば、親友殿の所為だけれど。
――いや、それでも、あの時の彼は――――。
「――――」
ほとんど表情は変わらなかったけれど。
驚き、迷い、僅かに哀しみ。
ルックが本来の表情に戻ったのが、かつてを知る彼等にはわかった。
そして、顔を上げたその瞳に、強い光が宿る。
「――デュオン。僕が残ることで、君が世界の果てを見るハメになっても、僕を倒すことになっても、後悔するなよ」
「――しない」
デュオンはそう告げた。
本当は、後悔しても、いいのだと思う。
完璧な未来などないのだと思うから。
信じる道も、願うものも、どの道を選ぶとしても。――守れない物の為に、後悔したっていい筈だ。
後悔も含めて、自分は願う。
だけど、それでも〝今〟を後悔はしない。絶対。
――ルックは抑えた眼差しでうなずく。
「解った。――セラ」
「――はい」
呼びかけに応えて現れたのは、薄い金色の髪を肩の上で切り揃えた、ハルモニア衣装の魔法使い。
「計画は変更する。――図らずも時間が出来てしまったからね。――彼等と行く」
僅かに真意を問うように、
「……それで、よろしいのですか？」
「ああ。――君の役は、異界の者に任せて、君も出てくれ。僕も、用が済んだら合流する」
僅かな、間。
「――はい。ルック様がそう仰るのでしたら」
一礼して、背を向ける。
向き直ったルックは、デュオンが、去って行くセラを、眉根を寄せて見ているのに気付いた。
「――？」
「今の人は？」
リアンが問う。
「……妹弟子だよ」
（最も師匠とは離反中の身だけれど）
「君達も先に出てくれ。じきに彼等が来る」
「あなたは？」
ジョウイの問いに、少し斜に構えた視線を返す。
「〝君達と同様〟、歴史の幕は引かなくてはならない。――せいぜい悪役を演じてみせるさ」
「――死んだ振りして、トンズラか？」
親友殿の言葉に、ルックは少し嫌そうに眉を寄せて、
「身もフタも無いな――そうだよ」
「何か手伝おうか？」
リアンの言葉に溜め息をつく。
「――君達の知り合いも来ているから、来ないでくれ。話が面倒になる」
「…………」
（それは、そうだろうけど……）
「そんな顔しなくても、〝君達には〟、出来ない約束なんてしたくない」
「……」
（やったなコイツ。別の誰かに）
突っ込みがそれぞれの頭をよぎった。
ルックは溜め息をつくと、正面から向き直った。
「――――戻るよ。――親友殿とは違う」
「っ！」
テッドが何か言うよりはやく、デュオンが応える。
「――解った、〝君を待ってる〟」
「……」
こう言う以上、デュオンは絶対に待っている。
――戻らなければ。
「ルック、大丈夫？」
リアンが進み出た。
「何が」
「紋章、僕達が攻撃したから……」
「それなら平気っ……って言ってるだろう」
ルックが言い終えるより前に、リアンの癒しの光が発動していた。
「――ルックにダメージ行くと思ってなかったから、おわび」
（――こいつ、自分で回復させたことにも気付いてないのか？）
リアンの力は紋章の最奥まで確かに届いていた。
「……いいさ、わかっててぶっ放した奴もいるしな」
「――反省はしているよ、ルック」
「覚えとけよ、――デュオン、ちょっと」
「ん？」
ルックは、デュオンを盾に、リアン達から自分の表情が見えない位置で足を止め、ひょいと意地悪い視線を向けた。
少しばかり声を低めて、
「ねえ、セラを嫌い？」
「――え？」
「複雑そうに見てたよ」
久々に見せた、皮肉気な微笑み。
デュオンは仕方なさそうにため息をつく。
「……辛かったんだよ。相手の願いを叶えようとして、相手自身を失くした、昔の自分みたいで。
――見ているのが辛かったんだ」
「…………」
「……もし、僕が願いを捨てて、君と在たら――」
「バッ……止めろ！」
「――うん、……ありがとう」
君は……怒ると思った。
「――行きなよ」
「ああ。――後で」
ルックの促しに、デュオンは僅かに念を押す言葉を告げる。
「――ああ」
ルックはそう答えると、一行に背を向けた。
「アイツ大丈夫か？」
テッドが訊く。
「これで駄目なら、僕は誰も止められないよ。――僕はあくまで、〝生きることを望んで欲しい〟と願うから」
リアンの様に、自分の命を捨てても、相手に生きて欲しい、と願うのとは、少し違った。
「……その所為で、沢山失くした」
「……デュオンさん……」
デュオンは僅かに微笑う。
「……本当、ジョウイの対戦相手が僕でなくて良かったよ」
僕では、解ることは出来ても、変えることは出来ない。だから、リアンで良かった。
「――マクドールさん……エンギ悪いですよ、その言い方は」
「はは……行こう」
――例え、古い知り合いを騙しても、彼等と行くと、決めた――
Ｓｉｄｅ Ｂ 三十二
地響きが、断続的にここまで伝わって来る。
儀式の地から遠く離れたこの場所まで、魔法と交戦の気配が伝わる。
それとは対照的に、沈黙がこの場所を支配していた。
やがて――。
「……！！」
地に響く、一際大きな震動と共に、儀式の地が崩壊して行く。
「…………」
わずかな時間の筈が、酷く長く感じた。
――――そして。
ふっと空中に人影が現れた。
凍った時が……解ける。
「ルック！」
……二人の天魁星が笑顔を見せる。
それは、二人の親友殿に向ける笑顔とは少し違うけれど。
それでも、確かに自分だけに向けられる表情。
「――――お帰り、ルック」
最初の天魁星が手を差し伸べる。
「――――――――」
長い、沈黙の後で。
「……ただいま、みんな」
そう、答えた。