(P３)
設定破り目次へ 小説目次へ 前のページへ トップページへ戻る
ＬＯＳＴ ＣＡＳＥ ２ ～背を押す言葉～
空を見上げる。一人で。風に吹かれて。
どれくらい、そうしていただろう。
佇む僕の横に、ごく自然に並んだ緑の魔法使い。
ルックは傍らに立つなり、視線を遠くへ向けたままで、言葉を告げる。
「いいの？ このままで 」
「え？」
思わず微かに頭を動かして、ルックの方を見る。
「このまま 流されていいの？」
ルックは言葉を繰り返す。
「……他に……何があるって……」
微かに胸の底がざわめく。
ルックはチラリと見透かすように鋭い視線を送る。
「本当に何もないなら、ここにいることもないだろ」
リアンの瞳。
見ているのはルルノイエとキャロとを隔てる峠。
バレバレだ、何を考えているかなんて。
ルックは静かに息を吸った。
「見てる場所があるなら、行きなよ。後悔、しないうちに」
それは、彼の背を押す言葉。
リーダーとしてではなく、一人の人間としての。
リアンは目を見開く。
「ルック……」
気付いていたんだ。ルックは。
僕がどこを、何を見ていたのか。
ルックはリアンの迷いを見透かすように言葉を続ける。
「もう一度、訊くよ。このままで 本当にいいの？ 望みがあるなら、動いたほうがいい」
「何で……」
そんなことを言ってくれるのか。
ふいに彼は 風に向かい遠くを見やった。
「まぁ、もう望みが何もないって言うなら 何も言わないけどね……」
その言葉に、思わず首を横に振る。
「…………」
リアンの瞳が変わる。
ぼんやりした表情が消えて、何かを決意した表情に。
辛そうで、けれど、先程まではなかった光が瞳に宿る。
たった一つ、残されている、約束。
それが 例え どんな意味を持ったとしても。
「…………」
リアンはふいに表情を引き締める。
そのまま駆け出して行くリアンの姿を見送り、ルックは我ながら、らしくない行動に息をつく。
その、次の瞬間。
ドンッとぶつかるような音がした。
「あっ……僕、行って来ます……！」
リアンの声にルックが振り向くと、
リアンと入れ替わりに入って来たデュオンが、リアンに向かって静かにうなずくのが見えた。
リアンはそのまま走り去っていく。
ルックは残されたデュオンに目を向ける。
「……何の用？」
彼は、微かにゆるく首を振った。
「多分、君と同じだ。――正直、どう切り出そうかと思っていた――助かったよ」
デュオンの声音には、微かな安堵が聞いて取れる。
「盗み聞き？」
「聞こえただけだ」
「あんたのためじゃないよ」
ルックがふいと顔をそむけてそう言うと、デュオンは心得ているようにうなずいた後、微かに首を傾げた。
「ああ。だが、らしくない気がした」
「あんたに、関係ない」
本当は、少しだけ嘘だ。
デュオンは相変わらず静かな眼差しで、ルックに問う。
「――待つのか？」
「あんたは？」
部外者の筈なのにと、ルックは逆に問い返す。
「そうだな、結果がわかるまで、待つよ」
その答えを聞いて、ルックは風を仰ぐ。
「結果だけなら、ここからでもわかるよ、大体なら」
〝始まりの紋章〟の……〝刃〟 と〝盾〟の気配を感じる。
「最も、彼が望む結果になるとは限らないけどね……」
むしろその可能性は低いのだ。
「……ああ」
デュオンの瞳が陰を含む。
だからこそ、迷っていた。その言葉を告げることを。
だが、納得出来ない思いを抱え続けるのは辛いから。
だからこそ、告げたいと思った。
渋い表情をした彼を横目に、ルックは投げやりに言葉を放った。
「何もしないよりはマシだって、思いたいよ」
それは、自らに告げる言葉。
再会して、〝デュオン〟 の変化を間の当たりにして、何も出来なかった時を自覚する。ここにいるデュオンは、もう昔のように無邪気な笑顔を見せることはなくなっていた。
〝自分〟のいなかった時間。その間に、デュオンはなくしすぎたのだ。恐らくは、自分も含めて。
そう、だから何もしないよりはマシだと思いたい。
例え、望む結果が得られなくても。
デュオンはルックに言葉を返すことも無く、唯、瞳を落とす。
その様子にルックは横目でひとりごちる。
（僕に言わせりゃ君の方がらしくないんだよ）
そのあまりの暗さに耐えられず、思わずらしくない行動に出たのだとは、口が裂けても言わないけれど。
「全く、しっかりしなよね」
「？」
「君がそんなんじゃ、アイツが戻った時、どうするのさ」
「……ああ」
そう言うとデュオンは、少し強い瞳で微笑った。
ＬＯＳＴ ＣＡＳＥ ２ ～絆（きずな）～
デュオンは城の手前、街の外でその人影に出会う。
「……戻るのか」
「……ええ。僕の還る場所、守るべきものは、もうあそこにしかないから」
その言葉に、リアンの願いは叶わなかったのだと、改めて思い知る。
「…………」
デュオンは自分のことでもないのに、胸が詰まるような気がして、静かな沈黙を返す。
リアンは少しためらいながら、言葉をつづった。
「僕はあなたに謝るべきなんでしょうね」
「――何を、謝る？」
「あなたは、戦うのは嫌いでしょう？ それでも僕に……力を貸してくれていた……」
「――僕が、選んだことだ」
デュオンの瞳は強く、地平を見ている。
「謝る位なら……」
最初から、頼まなければ良かったのだ。
「……そうですね。でも……あなたも――行ってしまうんですね」
リアンは多少、自重気味に。
「……残る気は、ないのでしょう？ トランに……戻るつもりも」
《彼》はこれからも……一人で歩いて行く。
「……ああ」
デュオンの瞳が、 微かに辛そうに歪む。
〝トラン〟 の一言のために。
……同じ孤独を知っている。
いや、《彼》は僕よりも……。
「……覚えていて、くれますか？ 僕と、ナナミと、ジョウイのこと……」
《彼》になら、話せる気がした。
「本当は……僕がジョウイを倒した、と言うのとは……少し……違うんです。
始まりの紋章は……片方だけで使うことは 命を削ることになる……。
僕も、ジョウイも、紋章の力を……使い過ぎました。
だから……ジョウイは…………、紋章を一つにすることで……僕に命を……譲ったんです。
……僕は……失くしたくなかったのに……！」
行き場のない想いが、言葉に籠もった。
「…………」
デュオンは黙って視線を注いだまま、リアンは言葉をつなぐ。
「……覚えていてくれますか？ 本当のことを。僕も、ジョウイも、そしてナナミも、本当に望んでいたことは、一つでした。
やり方が……違っただけで」
デュオンはリアンの瞳を、見つめ返して、
「……君が、忘れずにいるのなら」
そう、告げた。
「……残酷ですね、……忘れてしまいたいのに。……でも僕は、二人が忘れ去られてしまうのが、怖いんです」
リアンの言葉に、デュオンは視線を上げて、正面から答えた。
「君の傍で戦った人々は……覚えているさ。真実を……知ってしまっているから。
例え世間が……彼等や真実を忘れ去ってしまったとしても」
その言葉に、少しリアンの気持ちが軽くなる。
「僕は……彼等の望んだ世界を……守り続けます。それが……僕に、出来る事だから」
その言葉にデュオンは、微かに眼を細める。
――想う場所は酷く眩しくて―― それでも『彼』は人と共に歩むのだろう。――これからも。
そしてデュオンは滲むように微笑んで、リアンに『右手』を差し出した。
リアンはその意味に気付くと、少し照れたように微笑って、自分も右手を伸ばした。
……辛くない訳ではない。
全て、納得した訳でも。
……それでも。
触れ合った右手は、全てを許していた。
互いの身に起こった、全ての事象を……。
ＬＯＳＴ ＣＡＳＥ ～眼差し～
城に戻ってきたリアンは、屋上でルックを見つけた。
「待ってて、くれたんだ」
「――役目だからね」
ルックはそっけない口調で言う。
リアンはルックに視線を向けて、率直に聞いた。
「――ねぇ、どうしてあんな風に言ってくれたの？ あれって……〝役目〟 じゃないんでしょ？」
どうして、僕の背を押してくれたのか。
「……恨みたいなら、勝手にしなよ」
「そんな風には思ってないって。ただ、理由が聞きたくて……」
そう言うと、ルックは視線を遠くへ投げた。その眼はなぜか、先程別れた《彼》を思い出させた。
「別に……大した理由じゃないよ」
ルックは答える気はないらしく、そのままリアンの横をすり抜けたが、
ふっと、その場で足を止めた。
「――天間星は、他の宿星を見届けるのが役目なんだ。前回は……果たせなかったけどね」
「それ、……デュオンさんのこと？」
思い浮かぶ人の名をを口にしてみる。
「…………」
「――ルックでも、そういうことあるんだね」
少し不思議な気がした。
ルックはいつものようには言い返さずに、
「――絶対なんて、ないんだよ」
と言った。
「……でも それって逆を言えば、どんな時でも希望はあるってことだよね……」
だから、背を押してくれたのだろうか？
「デュオンさんには……きっと、又逢えるよ。その時……最後まで付き合ってあげなよ」
「そんな機会、あればね。ないのが普通なんだよ」
――第一あいつが再び動く時なんてあるのだろうか。
リアンは少しトーンを落として、
「……でも……きっと逢えるよ」
とつぶやく。
そう、だって生きているのだから。
「――僕 そろそろ行かなきゃ。またね、ルック」
「――又会う時なんて、来ない方がいいよ」
その時はきっと、戦乱の時だ。
だがリアンはルックを見て、微笑った。
「そんなこと、ないよ」
恐らくは集う意味を知った上で言った言葉。
ルックは微かに呆れた風だったが、それでも表情を緩めた。
「――天魁星に、風の祝福を」
「――うん。――ルックも、ね」
リアンは手を振って、城の中へと走り去る。
その姿を見送って、ルックはその城を後にした。