（P２０)
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Ｓｉｄｅ Ｂ 二十七
扉の中に駆け込むと、そこは暗い通路のようだった。
「平気か？ あいつ」
テッドが門の方を振り向いて言う。
「うん。リアンは……本領発揮。僕が羨むほど、盾みたいな存在（ひと）だから」
そう、解放戦争時、破れない盾のようで在りたかったのは、自分の方だ。
デュオンは少し苦笑して見せる。
「本当は、本人と、紋章を同じに信用するのは危ないんだろうけど。……信じてしまう。……僕達は」
「デュオン……」
「信じられるのが時に辛いってことも……少しは理解してるつもり。――だけど」
その気持ちを、リアンが教えてくれた。
周囲に信用を向けられるだけ、辛くなることもある。
本人が、自分の紋章の制御に自信がないから。
――失くしたくないと願うから。
だけど。
「――それでも、紋章に関わらず、関わってくれる存在は……いいものだと思う」
「………………」
言葉にならない沈黙を返す。
デュオンが結論付けるように言う。
「あの二人なら、平気、――あの二人に出来なければ、誰も出来ない」
「――そっか、じゃ、急ぐか」
向き直るとほぼ同時に。
「！？」
前方から鋭い闇色の何かが飛びかかった。
二人が身をかわすと、後方に降り立つ。
「……獣……？」
闇色の獣からは、明かな敵意と殺意を感じる。
再びデュオンに飛びかかろうとするその足に、牽制するようにテッドの矢が突き立つ。
瞬間、ビリッと空間が震えた。
「！ まさかこいつ」
「ああ……攻撃は駄目だ」
デュオンが眉をしかめる。これ以上ダメージはまずい。
「〝風〟……いや、あいつの一部なのか？」
「……分からない。徒、連動はしてるみたいだ」
連動、か……
「まあ、精神世界みたいなもんだからな……」
ならダメージ以外に、こっちから働きかけることが出来ないか？
例えば……。
「！！」
再び前方から強い気配。もう一匹姿を現す。――挟まれたか。
互いの背を庇う位置に立つ。
「倒さずに行けるか？」
背中越しのデュオンの声に、緊張が見える。
――迷ってるヒマはない。
「デュオン、その闇の力を貸してくれ。――俺がやる」
「！ ――ああ」
デュオンは一瞬迷うように見えたが、背中越しに右手をかざした。
短く唱えた言葉と共に、テッドの右手に闇の力が宿る。
「一匹、しばらく頼む」
「わかった」
デュオンに後ろを預け、前を向く。
「行くぜ……俺の〝闇〟をくれてやる！！」
叫ぶと同時に向かって来る獣を迎え討つ。
〝闇〟を宿す右手が獣の頭を捕らえた。
（奴と獣が連動しているなら、届く筈だ）
闇を通じて、俺の絶望も孤独も痛みも哀しみも憎しみも全て。
ソウルイーターの中にあった〝俺の闇〟を記憶ごと叩き込む！
同じ痛みでなくても、俺達は敵じゃない。
自身に負い目を持つ者の気持ち。
本当の自分は決して許されない。絶望と諦念。
世界に決して相容れず、死を臨む程の絶望も孤独も、
決して望むものが得られない無念の気持ちも。
光に触れれば、心が暗くなる、そんな気持ちも、
俺は知ってる。
傷付ける痛みも、罪の意識も、消しきれなかった祈りも、
三百年分の暗闇をくれてやる！
毒を制すには毒を。
俺の三百年は伊達じゃない。
強く暗い情念。自分でも眼を背けたくなる程の暗い奔流。
獣よりも濃く深い闇に触れて、獣の姿が溶ける様に霧散していく。
「くっ」
デュオンは棍を盾に獣と拮抗している。
後ろにテッドがいる以上、引くこともかわすことも出来ない。
無論、倒すことも、倒されることもだ。
「もう一丁！」
テッドが振り向きざまに、横をすり抜けて獣に向かう。
「！」
〝闇〟を宿すテッドの手が獣を捕らえると、それは一瞬魔法の光を見せた。
闇の姿をした獣が、内側から、溶けるように散らばり、空間に霧散してゆく。
その姿は圧巻だ。
「……すごいな」
思わず口に出る。
空間にダメージが行った様子もない。
だが、テッドはどこか辛そうな眼差しのまま、自分の手を見ていた。
「……まさか、役に立つなんてな……」
「――その為に来たんだろ、胸を張っていい」
そう言うと、テッドはひょいとデュオンの方を向いて、
「な、今の、も一遍言って」
デュオンはそのまま繰り返す。
「その為に来たんだろ、胸を張っていい」
テッドは僅かに滲むように微笑う。
「――おう。――行くか」
それを見てデュオンも微笑を返した。
「ああ」
Ｓｉｄｅ Ｂ 二十八
「行き止まり、か？」
そこは少し広くなった部屋のようだった。
だが、いくつか柱があるだけで、めぼしい物は見当たらない。周囲は壁ばかりだ。
「んー隠し扉か何かねーのか？」
「？」
デュオンは部屋の奥の壁際に、うずくまる小さな人影を見付ける。
「……！ ……ルック？」
自分が知っているよりも、小さくて、幼い姿だったけれど。この面差しは……。
近付いて、膝をつく。
だが、伸ばした手は、その姿に触れず、すり抜けた。
「！ ……触れない」
「どうした？ ――あの子供か」
「うん……そう思うけど……触れない」
「幻か？」
デュオンは曖昧に首を捻ると、呼びかけた。
「……ルック？ ルック、聞こえる？ ――聞こえてないのかな……？」
「みたいだな、――こりゃ紋章でも無理か？」
「……」
だが、〝彼〟が〝ここ〟に在ることに意味がある筈。奥に辿り着く為に……そんな気がする。
「何かある筈だと思うけど……どうすれば――」
ふいに風が動き、背後から気配が近付く。
「！？」
振り向いたデュオンは眼を見張った。
――自分、だ。
歩いて来る人影は、デュオンと同じ姿をしていた。
まるで鏡を見ているようだ。
「…………」
だが一点。その瞳だけが。
自分よりもずっと深い色彩をしている。
それがどこか、自分ではないと思う程。異質な程大人びて見えた。
「…………」
近付いてくる人影、その瞳の色彩を見て、テッドは一瞬ギクリと背筋を強張らせた。
――似ている。
あの時、最期に見た、デュオンの瞳。
あのシークの谷での……。
テッドは振り切る様に首を左右に振った。
――――違う。あの時はもっと、光る位鋭く暗い瞳をしていた。
だから違う。
デュオンと同じ姿をした人影は、二人の横を通り過ぎる。
そして、そっとルックの前に膝をつくと、その髪に手を伸ばした。
「！」
その手は、すり抜けることなく彼に触れた。
デュオンとテッドは互いに視線を交わす。
その人影は、幼い姿をそのまま抱え上げると、中央の壁に向かう。
すると、壁の一部が、淡い発光と共に道を示した。
「あ……！」
彼は、薄い光の膜のようになった壁を抜けて、その奥へと消えた。
「今のは……」
とまどいながらも、後を追おうとする。
だが。
ゴン！
「痛！」
「え！？」
テッドは見事に光の壁に阻まれていた。
「な、何で」
光の壁を半ば通り抜けかけていたデュオンが、面食らったように言う。
「痛てて……〝お前〟が開いた道だからじゃないか？」
コンコン、と壁を叩きながら言う。
「いや、あれは……何者なんだ？ ――少なくとも過去の記憶じゃない筈だ」
「さあな。俺が知るか」
「だよな……訳解らないぞ、今の」
テッドは告げる。
「だが、お前は行ける。――行けよ」
「テッド」
「離れた所で、俺の力はいつだってお前と一緒だ」
テッドの眼差しは真剣で、僕に紋章の事実を告げた時のようだ。
「――知ってる」
自分が気付かない時でも、いつも、テッドの力が側に在（い）たこと。
「――でも、あんまり固く考え過ぎると、彼みたいに自由に選べなくなる。――大丈夫だよ」
デュオンは軽さを含む微笑を見せる。
「――そーだな」
軽く持ち上げた互いの手をばしっと打ち合わせると、デュオンは壁の向こうへと駆け込んで行った。