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Ｓｉｄｅ Ｂ 二十三
「随分、人数が増えたね」
現れた一行を見て、ルックはそう告げた。
デュオン以外に三人在た。
「僕達も加わろうと思って」
そう言って見せる笑顔は十五年前を思い出させる。
時が流れても、変わらない何か。
「リアン……それに、元皇王殿か……」
二人は解る。
そして……明るい茶髪の少年が一人。
どうやら〝真〟持ちではないが……。
「？ 君――」
どこか見覚えがある。ここに在る以上、無関係ではない筈だが……。
「覚えてないか？ 俺はテッド。二十年振りぐらいだな」
「！ 親友殿……！」
ルックが少し驚いた様子で言う。
「親友？ ってデュオンのか？」
「他に在るのか？ ――死人だろう、君は」
鋭い言葉と眼差しがテッドに向かった。
「ああ」
「全てをデュオンに押しつけた君が、今更何の用？」
そう言うと、テッドは真っ直ぐに視線を向けた。
「……伝えたくてな、お前に。紋章の〝器〟 だとか思うのは、何もお前だけじゃないぜ。それに、俺は、幸せだった。
だから、今の俺が保障してやるよ。お前は何も変わらない。お前は人間だよ」
「！ 何が……」
「解るさ。〝今の俺はお前と同じ〟だからな」
含みある言い方。その意味に気付く。
「！ デュオン！ お前！」
踏み出したルックをリアンとテッドが遮る。
「ルック！」
「俺が言い出したんだよ」
「何故」
低めの声音がテッドに問う。
「俺もお前が嫌いじゃないからな」
「！ ――承知、したのか」
ルックはデュオンに視線を移した。
「――ああ。今度は〝願い〟を譲らない。――決めたんだ。全部、肯定する。
ルック、……答えを出しに来た」
「――どうするつもりだ？」
「ルック、君の見ている物を、僕達にも見せてくれ。僕達にも共に背負わせて欲しいんだ。
同じ道筋は選べなくても、共に背負うことは出来るよ」
「…………」
――横目で親友殿を視界に入れる。
ここまでする以上……。
「引く気は、ないんだな？」
「ああ」
「君達も、か？」
リアン達を振り仰ぐ。
「勿論。僕もルックのいない未来は嫌だから」
迷いなくうなずいたのはリアン。
「僕達は僕達の理由で来ていますから、お気遣いは無用です」
やや固い調子で元皇王殿。
「一度死んだ身だからな。子供が遠慮なんかすんなよ」
親友殿――
「テッドに比べたら、大抵の人間は子供だって」
律儀にデュオンが突っ込んでいる。
――仕方ない。
「デュオン、右手を」
そう言って軽く右手を差し出す。
「――紋章か？」
「ああ。完全な真持ちは君だけだ。……同調させる」
「解った。――ありがとう」
「責任は持たないよ。――――健闘を祈る」
その言葉以外、送れる物もない。
「うん」
明るさと強気な瞳を見せるデュオンが手を伸ばし紋章に触れた――――。
Ｓｉｄｅ Ｂ 二十四
そこはまるで、空間ごと凍り付いたようだった。
白と黒のモノクロームの世界。
見慣れた景色が見知らぬ色で広がっている。
「ここは……」
人も、生き物も、精霊も在ない。空気が動く気配さえしない。
一面を覆い尽くしたモノクロームの世界は、どこか重圧を感じる。
「〝風〟か……ソウルイーターとは、やっぱ違うな」
テッドさんの言葉にとまどう。
「……〝風〟……」
これが――？
「――リアン。〝風〟がこういう物だと思ったことはあるか？」
デュオンさんの問いに首を横に振る。
「いいえ。ルックの風は、強くて、優しくて……」
こんな風じゃなかった。
デュオンさんは言葉を継ぐ様に告げる。
「――僕達はそれが、ルックによるものだと、気付かなかった」
デュオンさんの言葉に、ふと、気付いた。
「デュオンさん。僕はデュオンさんの紋章も、強くて、どこかあったかいと思ってたけど。
本当は、こんな風に辛かったんですか」
デュオンさんは少し、困った風に、
「……辛くないと言えば、嘘だな。……それでも、絆だから。それ以上の意味は、なかった」
その声は穏やかで、少し安心する。
「ルックは、違うのかな」
壊したいと願う程。
「――変えられるよね？」
確かめるように言うと、デュオンさんはかすかに微笑んで右手をかざした。
「中奥（ちゅうおく）が解るか？ ――――我が半身」
闇の気配が空間を震わせて、波紋のように周囲に揺れが広がる。
すると――――。
唐突に風が生まれた。
動かない世界で、急激に広がり、翼を成した、透けるようなエメラルドグリーン。
巨大な――――。
「鳥……！」
これが、〝風〟？
「〝紋章〟……本体か？」
テッドさんがつぶやく。
デュオンさんが〝風〟 を強い視線で射抜いた。
「〝真なる風の紋章〟……ルックに介入するのは止めてくれ。
ルックの未来はルック自身のものだ。紋章の介入は要らない」
言葉は比較的穏やかだが、鋭い眼差しは戦る気満々で、闇の魔力が渦巻いている。
「デュオン……。ま、そーゆーことで、俺もこれ以上紋章による不幸を見たくねーしな」
テッドさんが近付くと、デュオンさんの闇の気配が強くなった。
「この世界が未来だとあなたは言うのですか？」
ジョウイの問いに〝風〟は答えず、徒、モノクロームの重圧が強くなる。
「沈黙が答え……か」
ジョウイは少し影を帯びた眼差しで、自らの紋章に手を置いた。
「僕は〝風〟 を悪いものだと思ったことなんてない。でも、ルックの在ない世界は嫌なんだ！」
言葉に呼応する右手が熱くなる。
〝風〟の紋章が頭をもたげ、蒼い炎を吐く。
「うっ」
鋭い熱い波が辺りを包む。
「風の紋章……！」
デュオンさんは鳥を見上げ、紋章を解き放つ。
「我が真なる紋章、契約により、今、我が前に力を示せ！」
鳥の翼から放たれた光の槍が闇に弾かれ、強大な〝闇〟が〝風〟に向かう。
「デュオンさん！」
光の槍をかわしながら、僕も紋章を発動した。
あの鳥の高さでは、僕達の武器は届かない。
発動と共に、今までの歴史のイメージが紋章から伝わる。
そう、灰色の世界が未来だなんて絶対にない。
紋章は強くても、僕達は選べる筈だ。
僕達が、望む道を。
原始の闇と、始まりの光。
二つの力は〝風〟の化身を貫いた。
〝風〟の姿は空間を揺るがす程の衝撃と共に崩れてゆく。
『――――――っ！！』
同時に、うめく様に、空間に声にならない音が響いた。
「！！ ルック！！」
僕とデュオンさんの声が重なる。
ルックの声だ！！
見ると、落ちてゆく〝風〟の中に、〝ルックの魔力〟の気配がした。
いつも使っていた〝ルックの風〟だ！
僕達は同時に、〝風〟の中心に向かって飛び出した。
〝風〟が最後の力で再びブレスを放とうとしていることなど気にも留めずに。
「おい！ ……チッ」
テッドさんの放った矢が、〝風〟の頭部に命中、ブレスの軌道がわずかに逸れ、僕達を掠めた。
僕達は崩れゆく〝風〟の中にある〝ルックの気配〟へと手を伸ばす。
――掴んだ瞬間。
引き込まれる様な力と共に、世界が反転した。