そして、ジョウイを王家の一員とする儀式の時、それは起こった。
臣下の血を垂らした「忠誠のワイン」を口にしたお父様が、血を吐いてガクリと絨毯に膝を付く。
「お父様！ これは……！ まさか兄様が！」
訊くまでもないことだったが、思わず言葉が口をついた。信じたくはなかった、けれど事実だ。
兄様とジョウイは共謀してお父様を殺したのだ。血の中に毒を仕込んで。
兄様はお母様を守れなかったお父様への復讐を成し遂げ――さらなる地位を得るために。
泣くのは躊躇われた。この可能性も十分考え得ることだったのだから。
だけど。
ここには他に泣く者はいない。
高笑いする兄上と、毒の影響に呻く若き騎士と。
たった今。例え血の繋がりはなくとも、〝父〟と呼べる存在を私は亡くしたのだ。
犠牲となった父のためにあふれる涙を、私は止めることはしなかった。
けれど、思った以上に胸が痛むこれが、私が選んだ道だったのだと、私は今更ながらに思い知っていた。
ハイランドと対立する同盟軍――エリアース軍により、兄様が戦死したと報告が入った。
兄様のことは自業自得だ。自分でも冷たいとは思ったが、仕方がなかった。
例えそれが母を亡くしたことから生まれた哀しい狂気であっても。民衆が犠牲になって行くのを、誰かが止めなければならなかった。
私は兄様を止めるためにあなたを……いえ、あなたがたを利用したのだから。
ジョウイと、都市同盟のリーダーとなった少年、リアンを。
私はそっと眼を閉じ、痛みに耐えるように、服の端を握り締めて壁に背を預けた。
兄様による同盟軍への夜襲の情報が、相手方に知られていることを、私はジョウイとその軍師である、レオン・シルバーバーグの動向から気付いていた。
知っていて、私は兄様にそれを告げることも、出立を止めることもしなかった。徒、いつものように、非難がましい眼差しを見せながら、兄様を見送っただけだった。
兄様を止められる、最初で最後かも知れないチャンスを、私の私情で壊す訳には行かない。兄様を止めるには、もうこの方法しかないと信じていたから。
だから重苦しい気持ちをこらえて、口をつぐむことで、ジョウイとリアンが兄様を殺そうとする計画の背を押したのだ。
この身に付けている、赤い血のようなドレスは、こんな私にこそふさわしい。そんな風に思った。
肉親を次々と死に追いやった……その道しるべを作ったのは私だ。例え直接手を下したのは他の人間でも。
思わず、自分の中にあるどす黒いものに眼を背けたくなる。
肉親への罪の意識と、民への使命や責任感、自分の無力への憎しみと妬みや羨望、理想と現実。様々な感情が入り交じって渦を巻いている。勿論、ジョウイやリアンへの怒りや憎しみ、兄様と戦えることへの羨ましさもあった。
兄様の訃報を聞いても、不思議と涙は出なかった。
徒、空虚さと、これからの予感に、胸の奥が震えた。
この先は恐らく、彼と、もう一人の少年……彼の大切な友人との戦いが待っているのだから。
もう、後戻りは出来なかった。
彼が父と兄に何をしたか知っていて、それでも私はあえて、あの人の手を取ったのだから。今更それを取り消す訳には行かなかった。
私は、私の……理想のために。
彼に……皇王の座をさずけたのだ。
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