Ｐ１９
ふがいなさと苛立ち。
今まで眼を反らせて来た事態と直面した怖れと不安。
それらが入り交じって頭が混乱した。
「先輩！」
振り返ると、羽村と千倉が寮の入り口から戻って来た。
オレは密かにそっと息をついて。
「お、無事に戻ったか。――悪かったな、勝手に戻ってきちまって」
「先輩、教えて下さい。俺、どうしても直人の事が……」
「お前、しつけーよ」
その話題に触れる気は無い。
「先輩、僕からもお願いします。翔君に教えてあげて」
「千倉……」
千倉は必死そうに言い募る。
「僕、青木君の事はよく知らなかったけど、すごく可哀相だった。お父さんの会社の事で脅されて……。
僕、あんな酷い事する人の事、やっぱり許せないよ」
「――杏里」
……こいつ、結構正義漢なのか？
「お願いします、逢坂先輩。何か知ってる事があれば、教えて下さい！」
すがるような二人の眼差し。痛い程迫って来る。
「解んねーんだよ！！」
思わず怒鳴っていた。
「先輩……？」
羽村が驚いた様に息を呑む。だが――
「俺も、今、どーしていいか解んねーんだよ！！」
俺の声は、知らず悲愴な色を含んでいた。
行き場の無い苛立ちが口をつく。
「いきなり黒い翼のヤツらが現れて……おっさんは色々言うし……水落まで……。
頭ン中がごちゃごちゃして、もう、何をどうしていいか、わかんねーんだ！」
「先輩……？」
気遣う様に、声を掛けられた。
――息をついて、無理矢理感情を落ち着かせる。
「いきなり怒鳴ったりして、悪かったよ。――今は、未だ、解らないんだ。どうしたらいいのか。俺自身、どうしたいのか……」
それが今のオレの、正直な気持ちだ。
「先輩……」
戸惑う様に、羽村が俺を見返す。それに畳み掛ける様に言葉を継いだ。
「……もう少し、時間をくれるか？ 考えたいんだ。これからの事……。結論を出したら、必ずお前達に話すから……」
「わかりました。待ちます」
思いの外はっきりと羽村が言った。
「いいのか？」
自分が言い出した事とはいえ、思わず念を押す。
「俺、詳しい事は分かんないけど、先輩が悩んで苦しんでるってことだけはわかりますから、
先輩が心を決めるまで待ちます」
はっきりと、羽村はそう言った。
「……ありがとう」
「でも……あんまり待たせないでくれよ、俺、気が短いから」
羽村はそう言うと、苦笑っぽく笑った。
「ああ。多分……俺の方も、あんまり時間は無いみたいだ」
黒い翼の奴等が此処に現れた以上……。
「そうなんですか？」
「ああ、多分……。――もう遅いぜ、部屋に戻りな」
俺は気分を切り替えて、羽村達を促した。――少し、一人で考えたい。
「はい」
俺は羽村達と別れて、中庭に出た。
「……ん？」
こんな時間に誰もいないと思っていたが、其処には先客がいた。短い髪で服装も変哲ないが……。
見慣れない学生だな。まさか……？
「お前、見掛けない顔だな」
「……！」
「俺はもう何年もこの寮にいるがお前は見たことが無い。此処の生徒か？」
「……」
「だんまりか。ま、いいや。一応自己紹介しとくか。俺は逢坂来栖。お前は？」
「……凪」
「凪か。お前さ、何かこの学園に用でもあんのか？」
「……」
凪は、少し困った風に眉を寄せたかと思うと――ダッシュで逃げた。
「あ、おい――ってもういねーか」
何なんだ？ 敵か、それとも……
ま、敵意はなさそうだったけどな。
凪、か……。
俺は余計に思考がこんがらがって来たんで、部屋に戻る事にした。
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