ハイランドと都市同盟。彼と、彼の友人の戦いは続いた。戦況は劣勢。それは私にも解っていた。
兵士達を鼓舞するための、生贄の儀式に人形を使い、私の命を使わなかったその人は、やはり優しい人なのだろう。
こうして〝私〟は表舞台では存在しない人間となった。
私達がいなくなれば、この地は一つになる。そして、戦争も終わる。私の願った理想の世界は、ある意味では叶うのだ。私達はもう、存在してはいけない。少なくとも表向きは。
私を呼び出し、彼が連れていた幼い少女――ピリカと共に、ハルモニアの片隅で新しい名で生きるように言った彼は、最後に私にわびた。
一言、〝済まない〟と。
既に背を向け、部屋を出かかっていた私は思わず振り向いていた。
そう、恐らくこれが最後のチャンス。
私の真意を伝えるための……！
「なぜ、わびるのですか？ どうして今更！！ 私は全てを知っていた……あなたが私を利用し、父と兄に何をしたか知っていてなお、いいえ、知っていたからこそ、私はあなたの手を取ったのに！」
思わず本音をさらけ出して、強い口調でそう彼に言葉をぶつけていた。
「ジル……？」
ジョウイが少し驚いた様子で聞き返す。
私はそれに構わず続ける。もう、取り繕う必要などないのだから。
「あなたの心、あなたの理想、あなたの目指す物を知っていたから。
例えどのような形であっても、この地に平和をもたらす夢を、悔しいけれど見せて貰ったのだから。
私には兄を止める力がなかった。兄の狂気の一端の責任は私にもあった。
だからあなたの手を取ることであなたがたを利用した。自分の手を汚すことなく……兄を止めるために。
こんな私に、あなたがわびる必要はありません」
真っ直ぐに、正面から視線を合わせて、真実を告げる。
「私の方こそあなたとあなたの友人を利用したのだから。私は自分の立場を利用して、あなたを私の刃とした。だから私にわびる必要も負い目を感じる必要もありません。いいですね？」
一息にそこまで言って、息をつきながら挑むように彼を見つめる。
「ジル……」
彼はどこか沈痛な面持ちで、私の名をつぶやき、視線を落とす。
「兄様を殺す計画も、本当は知っていたのよ。これで、やっと私もあなたと対等のパートナーになれますね？」
晴れ晴れとした気持ちでそう確かめると、ジョウイはハッとした様子で息を呑み、顔を上げた。それはまるで、初めて見る人を見るかのような眼差しだった。
「知って……いたのか」
「ええ。……私も酷い人間でしょう？」
自嘲と皮肉を込めて、私は歪んだ微笑みで答えた。
私は自分の中にある残酷さに、少しだけうつむいて、ジョウイに訊ねてみた。
「ジョウイ……こんな私でも、私が死んだら、あなたは涙を流してくれますか？ ――私の共犯者としてでも。こんな無力な私だけれど、同志として認めてくれますか？」
そう、互いに利用し合っただけではなく、同じものを目指した同志として。私もあなた達の中に加えてもらえるのなら。
「……生きてくれ、ジル」
そう返された言葉に苦笑して、髪をかき上げた。
「答えてはくれないのね……。あなたのご友人が少し羨ましいわね」
きっと、彼はあの少年……リアンが死んだら涙するのだろう。
「あなたと本当に向き合えるのは、彼だけなのでしょう？ 未だあなたのご友人が、あなたを待っているのでしょう？」
「それは……」
図星を突かれたような表情をした彼に近付くと、そっと、その首に手を回して囁いた。
そう、これは愛情とかではなく、同志の健闘を称えるための抱擁だった。
「私は……あなたを赦します。だから出来ればあなたも……」
「君には初めから罪などない」
彼は私の言葉を遮るように固い口調でそう言ったけれど。
「あなたならそう言うと思っていました。でも違うのよ。あなたも……あなたを赦してあげて」
「！！」
初めて見る、無防備なまでに驚いた表情。
罪があると言うのなら、私も同じなのだと思う。それでも私はもう、この赤いドレスを脱ぐ気などなかった。背負ってでも生きていくと決めたのだから。
自分のしたことに、もう眼を背けたりはしない。
父や兄、そして大勢の民の犠牲があって、今の私が存在しているのだから。例え、歴史には残らなくても。
「だから、さようなら、私の刃の皇」
手を離し、強気に微笑んでみせる。
私の願いを叶えてくれた、強くて残酷な、私の共犯者。
あなたに私を一方的に利用したと思わせたまま、罪の意識を持たせて、黙っていることも出来たけれど……私もあなたと同じで、少しばかり甘かったみたいね。
それに、私を認めさせてやりたいと言う気持ちがあったのも確かだった。ずっとあなたと対等の存在になりたかった。
「出来ることならば、あなたも生き延びて下さいね」
「それは……」
そう言うと、ジョウイは困ったように言葉を詰まらせた。
不器用で生真面目な所がある彼は、やはり自分の命をかけて戦いを終わらせる覚悟なのだろう。
彼をそんな運命に巻き込んだ私にも、その責任と罪がある。
けれど私はもう一人の少年――リアンを信じることにした。
あの少年ならきっと――生き延びる路もあるはずだと。
だからあえて素っ気なく告げる。これ以上は、私の手の届かない話なのだから。
「独り言よ。聞き流して頂戴」
私は彼を赦した。自分の本当の気持ちも伝えた。それだけで十分な筈だ。
「あぁ……解った」
ジョウイはうなずくと、改めて向き直り、私の瞳を珍しく正面から見詰めた。
その顔には、泣きそうな程、ほのかな笑みが浮かんでいた。多分これが、彼本来の表情なのだろう。
「さようなら、ジル」
「さようなら、ジョウイ」
私達は両手を握り合って別れを告げた。
絶望の中に、希望を見出すように、強く願いを込めて。
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