独りで臨む結末　６

（P６）

　　　独りで臨む結末　～デュオンの結果・ルック～

「……騙したな」

　デュオンに向けて、非難の視線を送る。

　デュオンは複雑そうな表情を見せた。
「――ごめん。けど、どうしても成功させたかった」

　まともに受け取ろうとした、自分が馬鹿だったと言う訳だ。
　リアンは目の前でピンピンしている。腹立たしい。

「――しかし、中身だけだったとはね」
　リアンの右手を覗き込む。

「あ、紋章の事？　〝全てを護る、決して破れぬ盾の力を貸してくれ〟って、デュオンさんに頼まれたんだよ」

「……」

「本当は僕も行きたかったんだけど、僕には別の役をやって欲しいって言われたから。
持てる限りの盾の力をデュオンさんに渡した。
――例え紋章を使えない状態の僕でも、デュオンさんなら呼んでくれるって、信じてたから」

「リアン……ああ、勿論だ」
　デュオンの表情が、初めて緩んだ。

　……恐らく、リアンを殺すことを全く考えなかった訳ではない筈だ。

　デュオンがリアンを協力者に選んだ理由が解る気がする。
　他の誰でもなく。

　リアンなら――例え僕がどれ程変わろうとも、躊躇（ためら）わずに救援の手を伸ばすのだろう。
　まさか、僕が彼等を馬鹿にする側に回るとは、思わなかった訳だが。

「――お陰でリアンは直前までぶっ倒れてましたよ。僕ももろともですが」
　現れたのは、マント姿の――刃の継承者だ。

「ごめん、ジョウイ」
「悪かった」

　二人がそれぞれ謝る。

「……」
　事情は、大体解った。

　僕は、遺跡の方に足を向ける。

「ルック？」

「――戻る。セラを置いては行けない」

　デュオンの手が、肩に掛かった。
「君は駄目だ。僕が行く」

「駄目だよ！！　二人とも酷い顔色だよ！？　僕が行く！！」

　凄い勢いで、リアンが割り込んで来る。

「リアン……」
「だが君は、セラの顔を知らないだろう」
　そう言うと。

「教えてください」

　……退く気はないようだが……

　僕が溜め息をつく前に、デュオンが口を開いた。
「――淡い金髪を肩の上で切り揃えた、ハルモニア衣装の魔法使いだ。
歳は、僕達の外見と同じ位。
――昔、ルックが使っていたロッドを持ってる」

「あ、それなら解るよ」
「セラの方も君を知らない訳だが……」

　僕はデュオンが外したバンダナに手を伸ばすと、問答無用で伝言を書き付けた。

「……仕方ない、これを。――多分未だ、持ち場の辺りに在る筈だ」
　バンダナを渡し、簡単に場所を告げると、デュオンが口を挟んだ。

「――それか、ルックが在た奥の広間に向かう可能性もある。在なければそっちを」
　リアンが深くうなずく。

「解った。必ず見付ける！　――ジョウイ、これ頼むね」
「解った」

　リアンは、ジョウイに水色の輪を一つ渡すと、瞬きの紋章を発動させて、姿を消した。

　――ジョウイの持つ輪に、視線を落とす。

「その輪（リング）、さっきも使っていたな」
「これは、マクドールさんの持ち物ですよ」

「ああ、それは……双宮の輪（そうきゅうのリング）と呼んでる」
　デュオンが説明を引き継いだ。

「瞬きの応用で……離れて行動する仲間と合流する為のアイテムだ。
二つ一組で、相手をこちら側に呼ぶか、自分が相手側に飛ぶかを選択出来る。
使い捨てだから、複数使う時には、混ざらないように注意が必要だが」

「……」
　デュオンはどさりと地面に腰を下ろした。

「……マクドールさん、手を貸して下さい」
　ジョウイが僅かに渋い顔で、デュオンの右手に自分の紋章を重ねた。

「――紋章の気配が強すぎます」

　刃の力が、滲み出す闇の気配を押さえ込む。
「――済まない、借りが増えたな」

　だがジョウイは、やや固い表情のまま、首を横に振った。
「いえ、これで貸し借りなしにしておきます」
「……ありがとう。――そんなつもりではなかったのだけどな」
「僕には、返せなくなった借りが多くありますから。返せる物は返したいんです」
「相変わらず、生真面目だな」

　二人のやり取りを傍目に、遺跡へと視線を移す。

　空の接点に、遺跡の姿が見える。

　……。

　その光景を見て、ふと思った。

「空が――」
「え？」

「空が、青い……な」

「！」

　その言葉に、デュオンが弾ける様に視線を向け――
　――滲むように、微笑った。

「君がそう言ってくれるなら、何度でもやるよ」
「僕は、もう御免だよ」

　再び、遺跡に視線を戻す。

「……そっか」
　デュオンも遺跡の方を見遣って。

「――心配か？　……リアンなら、向こうと鉢合わせても戦わずに済む。きっと大丈夫だ」
「……」

　彼等は、知らないのだろう。

　君達の存在は、僕に、希望と絶望を同時に連れて来る。

　彼等に、リーダーとしての期待などしていなかった。

　唯、その姿に、紋章さえ超える、人の〝光〟を見ただけ――

　だけど、僕は人ですらない――

　彼等の言葉が、頭をよぎる。

〝彼が何者だとしても、変わらない〟
〝例え紋章が使えない僕でも、呼んでくれるって信じてたから〟

　――僕には、そんな風には、思えない。
　今となっては、〝器〟としての意味すらもない。

　……空虚を感じる。
　何かを待つ時間は――長い。

　だが、それでも。

　――彼等は、いつも絶望より強い〝光〟を連れて来る――

「ルックっ！」

　水色のリングが弾けて、リアンの声が聞こえた。
　そして――

「……セラ」
　妹弟子の、姿があった。

「ルック様、ご無事ですか」
「ああ、君も。――こんなことに付き合わせて、済まなかった」
「いいえ、私が決めたことです」
「――僕も、君の魔力を利用しようとしただけかも知れないよ」
「……例えそうだとしても、私はあの場所よりも、ここを選んだのです」
「……」

「諦めなよ、自分にとっての〝世界の始まり〟を……切り捨てられる筈がない」
　デュオンが口を挟んだ。
「いきなり何だ、〝世界の始まり〟って――」

　聞いたことのない言葉ではない。
　だが、誰が、誰の――

「そういうことなんだろ？　セラにとって、ルックが。
そして……〝世界の始まり〟を止める事は、酷く……難しいんだ」

　デュオンの表情は暗く沈んでいる。
「デュオン……まさかお前、未だ気にしているのか」

　デュオンにとって、彼（か）の付き人が〝世界〟だと言う話を、最初に言ったのは……僕だった筈だ。

「そうだな。……見ているのは辛かったよ。君が、僕の〝世界の始まり〟でなくて、良かったと思う。
留（と）められない立場なら、僕は要らないと――どこかで思っていたんだ」

　暗い調子で呟くデュオンを、横目で睨んだ。

「〝世界の始まり〟なんて言うのは――大概が世話役だろ？
――僕も、君の世話なんか御免だ」

「珍しく、意見が合ったな」
　デュオンが微かに光を戻した瞳を向けた。

「そろそろ行こう？　大丈夫？」
　リアンが声を掛けた。

「そうだな」
　デュオンがうなずく。

「――どこにだ？」
　そう訊くと。

「うん、多分近くまで来てると思うから」
　この言い方……未だ誰か増えるのか？

「リアン、ジョウイ！　大丈夫？　ケガとかなかった？」

　がさりと茂みの影から飛び出し、二人に走り寄るその姿。

「もー、マクドールさんに関わると、ロクなことがないんだから」
　この言動、この態度。

「……ナナミ？」

　彼女はくるりと振り向いた。
「そうよ？　君は……ルック？　本人？」

　　リアンの義姉は遠慮もなく、僕の顔を覗き込んだ。

「――そうだけど」
「ふーん……、髪切るとちょっと印象が違うわ」
　ナナミはそれだけ言うと、僕から離れた。

「今日の料理は私の特製だから、ルックも遠慮しないで食べてね～」

　僕は思わず二人の元・リーダーに、半眼の視線を向けた。

「……もしや嫌がらせか？　恨んでいるなら素直にそう言え」

「違うよ、ナナミが張り切っちゃって」
　止められなかったんだよね、とリアン。
　フォローが入らない所を見ると、どうやら料理の腕は相変わらずか。

「俺はそんな回りくどい真似はしないぞ」
　と、デュオン。

　――確かにこいつなら、自分でやりそうだ。

　――と、その時。茂みの影からもう一人出て来た。
　見覚えのある、ローブを纏（まと）う魔法使い。

「あ、よかった、ちゃんと成功……っと」

「！　ビッキー？　どうしてここに」

　敵方で、儀式の地に来ていた筈だ。
　ビッキーは僕に背を向けるようにして、空を仰いだ。

「ねぇ、ルックくん、覚えてますか？　今度晴れたら、一緒にピクニックに行こうって！」

「！」

　まさか……いや、間違いない。
　こいつらは――馬鹿なんだ。
　昔から。

　その為だけに、きっとここに来たんだ。

「今日は、すっごくいい天気だから、いいよね？」

　――遠い約束、いや、約束とも呼べない話だった筈だ。

　確かに天気が悪いから行きたくないと……そんなことを言ったような気がする。
　遠い昔。

　だが、ビッキーにとっては、ついこの間の出来事なのだろう。
　彼女にどれだけ自覚があるかは疑問が残るが、ビッキーも背負っている者の一人だ。

「……仕方ないね、行こうか」
「行きましょう！」

　ざくざくと歩きながら、元・リーダー二人に話し掛ける。

「――良かったのか？　僕よりも助けたい奴は大勢在た筈だろ？」
「……十分だよ」
　デュオンが穏やかに言う。

「僕も、これでよかったと思う。だからさ、
――『お帰り、ルック』。ルックがどう思ってるかは解らないけど――」

　自分は未だに良かったのかどうかは解らない。
　だが、リアンの言葉に――応える言葉が解らなくなる。

「……馬鹿だな、本当に」
「そう？」

　リアンは臆面もなく応える。

　僕は……デュオンに近付くと、リアンには聞こえないように囁いた。
「僕は……あまり長くは保たないかも知れないよ」
「それでも……俺は絶望などしない」

　強く、光を宿す眼差し。
「なら、いい」
　その表情に、唇の端だけ上げて、笑って見せると、デュオンの眼に、光が増した。

「――ありがとう」

　何を、と問う必要は、多分ない。
　瞳から闇が消え、光が戻っている。
　その要因が、僕だとするなら。

　僕は恐らく、ずっと昔に、その引き金を引いてしまったのだ。

「……君なんか、放っておけばよかったよ」
「そういうこと、言うなよ。君が辛いと……後悔しそうだ」
　まともに受け取るデュオンに、溜め息をついた。

「……冗談だよ。辛気臭いのは嫌いだ。――さっきまでの方がいい」
　デュオンは一瞬、意外そうな顔をした後、頬を緩めた。
「――ああ」

　陽射しの下で、弁当を広げる。

「あ、ルック、この辺は僕達が作ったやつだから」
　リアンが安全区域を指し示した。

　料理勝負で一通りこなしたリアンの方が、ナナミの人外料理よりは遙かにマシだ。

「ビッキー、下手に乾杯とかして飛んで行く前に、食べとけ」
　デュオンが安全圏からひょいひょいと料理を摘んで、ビッキーに勧めている。
　経験上の忠告らしい。

　ビッキーが何やら頬張りつつ、僕の側に来た。
「ルックくん、これ、フッチくんが渡してくれって」
　そう言って、何やら取り出す。

「――フッチが？」
「フッチに会ったのか？」
　デュオンの問いに、ビッキーはちょっと慌てて、
「あ、ごめんね、内緒って言われてたけど、抜け出す時見付かっちゃって……」
「まぁ、フッチなら大丈夫か……他に見付かったりとかは？」
　デュオンの問いに、ビッキーは頭を横に振る。

「ううん、大丈夫。私もフッチくんだったらいいかなって思って、
〝一緒に来る？〟って言ったんだけど……今回は止めとくって。
その代わり、ルックくんにこれ渡してって」

　ビッキーが差し出したのは、折り畳んだ紙切れだった。

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