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Ｓｉｄｅ Ｂ 十四
ルックが差し出したもう一つの器。
球体の中に、乳白色をした液体が満たされている。
「……？」
その液体の中に、何か複数の物体が入っているようだ。
近付いて、眼を凝らした。
浮かんでいるのは……
「…………！！」
眼球。指、手、足、そして――――
「これは……！」
人間のパーツ？！
「……ルック、これは……」
感情を隠したルックの瞳とぶつかる。
「これは、僕と同じもの。人間の姿をした何かだ……」
「……どういう意味だ？」
さすがに驚きを隠せない。そのままルックに訊ねる。
「――ハルモニア、正確にはヒクサクは、真の紋章を留める秘法を手に入れた。
そして、それを核として、紋章を宿す為の器としての生き物を作った。それが僕達だ。
僕とササライは、紋章を宿す為の器。……ヒクサクの似姿なんだ。
一人で複数の真の紋章を宿すことは出来なかったらしい。そして、彼と同じ、真の紋章を宿せる存在を作ろうとした。
……それが、この姿だ」
「……」
（ヒクサクの……）
だから、『忌まわしき秘術』ということか……。
ルックが言葉を続ける。
「この中には、僕達の全てのパーツが溶け込んでいる。
そのことを知った僕は、二十五年前、ハルモニアを離れた」
「……」
その言葉に、どれ程の重さが込められているのだろう。
目の前に差し出された器。
手袋ごしの手が、かすかに、震えて見える。
だがルックの瞳は、冷たい程の鋭さでこっちを見据えた。
「僕は、人間じゃない。
そして、僕の存在が天間星である限り、この存在と共に在る風が見せる未来はいずれ……現実になる」
「――ルック！」
思わず言葉より先に〝器〟ごとルックの手を握る。
一瞬、不安を感じた。
ルックの言葉。
何もかも〝運命〟として片付けようとしていた彼。
納得のいく理由。
だけど。
「僕は紋章の器なんだよ」
器の中の存在と、その向こうに在るルック。
あまりにイメージの異なる両者。
同じ存在だと、彼は言う。
――だけど。
僕は首を横に振った。
「――違う。ルックは人間だよ。
ササも、ここにあるこれも。発生が違うだけで、君達は別々の人間だと思う。
それに、例えルックが何者だとしても、僕はここに在るよ。
――そんな理由で届かないのは、もう嫌なんだ」
人間ではないとか、永く生きてるとか。そんな理由で。
ルックの瞳がかすかに揺れる。
「――甘いね。――僕は人じゃない」
「だったら、それでいい！
一緒に戦ったのは、辛い時そこに在たのは君で、他の誰かじゃない！
その潔さと鋭さは君だけのものだ。ササにはない」
思わず怒鳴る様に強く見据えると、ルックは少し困った風に視線を降ろした。
「……あんな奴と一緒にしないでよ」
「――解ってる、君は君だ」
「……変わらないな、あんたは」
ルックの語調から、鋭さが緩む。
「……そうか？」
ルックが器ごと手を引っ込める。
「ルック？」
「もう、いいだろ？」
そう言うと、器をしまった。
「――それ、ハルモニアは今でもやっているのか？」
少し気になって尋ねてみる。ルックは首を横に振った。
「やっていないよ、……最も、必要になればやるかも知れない。
この状態なら……魔術師と〝場〟 さえあれば可能だ」
ルックは乳白色の封印球を指して言った。
「――〝場〟って……？」
「真の紋章を壊すにしろ封じるにしろ、〝それ〟に形を与えるにしろ、それなりの場所……魔術的な設備が必要なんだよ。
シンダルの遺跡のようにね。……〝儀式の地〟が、あの場所しかないように」
「そう言われると、ぶち壊したくなるよなぁ」
眉を寄せ、やや横目でかすかにため息をつく。
ルックが半眼の視線をよこす。
「いかにもやる気なさそうに言わないでよ」
それはそれで腹が立つ、とルックはつぶやく。
「そうだな」
軽く言葉を切って、今度は真面目に向き直った。
「――止めるだけで君の前に立つつもりはないから」
それだと、僕にとっての意味がない。
「――君なら、僕の敵にもなれるのに」
ルックの言葉は、僕に向こう側に在て欲しいようにも見える。
「……言うなよ。そんなつもりじゃない」
迷わないと言えば、嘘になる。だが……。
僕の〝願い〟は……。
「……あんたは……違うんだな……」
ルックがふとつぶやいた。
「え？」
ルックは少し遠く、眼を細めた。
「もし、あんたが〝兄さん〟 だったら、何かが違っていたかな……」
（少なくともあいつの様に、目を逸らしたりはしない）
「……ルック？ ――〝僕〟 では不足か？ 君と向き合う相手として」
「…………」
ルックは黙って見返す。僕は言葉を重ねる。
「僕は、何も知らないのは御免だよ」
ルックは、ほとんど無表情の……だがそうと判る者が見れば、
かすかに厳しさとその裏に哀しみを秘めた眼差しを向ける。
「……出来るなら……やってみればいい。――予定外だけど」
（本当は――彼等に会うつもりはなかった。……）
彼はかすかにため息をついたようだ。
ルックが折り畳んだ紙片を差し出した。
「……これは？」
……地図、のようだ。
「真実が見たいなら、持ってきなよ」
「……ありがとう」
しっかりと、受け取る。
「ルック……、もうじきだよな。……どちらにしても」
「……」
ルックは黙ったままうなずく。
「決着がつく前に……もう一度、答えを出しに来るよ。――必ず」
真っ直ぐルックを見据えて、そう告げた。
ルックは一瞬、困った風な視線をしたけれど。
――視線だけで、うなずいた。
Ｓｉｄｅ Ｂ 十五
〝もう一度答えを出しに来る〟
デュオンはそう告げた。
自分の目的とは意を異にすることで、―――迷ったけれど。
彼の出す答えが、彼自身の未来を変えられるのなら。
思考の片端に、少しだけそう思い、視線だけでうなずく。
デュオンは夜の中に身を翻（ひるがえ）した。
最後にふと、足を止め、こっちを振り返る。
「僕、君の方が〝兄さん〟じゃないかと思ってたんだ。――違ったね」
そう言って微笑む様子はいつもと同じで。
それが少しだけ――眩しい。
……だからこそ、許せなかった。
僕達が培（つちか）った未来の姿。世界の終末があんな姿だなんて。
自分がそれを導くなんて、したくないと思った。
――このことは絶対、口にしないけれど。
君達の存在が、動くきっかけだったなんて。 彼が、気付いていたとしても、決して。