(P４)
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いつからだろう
すべてこわしたいと
おもってしまったのは――。
ＬＯＳＴ ＣＡＳＥ ２．５ ～痛みの記憶～
「……連れて行って下さい」
暗い闇とともに、ふいに上空に現れたデュオンに向かって、リアンは考えよりも先に口が動いていた。
「お願いです……！」
デュオンは黙ってリアンを見ている。
「駄目なんです、このままじゃ僕が全て壊してしまう……！」
感情と同時に震え出す紋章を左手で押さえ込む。魔力を封じるために。
すると、デュオンの手がその上に重ねられた。
「君が、呼んでいる気がした。……いいのか」
リアンは迷わずうなずく。
「紋章のせいじゃない……〝僕〟が壊したいんだ……！」
このままでは本当に壊してしまう。
デュオンは微かに痛む様な眼をした。
「ならば、一緒に行こう」
瞬間、心地良い闇に広がり、二人の姿はその城から消えた。
デュオンは自分の腕に寄りかかったまま眠り込んでしまったリアンを抱えながら、夜空を見上げた。
ずっと眠れていなかったらしい、リアンの髪をそっと梳いて、その顔を眺める。
（――君はここにいるべきではない。未だ……戻れる筈だ。あの時、人と共に歩むことを選べたのだから）
リアンが目を開くと、デュオンは静かに告げた。
「リアン……僕も一緒に行こう。――戻ろう、あの場所へ」
リアンは驚きと共に、デュオンを見上げた。
戻ろうと言われたことよりも、この人の方から〝一緒に来る〟なんて、デュオンさんの方から人に近付くような言葉、今まで聞いたことがなかった。
「え……一緒に？ デュオンさん――何かあったんですか？」
思わず尋ねてみる。
「ルックが……伝えてくれた。トランが……滅びた」
「……！！」
トラン。この人の故郷。この人が創った国。
戦乱の情報はあったものの、僕自身、この数ヶ月間周囲（まわり）のことが頭に入らない状況だった……。
「知っていても、止めはしなかっただろう。だが……」
戦った証さえも、歴史の闇に消えて行く。
その淡々とした口調に、透明な痛さが、見えた気がした。
「デュオンさん……」
僕の手はそっと、だけど力を込めて、デュオンさんの服の裾を握りしめる。
心の片隅にかつての故郷の姿が浮かぶ。そして、目の前にいる……。
「一緒に、いてくれるんですか？」
「ああ……君と行こう」
その言葉にリアンはデュオンに抱きついた。
「僕もあなたと一緒にいます。一緒にいますから……！」
少しでも、この哀しみが埋められたら、いいのに。
ＬＯＳＴ ＣＡＳＥ ～過去からの同志～
「あーあ……」
戻っては来たものの、おろそかにしていた書類の数々を思うと、正直言って気が重い。
デュオンさんは長椅子の方に腰を降ろした。
「ルック……いるんだろ」
え？ とデュオンさんの見ている方を見ると、ベランダに ルックの姿があった。
そして部屋に入るなり 、僕に封書を押し付けた。
「あ……あ！」
封書に押された印を見て、僕は急使だ！ と青ざめた。
「督促だよ。あんまり返事がないんで直接届けろってさ」
「ごめん！！ すぐやる！」
僕は慌てて書類をひっつかみ、バタバタと動き出す。
えーっと、紙とペンと……あと、王印どこだっけ！？
僕が机をひっくり返す勢いで探していると。
「リアン」
デュオンさんの穏やかな声がして、僕は手を止めて振り向く。
「もし 君や、僕等が世界の敵になったとしても、その時は、彼が別の天魁星と共に来る筈だ。
僕達に対抗出来る手段は、いつも残されているんだよ」
淡々とした言葉は、だけど彼なりの優しさの現れだ。
現に、僕はその言葉に、ふいに安心を感じていたのだから。
「――はい」
微笑んだ僕とは対照的に、勝手に話しに引っ張り出されたルックは溜息をついた。
「ったく人を引き合いにして縁起でもないこと言わないでよ。忙殺する気？ 今でも十分忙しいんだ」
デュオンさんはそれを聞いて少し影のある微笑みを浮かべた。
「……そうだな、そんな時は来ない方がいい……」
リアンは会話する二人から視線を外して、引き出しの奥にあった王印を引っ張り出すと、書類に取りかかる。
「何かあった？」
ルックがリアンに聞こえないよう、デュオンに小声で問う。
「…………」
デュオンは少し困った風に眉を寄せた。
「あんなこと言うなんてね」
ルックの瞳は、真っ直ぐにデュオンを捕らえる。デュオンはそれを受け止めると、僅かに重い口調で答えた。
「……ああ、リアンに……連れて行ってくれと言われた」
「……それで？」
「僕も共に行く。だから 戻ろう……と。彼は未だ、捨てるべきではない」
ルックはそれを聞くと、ふう、と呆れたため息をついて、横目でデュオンを見遣った。
「随分、入れ込んでるんだね」
「……壊れるのを見るには、忍びない」
「酷かったのか」
ルックの声に僅かに真剣みが混ざり、デュオンは少し困った様子で腕を組みながら、あいまいに答えた。
「……割とな」
「……」
「――ルック 。僕等は互いに独りだ。だからこそ、一緒に行ける。せめて互いの痛み（きおく）を忘れぬために。
いつか、僕がこの場所を離れる時が来ても、いざとなったら 力になるさ」
ルックは斜に構えた視線をデュオンに送ったけれど、珍しく真面目な声で告げた。
「君は――相変わらずだね……デュオン、僕も出来ることがあれば手を貸してあげるよ。
……あの時果たせなかった分をね」
どうやら解放戦争でのことを言っているらしい。
「案外律儀なんだな、――あのことに関しては君の責ではない……」
「僕だって好きで死ぬ訳じゃない……その位は解っている」
するとデュオンは、微かに微笑った。
安心……の表情にも思える。
「そうか……だったらありがたく受け取っておくよ。君なら……その前に真意を問うことが出来るかもな」
「どういう意味」
「君なら僕等に手が届くということ。それが――過去を知る者の意味だ」
「君に関しては知らないことが多いと思うよ」
何せ途中で死んでいたのだから。だがデュオンは真剣な表情で告げる。
「――それでもだ」
君は過去の姿を知っているから。
「そう」
ルックはそれ以上の追求はしなかった。
そしてリアンがバタバタと足音を立てながら、二人の所へ戻って来る。
「はい、おまたせ！ これ、よろしくねっ」
と ルックに書状を渡した。
「確かに。じゃ、僕は戻るよ」
「また来てね、歓迎するから」
「……気が向いたらね。それ程暇じゃないんだよ」
すげなく断ろうかと思ったが、デュオンに〝手を貸す〟 などと言った手前、リアンとも顔を合わせるハメになるだろう。そう思って譲歩する。
「うん、待ってるから」
デュオンがルックのローブの袖を引いてささやく。
『……懐かれてるな』
『――止めてくれる』
「まぁ どちらにしろ……会えて、良かったよな……俺達」
デュオンが二人に言う。
「そうですね……きっと」
リアンはうなずく。
でなければ、崩れていた。
きっと、何もかも。
「僕には解らないよ」
一概に 〝良かった〟 などとは言えない。
「ルックはルックでいいさ」
デュオンが静かに言う。
「そう――じゃあね」
「うん」
そしてルックの姿は空間に消えた。
「さて、我ながら頭が痛いなぁ」
しかしながら、ここにあるのはほとんど僕自身がやらなければならない書類（もの）だ。
要するに代筆がきかない物ばかり。
デュオンさんはそんな僕を見て軽く微笑って、
「お茶でも入れよう」
と言って席を立った。
デュオンさんがいるだけで、暴走に対する脅えとか、不安が、消えて行く。
久々に穏かな時間が流れる……そんな、予感があった。