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　　　それぞれの日常〜翔編〜


　音楽室の事件から一週間が過ぎた。

　相変わらず俺は訳解んないままだ。
　そして朝のＨＲで、音楽の新島先生がヨーロッパのウィーンに留学したと榊原先生が言った。

　何もかも、嘘ばっかりだ。何が本当なんだろう。
　何かが確実に俺の周りで起こっているのに、其れが何か解らないもどかしさ。
　何か知ってる筈なのに教えてくれない逢坂先輩の事も……。
　一体誰が黒幕なのか、考えれば考える程、みんな怪しく思えて来る。
　そう、例えば、今横に在る杏里だって……。

「……ホントだったらいいのに」
　ふいに杏里がぽつりと呟いた。
「え？　ホント？」
「この間の事が、全部夢で、新島先生は今頃元気で飛行機の中だって、そう信じられたら……」
「杏里……」

　――俺は激しく自分の思考を反省した。
　杏里まで疑うなんて、俺、何やってるんだよ。杏里は何時だって一生懸命で、俺の味方だったじゃないか。直人の事だって……。

　――先輩、俺、そろそろ待つの限界かも……。

「榊原先生はきっと何も知らないよ。でなきゃあんな晴れやかな顔で言うことなんか出来ない。――逢坂先輩も近いうちにきっと本当の事教えてくれるよ」
「――うん」

　杏里の言葉には何の確証も無い。
　だけど、俺は何時だって杏里の言葉に救われてる気がする。
　俺は少しだけ元気になった。

　昼休みに俺は、廊下で御園生櫂を見掛けた。

　――何かあいつ、顔色悪くないか？　最近、見てなかったけど……


「おや、羽村くん？」
「あ、水落先生」
「どうしました？　廊下の真ん中で立ち止まって……」
「いえ……あの、御園生櫂って、先生のクラスですよね」
「そうですが……？」
「何か、顔色悪かった気がして……」

　すると、水落先生は表情を曇らせて、頷いた。
「ええ。十日程前に体調を崩して、休んでいたんです。本人は大丈夫だと言っていますが、未だ本調子ではないのでしょう」
「え……そうだったんですか」

　十日前……俺が直人と戦って、沈んでた時だ。

「病気、ですか？」
「……羽村くんは優しいですね」
「え？　そんな事ないですよ。先生だって優しいでしょう」
「私が？」
「うん」
「……私は、臆病なだけですよ」
「え？」
「人と争うのが怖いから、逃げているだけです」

「そんな風には見えないし、絶対違うと思う」

「何故？」
「解るよ、その小鳥だって、先生が優しいから懐いてるんだ。絶対臆病なんかじゃない」
「羽村くん……」

　その時校内放送のアナウンスが入った。職員会議があるんだ。
「すみません、羽村くん。私はこれで」
「はい、引き留めてすいませんでした」


　俺は音楽室に行ってみた。

「翔君」
　フルートの練習をしていた杏里が、手を止めた。
「あ、続けてていいぜ」
　杏里は沈んだ表情で、
「新島先生は、僕のフルート、綺麗な音だって褒めてくれてたんだ」
「……」
　俺は何も言えなくなった。
「僕、フルート頑張るよ」
「杏里……。そうだな、頑張れよ」
「うん」

　俺も……。
　俺は音楽室を出て、剣道場に向かった。
　色々あったけど、やっぱり落ち着く。
　ん？　高窓から差し込む陽光に……人影？
　俺はバッと上を見上げた。
　そこには――。

「直人！？　　お前、今どうしてるんだ！？」

「……」
「直人！」
「……戻れないんだ……」
「え」

「元の身体に戻りたいのに……戻れないんだよ！！」

「直人……」
　俺が踏み出すと、

「来るな！！」

　激しい口調で止められた。
「俺は……お前を……！」
　一瞬辛そうな顔をして、直人は外に飛び出して行った。

「直人！」
　今の俺は、この状況に対して、酷く無力だ。
「くそ……。今の俺に出来る事は……剣道しかない……」
　俺は杏里がしていたように、稽古して行く事にした。

　午後は榊原先生の数学――俺にはさっぱり意味不明だ。言葉の意味からわっかんねーぞ。
　杏里は真面目にノートを取ってるみたいだけど――今度聞いてみるかな。
　それにしても――直人を操った奴の正体は一体何なんだろう。
　それに、俺自身の正体も……。
　俺の背中には白い翼が生えた。逢坂先輩が言う様に、普通の人間じゃないんだろう。
　俺の両親は事故でいっぺんに死んだって、孤児院の園長先生に聞いたけど、本当だったんだろうか。
　唯一の手掛かりは、母親の形見だって言われたこのペンダントだけ。
　……そう言えば、地下空洞で、翼が生えた時、このペンダントが光ったよな。
　このペンダント、何なんだろう。

　――あれ？

　俺はペンダントを手に取って、しげしげ眺めた。
　地下空洞で光ってから、真っ黒になっていた石に、少し、赤い光が戻っている。

「翔君、翔君」
　杏里が小声で呼び掛けた。

「え？」
「――変わったデザインのペンダントですね」
　目の前に、榊原先生が立っていた。

「あ、はは……」
　もう笑うっきゃない。
「プレゼントか何かですか？」
「いえ、母さんの形見なんです」
「ほう……では無くさない様に身に付けておきなさい。それと、授業中はしまっておく様に」
「はい」

　俺はペンダントを制服の中にしまった。

「しかしそのデザイン、見たことがあるな……」
「え？」
「そっくりな物を見たことがある。石の色は違うが……確か青い石だったな」
　これと同じデザインで、青い石？
　それは弟の櫂が持ってるペンダントだ！

「それ、何処で見たんですか！？」

「山頂の教会です。寮からは一本道ですが、最近は礼拝に行く生徒も少なくなっているようですね」
「そうですか」
　榊原先生は授業に戻って行った。

　俺の頭は、今度はそのペンダントの事で一杯になっていた。
　櫂のペンダントが教会に？　どういう事なんだ？
　俺の頭に、隣のクラスの櫂の事が浮かんだ。
　あいつ、顔色が悪かった。
　もし、あいつが弟の櫂だったとしたら……。
　だけど、今のあいつじゃ、俺の忠告なんか聞きっこない。
　何故ペンダントが弟の手から離れてしまったかは解らない。
　だけど、俺のペンダントは、危ない時、俺を助けてくれた。
　だったら櫂のペンダントも、いざって時、櫂を守ってくれるかも知れない。

　だとしたら……取り戻さないと。
　あのペンダントを……櫂のところに。

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