（P１９)
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Ｓｉｄｅ Ｂ 二十五
辺りは夜のような闇が広がり、握った手の中には、何もなかった。
「ここは……？」
周囲が見えない程の闇ではない。
闇を通してデュオンさんが佇んでいるのが見える。
「ルック……」
デュオンさんは掴んだ筈の手を拳にしたまま、眼を伏せてつぶやく。
「デュオンさん、ルックは……」
近寄って、声をかける。
「多分、未だ……、気配はする。――探しに行こう」
「はい。場所……解りますか？」
聞いてみると、デュオンさんは緩く首を横に振った。
「……解らない」
「なら、探しましょう」
明るく告げた。
その時。
「一体何がどうなったんですか」
「ジョウイ」
きっちり追いかけてくれていた。
――そういえば後ろでドサッとか音が聞こえたような……。
「っつ……ったく、危ねーだろ？」
音の正体だったらしいテッドさんが文句を言う。
「ごめん」
テッドさんに謝ったデュオンさんは、そのまま視線をジョウイに向けた。
「ここについては解らないけれど、ルックがダメージ喰らったんだ。紋章への負担が、宿主にまで」
「ああ――」
ジョウイが覚えがあるという風にうなずいた。
「このまま帰るってのは、やっぱナシか」
テッドさんの言葉にデュオンさんが反論する。
「ナシだよ。あれだけ派手に攻撃しておいて」
「攻撃したのはオレじゃねーけど」
「解ってるよ。……ルックなら平気だと思って、つい全力で」
デュオンさんが困った風に言う。
僕は……。
「……そこまで考えなかった……」
しまった、と頭を抱える僕に、テッドさんが言う。
「どっちにしろ、やらなきゃマズかったんだろ？
行こうぜ、このままだと、あの子供（ガキ）、戻れねーかも知れないしな」
「え？ それって目覚めないってこと？」
「ま、下手したらってことだ。考えるよか、探そうぜ」
「はい」
Ｓｉｄｅ Ｂ 二十六
暗闇の中を黙々と歩く。
すると、前方の一箇所がほんのり明るくなっていた。
そして、その場所に立つ、一つの人影。
「あれ？」
棍にマント。僕の見知らぬ旅装束の……デュオンさん？
思わず、横にいる彼と交互に視線を送る。
前方に立つデュオンさんは手に石のようなものを持って、それを透かし見ている。
――透明な、緑の輝き。
「あれは……」
隣に在るデュオンさんが真剣な顔で前方を見詰める。
「過去の、僕……」
「過去？」
「…………」
デュオンさんは、それ以上答えようとはしないで、もう一人の自分に近付くと、手を触れた。
瞬間、眼を打つ光が走り、過去のデュオンさんを中心に、光の空間が広がった。
「あ……」
暗闇が遠ざかり、周囲に明るい空間が広がっている。
草原、だ。
明るいのはこの周囲だけで、遠くは暗い。
草原を少し離れた場所に、瓦屋根の街並みが見える。
さっきまでの、過去のデュオンさんの姿はなくて、かわりに、二つの人影があった。
僕が知っているよりも、簡易な法衣に、少し意地悪っぽい笑みを浮かべているルックと、
明るい表情で、影を感じさせないデュオンさんだった――――。
「あんた、首に何か提げてる？」
緑の魔法使いのセリフ。
襟許から僅かに覘（のぞ）いた紐のような物にルックが目を止める。
彼は、それに気付くと、
「――ああ、オデッサのイヤリングだよ」
言いつつ、胸元から紐を引き出す。
「解放軍を引き継ぐ時受け取った、リーダーの印、かな」
「それ、首に提げる物じゃないだろ」
ルックの指摘に、彼は少し肩を上げた。
「そうなんだけど、付けて動くと気になってさ。戦う時は特に。本来何か付けて戦ったりしてなかったし」
ルックはデュオンにひょいと上眼使いに視線を投げて、
「へぇ、本当にそれだけ？」
と、人を喰ったような視線を向ける。
「……うーん。正直、ちょっと重いかな。……見かけよりもね」
デュオンは少し困った風に本音を語り、それでも大事だと言うように、イヤリングを握る。
「ふうん……」
ルックは興味なさそうに合づちを打ったけれど。
「案外、似合いそうなのに」
ぽつり、とつぶやく。
「え？」
「その色」
視線を向けると、ルックは少々皮肉気とも取れる微笑みをデュオンに向けた。
『にこっ』と『にやっ』の中間位の微妙な微笑み。
デュオンをからかう風に見えなくもない。
だがデュオンは緊張が解けた風に、つられて微笑う。
「そう？ ――ルックなら、緑の方が似合いそうだな」
赤い色を目の辺りで揺らせながら、デュオンが言う。
「何で僕の話になるのさ？」
ルックは嫌そうに言った。
「ルックが振ったんじゃないか」
「関係ないよ」
突き放すようにフイッと背を向ける。
デュオンは楽しそうにその背に笑みを送った――――。
ふっと、辺りに暗闇が戻った。
「今のは……」
「過去の記憶……か？」
「おい、今度はあっちだ」
テッドさんが指す方には見覚えのある景色があった。
――覚えている。十五年前の、僕達の城だ。
僕の知っている風景。
石板の前に、ルックとデュオンさんが在た。
けれど、先程の光景とは違い、ルックの眼差しは鋭さを帯びて、デュオンさんの瞳には影を帯びていた。
「良く――来る気になったね、もう……関係ないだろ？」
石板の前に立つルックの言葉に、多少の厳しさが混ざる。
今回は宿星でもないのに、何故来る気になったのか、と――――。
「又――繰り返すつもり？」
身近な人間に、〝死〟を。
「君が近付けば――彼等を〝喰らう〟」
ルックの言葉にデュオンはピクリと表情を変える。――だが。
「君は――」
「――ルック」
言い掛けたルックの言葉をデュオンが留めた。
「――これを」
デュオンはルックに何かを差し出した。
「？」
「君の方が合うと思うから――やる」
「合う？」
答えにならない反応。
多少いぶかりつつも、差し出された物を受け取る。
「！」
イヤリングだった。
しかも、この形……。
「何で、この形なのさ」
悪趣味、とルックは眉を寄せて訊ねた。
それは色こそ違うが、解放軍のリーダー、オデッサのイヤリングと同じデザインだ。
オリジナルとは違い、かすかな魔力を感じるそれは、透明な緑の光を宿している。
デュオンは軽く頭を振って、
「それしか、思い付かなかった。昔――君が似合うって言ってくれたの、思い出したんだ」
それは静かで、重さを含んだ言葉。
「だからって……」
ルックが言葉を返すより先に、デュオンがルックを見据え、言葉をつづる。
「もらってよ。――付けろとは言わない」
「……」
「徒――忘れたくないから」
「――――」
ルックは眉を寄せたまま、それを見ていたけれど。
やがて厳しい表情で、イヤリングを手の中に握り込んだ。
「君は僕の役目の敵だよ」
ルックはそう言うと、城の奥へと姿を消した。
「――――」
デュオンは静かな眼差しでその背を見送ると、入り口の方へと向きを変えた。
すると、ルックが去った方向とは逆の通路から、足音が聞こえた――。
姿を現したのは、十五年前の僕だった。
城で同盟軍のリーダーをやっていた頃の、僕の姿――。
「あれ、いないや……あ、デュオンさん、ルック見なかったですか？」
石板の前を見渡して、リアンは訊ねた。
「さっき、向こうに」
デュオンが示した方向を見て、
「そっか……自室かな、ありがと、デュオンさん」
リアンはそう言うと石板を後にした。
夜の城、夜半に近い時間に城の主が扉を叩く。
「ルック、いいかな」
「何、何か用？」
扉を開けたルックは、いつもの魔法使いのローブではなく、軽い上着とズボン姿の私服だった。
――態度はいつも通りだったけれど。
「うん――」
切り出そうとしたリアンは、ルックの胸元で揺れた光に目を止めた。
「……綺麗だね、それ。ペンダント――じゃなくて、イヤリング？」
ルックは仕方ないといった風に秘かに息をつく。
「ああ、少しだけど、魔力を高めるんだ」
「へぇ……付けたら？ 似合うと思うよ」
リアンは首を傾けて耳を指す。
ルックはあからさまに溜め息をついた。
「そしたら業務命令（きみから）の装備品が付けられないだろ」
「あ、そっか。――でも魔力上がるならそれでもいいよ」
「いい加減なこと言わないでくれる？ これじゃ大したことにはならないし、第一、あんまり趣味じゃない」
「ふーん、それでも持ってるってことは、大事な物？」
ルックはちょっと嫌そうに答える。
「何でそうなるのさ。……むしろ因縁だろ。で、大体君は何しに来たって？ 用があったんじゃない訳？」
「あ、そうだった。急で悪いんだけど、明日の遠征について来て欲しいんだ」
「そう、ついて行ってあげてもいいよ」
「良かった！ じゃあよろしくね。……あのさ、ルック」
リアンの声のトーンが変わる。
「？」
「〝因縁〟 って、〝避けられないこと〟って思う？」
「――君の友人のこと？」
ルックが僅かに見透かすような眼差しをする。
「――――」
「君次第だろう、そんな物、少なくとも他人が決めることじゃない」
「――うん、――――」
「言っとくけど、他人の期待なんて君を救うとは限らないんだ。よく考えるんだね」
「う……ん、ありがと……」
ちょっと鳩が豆鉄砲みたいな顔をしているリアンに横目で視線をよこす。
「じゃあね」
さっさと戻れと言わんばかりの口調に、リアンの様子も元のままになって、
「うん、お休み」
と、踵を返した。
その背を見遣って、ルックがつぶやく。
「――前以上かもな、あれは」
溜め息混じりに、イヤリングを指先で摘み上げる。
半眼でそれを見詰めて。
「別に大事な訳じゃないんだけどね。―――〝これ〟を捨てる程、僕は鬼じゃないよ」
少し上目遣いに、ルックはつぶやいた――。
「今の、どういう意味？」
傍に立つデュオンさんに訊ねる。
「ルックが持ってるのって……」
「あれは、それでも僕が関わることを決めた……という意味になる。
あの形は、リーダーを継ぐことを決めた覚悟の証、同時に人との絆を意味する。
――あの時どこまで伝わったかは知らない。徒、僕が引くつもりがないことだけ伝われば良かった。
――ルックは僕の為に仲間が犠牲になるのを何とも思わない程、薄情じゃないからな」
「それって」
「少しだけ――君の仲間を守ってたんだ。…………」
〝僕の紋章から〟
――闇に溶けた最後の言葉は、そう聞こえた気がした。
「デュオンさん――」
「あいつ、そーいうことするのか？」
テッドが問う。
「最初は違ったけどな。……でも、本当、人の痛みが判る奴だから。だからこそ、俺は……踏み込むのを躊躇（ためら）った」
「――？」
デュオンは説明する。
「あいつは、運命という言葉の為に、簡単に命を捨てそうに見えていた。
だけど、僕達と関わることで、それ以外でも、犠牲を払うんじゃないかと……。
僕達と共に戦ってなければ、今回の方法を選ばなかった。
――そんな気がするんだ……」
「……」
「後悔、してるのか？」
テッドの言葉に、斜に視線を返す。
「――後悔する位なら、とことん関わる方がマシだ」
「――お前らしいな」
「――知らない処で、助けてくれてたんだ。――ルック」
リアンがつぶやく。
「随分、信用されているんですね。その魔導師」
ジョウイの言葉に、デュオンは苦笑気味に溜め息をついた。
「――らしくない話だったかな。あいつがあんまり親切だと気味が悪い」
「そうなんですか」
「ああ」
「ん？」
上から降る物に気付いて、テッドが顔を上げた。
「……壁、か？」
何時の間にか、周囲に白く荘厳（そうごん）な壁や建物が浮かび上がっている。そして、欠片のようなものが舞い落ちている。
「見て下さい、あれ――」
ジョウイが指す方向には、一つの門があった。
「あれ――だろうな、多分」
テッドが確かめるように足を向ける。
ズウンッ！
「うわ？！」
いきなり、空間全体が軋むように足元が揺らいだ。
「な……っ」
「やばい……空間が――走れっ！」
テッドの言葉に全員、門に向かって走り出す。
急激に空間が揺らぎ、崩れ出していた。
「ルックに何か――？」
リアンの言葉にデュオンは眉を顰（しか）めてつぶやく。
「かもな……」
「く……このままだと……間に合わない――」
「……！」
リアンが右手を構える。
「我が真なる紋章、今その力を示せ！」
盾の輝きが空間に広がる。
温かい波動。
――全て守れると、信じさせて欲しい。
命よりも大事だと思う何かが、僕には確かにあった。
だけど僕達にとって、仲間が、支えてくれる誰かが、何んなに大事かなんて――！
「……収まってる……」
だが、それを支えるリアンの足は止まっている。
「デュオンさん、行って下さい！ ここは僕が支えますから！」
「リアン……！」
「僕も残りますよ」
ジョウイがリアンの横に立つ。紋章を支えて動きの取れないリアンだけを残すのは、危険だ。
リアンが明るい声で告げる。
「平気です、どこに在たって届く筈だから」
紋章の内的世界で呼ぶ声はきっと。
「わかった、任せる！」
デュオンはテッドの肩を軽く叩いて走り出した。
「なるべく急ぐからな！ 気張れよ！」
テッドも二人に告げると、門へと駆け出す。
（ルック――）
リアンの紋章の光が空間を支え続ける――――