仲間と呼ぶ存在（もの）
最終決戦に備えて、仲間達が集まった場に、レックナートが現れて、門の紋章の力でグレミオが復活した。
そしてレックナートは語る。
数百年の昔、門の一族はその力を狙われ、皆殺しに遭った。
その時、ウィンディとレックナートの二人だけが門の紋章の力を使い、逃げ延びたのだった。
ウィンディは〝表〟レックナートは〝裏〟の紋章を持っているらしい。
ウィンディはこの世界に復讐するためにレックナートの持つ紋章も手に入れようとし、そのためにレックナートは魔術師の島に引きこもり、時を待ったのだと。
――なるほどこの人が解放軍に肩入れした理由は解った。
だけど……。
僕はウィンディに狙われた右手のソウルイーターに眼を落とした。
〝呪われし紋章〟か……だけど僕にとっては……。
親友であるテッドから託された、守るべきものだ。
結局、ウィンディを止めるための戦いだったって言うことか……。
何とはなしにため息をついて。僕は一人、広間を離れ、窓の外にある湖を眺めていた。
仲間と呼ぶ存在（もの）
グレミオが復活した直後、彼にデュオンの事情を訊かれたフリックとビクトールは、テオ将軍とテッドの死ををグレミオに伝えた後、複雑そうに顔を見合わせた。
二人とも、グレミオが復活した時のデュオンの反応に違和感を感じていたのだ。
「お前が気づいてたかどうかは知らないがあいつ、グレミオが生き返っても嬉しいんだか嬉しくないんだかよく解らない表情をしてたよ。かえって混乱させなきゃいいんだが」
フリックがつぶやく。
「ここで考えてもしょうのないことだがな……心配か？」
ビクトールの言葉にフリックは少し考えながら答えた。
「……かもな」
「へぇ、変わったもんだ」
「茶化すなよ」
まるで時が止まったかのようなデュオンの様子。
その後の仕草はまるで泣くことの出来ない若者の姿。
そして、感傷を一瞬で消して、リーダーとして皆を振り返ったのだ。
それも全てリーダーとしての責務――？
自分はあの時大人気なくデュオンに当たり散らしてしまったと言うのに。
「あいつは嬉しいことを嬉しいと感じることさえ出来ないってのか？」
苛立ちが口をついて出る。
「そうと決まった訳でもないだろ。気になるならちょっくら見に行くか」
ビクトールの提案で、二人はデュオンを探した。
城の片隅で湖を眺めていたデュオンの所に、ビクトールとフリックがやって来た。
「デュオン、お前……グレミオが帰って来て嬉しくないのか？」
フリックがそう訊くと、デュオンはどこか虚ろな瞳で振り返った。
「……どうして？」
「いや……その……」
言い淀むフリックに、ビクトールが言葉を継いだ。
「何だかあんまり喜んでる風に見えねぇからな」
「……百八星って、何なんだろうな」
「「え？」」
沈黙の後、不意に紡がれた言葉に二人は異口同音に反応する。
「どうしてグレミオだったんだろう。失くした物は他にも多くあったし、失ったのは僕だけじゃない。それなのに……百八星だからなんて理由で納得出来る？」
その眼は主にフリックに向けられていた。
「……デュオン……」
デュオンは遠い場所に視線を投げ、言葉を紡ぐ。
「命は、購えない物と思っていた。だからこそ、前だけ見ていようと決めていた。それなのに、今、立ち止まる訳には、いかない」
背中を押したのは、他ならぬ犠牲者（そのひと）達の言葉。
それなのに。
「それに……僕はみんなに顔向け出来ないよ……」
大事な存在を失くした仲間達の面影が頭を過ぎる。
「デュオン……それでも、泣きたい時は泣けばいいし、嬉しい時は素直に喜んでいいと思うぞ？ 俺は……グレミオを否定する気はない……」
」
フリックの、痛みを感じる言葉。
だけど。
「それでも……辛いだろう？ ごめんね……フリック、ビクトール……僕だって、どうして他の誰かじゃなかったんだろうって思うよ……」
デュオンは二人に視線を送り、拳を握って僅かに震える声でそう言った。
ビクトールが訊く。
「なぁデュオン――お前、他に一番生き返って欲しい人間でもいたのか？」
「！ ビクトール！」
フリックが止めるように名を呼んだが、デュオンは床を見つめて頭を振った。
「わからない……わからないよ。誰が一番かなんて……。どうして宿星じゃなかったのかなんて……」
「そりゃその相手にその気がなかったからじゃない？」
急な言葉に振り返ると、そこにはルックが立っていた。
「ルック！ いつの間に……」
フリックが驚いたように言う。
一方ルックは意に介する様子もなく、言葉を続けた。
「星は双方の意志があって集うものだからね……。多分、一番戻りたいと思っていたのがあいつなんだよ」
ルックはそう言うと背を向けて立ち去った。
「何だぁ？ あいつ……」
ビクトールが不思議そうに言う。
だけどデュオンは頭の中が真っ白になった。
オデッサが、父上が、そしてテッドが……集うことを望まなかった……！？
戻ることを、望んでいなかった……。
記憶を辿れば、それはどこか、納得のいく理由。
だけど、認めたくない、認められない理由だった。
「おい、大丈夫かデュオン。顔が青いぞ」
ビクトールが声をかける。
「あ……うん」
その時、フリックが宙を見上げながらつぶやいた。
「オデッサが……望まなかった……？」
「！ フリック……」
フリックの言葉に、デュオンはギクリとした。
「そんな……馬鹿な！！」
「フリック！」
叫んで走り去ろうとしたフリックを、一瞬はやくデュオンが後ろから抱きつくようにして止めた。
「ごめん……ごめんなさい！ 僕が……僕もついていたのに……こんなことになって……！」
「！ ……」
フリックはデュオンの言葉を聞いて、その場に立ちつくした。
そしてしばらく沈黙した後。
「例え彼女が望まなくても……それでも俺は……戻って来て欲しかった……!
」
絞り出すような声で、そう言った。
「……うん……」
うつむいたデュオンの頭が背に当たり、フリックはやっと取り乱した自分に気づいた様子で。
「……あ、その……済まない。グレミオを否定する気はやっぱりないんだが……」
しどろもどろになりながら謝った。デュオンは黙ってかぶりを振る。
「……当然だよ。僕だって全然違う誰かだったら何を思ったかわからない」
デュオンの言葉はどこか空虚に響く。
「辛くて、苦しくて――嫉妬してたかも知れない」
だがそう言うデュオンの言葉は固く、落ち着いていた。
「また……みっともない所見せちまったな。――お前を心配して来たつもりがこのザマだ」
フリックは決まり悪そうにつぶやいた。
「いいよ、それがフリックだから」
デュオンは少し微笑むと、フリックを離してそう言った。
「何だか褒められてる気がしないんだが……」
それでもフリックは少しは落ち着いた様子だった。
「デュオン……悪いが俺は一度死んだ人間が生き返ればいいと思ったことはない……」
ビクトールが珍しくためらいを見せながら言う。
「あんな風にゾンビになって食い合う姿を見せられる位ならな……」
デュオンはうなずいた。
「うん……そうだよね……本来これはあってはならないことだ……」
「おいビクトール。その言い方はないだろう」
フリックが止めに入った。
デュオンはそれを見て、胸中でひとりごちる。
ねぇ……オデッサさん、あなたの言っていたフリックの優しさってこういうことなのかな？ ごめんなさい、僕には未だよく解らないんだ……。だからもう少しだけ……保留にさせてもらってもいいかな？ あなたの〝伝言〟を……。僕の気持ちの整理がつくまで……。
「……と、そうだな。別にグレミオをどうこう言うつもりはなかったんだが」
ビクトールが頭に手をやってそう弁解した。
「いいよ、別に。解ってるから」
デュオンはそう言って苦笑した後。
「でも……駄目なんだ、僕は……」
デュオンの続く言葉にフリックは息を呑んだ。
「全て取り戻したいと思ってしまうから……」
その瞳は、密かに泣き濡れて見えて。
薄く輝く微笑みに何も言えず。
二人は徒、その後ろ姿を見送った。
その後、二人が心配してデュオンの自室前まで様子を見に行ったのは、ここだけの秘密だ。