(P２)
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LOST CASE ２ ～再び～
「あの子が、今回の天魁星？」
その言葉が出たのは、ルックとデュオンが、デュオンの自室で二人きりになった後だった。
あの後、デュオンはフリックとビクトールに鉄拳を下し、
芝居ではなく本気で攫われてたコウを助け、三年ぶりにグレッグミンスターへ帰って来た。
コウの治療待ちのため、今日はここ、マクドール邸に泊まることになる。
「そうだよ」
「…………」
するとデュオンはなぜか、少し浮かない表情で黙りこんだ。
「何」
「……いや、僕と違ってお人好しそうだったから……」
「君だってそうだろ」
ルックがそう突っ込むと、デュオンはティーカップを口に運びながら、微かに苦い微笑みを見せた。
「そうかな、……本当は、見捨てきれないのは、僕の悪いクセなんだ。
本当はもう、戦いも、期待も、どうでもいい。人の世話するなんて、本当は……苦手なんだ」
「…………」
デュオンの言葉にルックはただ沈黙を返す。
デュオンはそんなルックの反応に構わず、苦笑気味に独白のような言葉を続けた。
「変だよね、それなのに、何だか羨ましい気がする。必要とされることが、即、いいことだとは、僕は思わない。
必要とされた自分が、本来の自分でないなら、人は不幸になる。……場合によって。
だけど、何て言うか……自分だけ置いて行かれたと言うより……
百八星のみんなをかっ攫われた気がするって言うのか……」
「……本気？」
僅かに呆れた口調でルックが訊くと、デュオンは真面目な顔で答えた。
「ああ」
「…………」
ルックは密かにため息をつく。
デュオンはふいに話題を変えた。
「そう言えば、あの子の紋章……」
「気になる？」
真の紋章持ちとして、その力やリスクは気になるだろう。ルックは少し、人の悪い笑みを浮かべ、デュオンの瞳をのぞき込んだ。だがデュオンはそれを気にしていない様子で、ただうなずいた。
「うん、あれってもしかして、〝始まりの紋章〟の……」
「そう、片割れだよ」
「もう片方は？」
デュオンの質問に、ルックはよどみなく答える。
「敵の皇王が宿してる」
「何か嫌なパターンだな」
顎に手をやり、眉をしかめるデュオンに、ルックはあっさりと言った。
「そうかもね、天魁星の友人だし」
「…………」
友人と言う言葉に、デュオンは陰の残る表情を見せる。
テッドのことは、未だに割り切ることが出来ないでいるのだ。
ふいにルックがぼそっと言い捨てた。
「言っとくけど、僕は天魁星のものなんかじゃないよ」
「……」
デュオンは少し、意外そうな顔で沈黙。
言葉の内容ではなく、ルックがデュオンの質問を、少しは気にしたらしいことが、珍しいと思ったのだ。
「ねぇ ルック、平和な時代って来るのかな？」
「さぁね」
ルックのどうでもよさそうな返答に、デュオンも答えを期待していたわけではなかったので、そのまま言葉を続けた。
「でもさ、平和になったらそれで、人は幸せになれると思う？」
「さぁ……」
「解らないよね、そんなの」
そう言いつつ、デュオンが自分の右手に視線を落とす。
「後悔、してるわけ？」
ルックの問いかけに、デュオンはゆるくかぶりを振った。
「いや、どうかな、何度あの時をやり直せるとしても、僕は紋章を受け取るだろうし、繰り返してしまうだろう。
ただ……今なら本当に取り戻すことも出来るのに。今から本当にやり直せればいいのに」
それは切なる願いの言葉だった。
「…………」
「だからさ、どんな理由でも……」
デュオンがそこで言葉を止めた。
「……何」
ルックが促すと、デュオンは僅かに首を横に振る。
「いや……らしくないし、止めた」
「じゃあ、戻るよ？」
ルックは追求するのも面倒だと思い、話は終わりとばかりに踵を返す。
「ああ」
デュオンは引き止めることなく、その背を見送った。
次の日、コウをバナーまで送った後、デュオンは一人でグレッグミンスターへ戻った。
だが、それからほどなく、リアン一行は再びデュオンの家を訪ねた。
ちょうどデュオンが釣りに出ようとしている時で、リアン達もそれに同行することになった。
ちなみに今日のメンバーは、リアン、フッチ、ルック、巨大な鳥一羽。
「なぁルック……あれも宿星なのか？」
「ああ……」
デュオンとルックは、お互いどこか遠い響きでささやき合う。
「星って……何のために集まるんだったっけ？」
「歴史を動かすため……」
何となく 星の謎は深まってしまったようだったが、デュオンはかなり心ここにあらずで、出会った時より暗くなったフッチのことや、リアン達のことも、どこか遠く眺めている風だった。
夜、デュオンがバナーの宿を出てみると、先客がいた。
リアンだ。
何をするでもなく、月を見上げている。
デュオンは、自分の右手を見る。
その時、その時、決心して選んだ道。
けれど、時々 酷く会いたいと思う。
一人でも平気だと思っていた――。
何んな、気持ちだったろう。
こんな風に同じ時を歩める存在がいることさえ、知らないとすれば――。
その時、その時、選んだ道。
あれを、大義と言うのだろうか？
けれど、僕の守りたかった物は、少し違う場所にあったのだろう。
本当に守りたかった物は、僕が壊した。
それでも、諦め切れない。
人は愚かだと言うだろうか…………。
澄んだ眼で月を見上げるリアンに、自然と足が動いた。
ＬＯＳＴ ＣＡＳＥ ２ ～理由～
「何だか、懐かしいね」
城に来るなりデュオンはそう言った。
「不思議だな、もうこんな場所、来ないと思ってた。僕はもう、宿星じゃないし」
「別に 好きにすればいいんじゃないの？」
ルックは興味なさげに返した。
「そうかな……いいのか？」
「僕はね。……あいつも喜んでるし」
軍主であるリアンをあいつ呼ばわりとはルックらしい。
「まぁ、ヤバくなったら消えるから」
言わずとも、デュオンが何を言いたいのかは解っている。ソウルイーターの呪いが、リアンの仲間達の命を奪ってしまうことを危ぶんでいるのだろう。だけど……。
「それでいいのかい？ 君は」
「…………」
ルックの反応。デュオンは何となく、妙な気がした。
「……正直、言い切れる自信はないかもね」
せっかくここに来られたのだからと、薄く微笑むデュオンの答えに、ルックは珍しく僅かにためらう様子を見せた。
「そうか……」
「――どうしたんだ？」
デュオンが問いかける。
「何が」
「いや、何か、考えてるみたいだから」
「君は……運命って変えられると思う？」
ふいに深刻な疑問が返って、デュオンは少しだけ視線を落とす。
「……僕は……運命なんて言葉、聞きたくない。仕方がなかったとは、言いたくない」
デュオンは拳を握り締めてそう宣言した。
「……」
「ただねぇ、出来れば 今度は違う結果が見たいよね」
この戦いが、リアン達の幸せを壊してしまわなければいいけれど。
ため息の様に薄い微笑み。
「……君はそれでいいのかい？」
ルックは同じ言葉を繰り返す。
「紋章や……宿星に関わった人達が……不幸になるのを見て、絶望するよりはね。
僕にも……希望はあるって……そう思っていたいから……」
「…………」
「君は……そうは思わない？」
デュオンはそう、同意を求めた。
……でも結局は、自分が幸せになれなきゃ、意味がないんじゃないのか―――？
そんな疑問が、ルックの頭を掠めたけれど。
「まぁ、解らなくはないよ……」
ルックは僅かに違和感を覚えつつも、そうとだけ返した。