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Ｓｉｄｅ Ｂ 十八
人知れぬ場所に建つ、そこは小規模な隠れ家だった。
人の手があまり感じられない自然の中、周囲に静かな気配が満ちて、酷く懐かしい感覚になる。
「魔法の結界か……気配が視えない筈だ」
デュオンがつぶやく。
「結界……ですか」
辺りには澄んだ空気が張り巡らされている。
「ああ。昔、レックナートやルックが在た場所と同じだ。対魔法用だから気にしなくていい」
「気配が視えない？」
リアンが訊く。
「ああ」
「もしかしてデュオンさん……ルックのこと探した？」
デュオンはかすかに眼を伏せた。
「……何度かは」
デュオンは入り口の扉へと足を向ける。
「彼が気配を押さえていると、僕には視えないんだ。悔しいけど、彼の方が専門だ」
扉は冷たい感触で閉ざされていた。
「……シンダルの遺跡に少し似てますね、ここに何かはめ込むのではないですか？」
ジョウイが扉の装飾の一部を指差す。図柄の中央に小さな窪みがあった。
「もしかして、これじゃない？」
リアンが紐付きの鉱石の破片の様な物を手にしていた。
「どうしたんだ？ それ」
ジョウイが聞く。
「そこの岩の上にあった」
「……」
（……らしくないな）
デュオンは少し険しい表情で〝鍵〟を見遣った。
「じゃ、さっそく……――デュオンさん？」
「……ああ」
リアンの声に、デュオンは顔を上げてうなずく。
破片をはめ込むと、カチリと扉が開いた。
中へ入ると、本や資料、魔術具らしい物が、所狭しと置かれていた。
「……すごいですね。これ全て紋章や魔法に関する資料でしょうか」
ジョウイが棚上に置かれた資料を見て言う。
デュオンは奥に在る机と椅子に歩み寄った。
机の上に、本が一冊、開いてある。
「…………！！」
丁度、ハルモニアの秘法、真の紋章を封じる方法と、それを核にした生物の生成を解説されたページだった。
（……ルック……！）
そして、机の横に、先日見た鞄と同じ物が置かれている。
そっと、中を覗いてみる。――例の封印球だ。
（……来たのか、ここに）
恐らく、会った直後にでも。
先刻の〝鍵〟といい、酷く、らしくない気がする。
それを要求したのが自分だとしても。
（……迷ってるのか）
それとも。
「何か見付かりましたか？」
溜め息と共にデュオンは告げた。
「……多分、間違いない。ここは……ルックが所有してる場所だ。――見てくれ」
本を指し示す。
「……これは？」
「国家機密。ハルモニアが手にした真の紋章を留める秘術と、それを核にした生物の……真の紋章を宿す器としての生物の生成法」
「……何故彼がそんな物を？ 現在、真の紋章を集めているという……その為に研究を？」
ジョウイの言葉にデュオンは首を横に振った。
「……違う。多分彼は……」
……知りたかったのだろう。己の存在を。
デュオンは鞄から封印球を取り出す。
「彼は〝これ〟を自分と同じ存在だと言った。
ハルモニアの秘術、紋章を宿す器として作られた存在。それが自分だと」
デュオンは陰を帯びた眼差しで封印球を手にしている。
本に描かれた図柄と同じ〝もの〟を。
「――ルックが……？」
「……！！ じゃあ彼は……！ ハルモニアの……」
ジョウイの言葉にデュオンは平坦な眼差しを向けた。
「そう、ルックとササライはヒクサクの似姿。――そう言っていたよ」
「ササライ……ハルモニア神官将のササライもですか？」
ジョウイの問いにデュオンはうなずく。
「そう。十五年前、君の所に来ていた彼だよ。――最も、彼は当時、何も知らなかった。……今は解らないけれど」
ジョウイはかすかに眉を寄せて。
「あなたは……知っていたんですか？ そのことを、以前から」
デュオンは僅かに視線を落とす。
「いや……、ルックがハルモニア出身のことや、
二十五年ほど前、ハルモニアの神殿で事件が起きて、緘口令がしかれたことはリアンも知っていただろ」
「――うん、調べてもらった」
「――調べた？ 何か不信でもあったのか？」
「あ、違うよ、そうじゃなくてね」
ジョウイの言葉に対して、軽い調子でリアンは手を振る。
デュオンは神妙な面持ちで目を閉じ、
「……当時、探偵使ってあれこれ調べるのが、城内で流行ってたんだよな……」
「――え？」
ジョウイが視線を向けると、リアンはデュオンの言葉に相づちを打つ。
「そう、――皆のことも知りたくて。あ、でも無理に訊いたりとかはしてないから」
「……リッチモンドが大変そうだったよ……。君、ムササビの調査とかも頼んだろ」
「あ、気付いてました？」
「見てれば解るよ……」
ムササビを追いかける調査員はかなり目立つ……というより、怪しかった。
「………………」
（今さらだけど……この人達、真面目に戦ってたのか……？）
そして、それに負けた自分は一体。
ジョウイが複雑そうな視線を送る。
「――ジョウイ、大丈夫か？」
察しているらしいデュオンが声をかけた。
「……ええ、何とか」
「話、戻すけど、僕はルックとササの両方を知っていたから。
ルックとササは兄弟……それも双子なんじゃないかと思っていた。
そして、二十五年ほど前の事件が、ルックの生まれや、
ルックがハルモニアを離れ、レックナートの元へ行ったことと重なるのではないかと考えていたんだ。
だから、国家の裏に関わることだということも、想像以上に重い事実があるのではないかということも、予測はしていたんだ」
「本人には、訊かなかったのですか？」
デュオンは、かすかに遠くを見る。
「――今は言えないと言っていた。僕もそれ以上、無理に訊こうとはしなかった。
その代わり、彼が動く時には、自分も立ち会おうと思っていたんだ」
「随分気にかけているんですね。……その正体を知っても、揺らぎませんか。その、姿勢は」
ジョウイが鋭さを含む、静かな眼差しを向ける。
「……実感があまりないというのが本心かも知れないな。三百年でも、真持ちでも、生まれが少々違っても。
僕が見ているのはもっと、違うものなんだ」
デュオンは棚に手を置き、窓の外を見遣る。
「――家柄も、立場も関係なく、僕達に向き合ってくれた。それが、僕の知る彼の姿。
だから今度は、彼の本心に喰らい付く。――例え真実がどうあったとしても」
その眼は鋭く、光を放つ様に見えた。
「風の……意志と対決する」
「……あなたから見て、彼はどんな人ですか」
ジョウイの問いに、デュオンは少し表情をゆるめた。
「……いい人ではないけれど、いいヤツだよ」
そのまま声音に柔らかさを感じさせたまま、
「彼の持つ〝意味〟を、変えられるといいけど」
「……」
その時、デュオンが軽くふらつく。
「？ ……デュオンさん」
「少し……行って来る」
デュオンは右手の紋章に視線を落としてそう言うと、膝を落とし、眼を閉ざす。
「あ、はい」
ソウルイーターの内面だと気付いたリアンはそのまま送り出し、軽く手を振った。