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永い永い時間の中、戦災孤児として拾ってくれる者も時折あった。
だから僕らは今回も同じだと思っていたんだ。
いや、少なくとも自分はそう思っていた。
少しだけ反応が違っていたのはテッドの方だった。
「ん～気の所為だとは思うけど、俺、あの人達知ってる気がするんだよな」
そう言いつつ、テッドは紋章の影響を懸念して、屋敷ではなく、近くの家を借りた。
俺の方は、そこまでせっぱ詰まっていなかったので、屋敷の一室を借りることにした。
「会ってる……？」
「うーん、どうもしっくり来ないってゆーか……悪い意味じゃないぞ？」
「ふぅん」
マクドール家の奥廊下で、古い肖像画を見付けた。
そこには、マクドール夫妻が描かれていた。
「なぁ、コレ、お前に似てないか？」
テッドが指をさす。
黒い髪に、凜とした黒の瞳。優しげだが、芯の強さを窺われる微笑み。
「女性に似てると言われてもなぁ……」
そうは言ったものの、確かに似ている。
「その方は、テオ様の奥方様ですよ。お体が弱く、はやくに亡くなられましたけれど」
テオ＝マクドールの部下であるクレオが、俺達を見ながら解説する。
「お二人にはお子様はいらっしゃいませんでしたけど、在れば丁度あなた方位の年齢だったと思いますよ」
「何だか複雑だなぁ……」
「デュオン様は優秀ですし、テオ様はあなたを養子にと考えておいでのようです」
「ええ？」
それは流石に考えていなかった。
「駄目ですよこんな馬の骨」
「テッド、言いたいことは判るが、なぜお前が言う」
思わず突っ込むとテッドは気にしていない様子で。
「デュオンだって、将軍家に入るなんて考えてなかっただろ？」
「それは…まぁそうだが……」
「ゆっくり考えてもらって結構ですよ？」
「ああ、それでいい」
急に低い威厳のある声が後ろから聞こえた。
「テオ様！」
「あの……俺は人間じゃないので無理だと思うのですが……」
俺はこの屋敷の主であるテオ将軍に向けて、告げた。
「？ 人間じゃないとはどういうことだ」
「俺は……吸血鬼なんだ」
「とてもそうは見えませんが……」
クレオの言葉に苦笑する。
「たまに言われます。けど……真実なんです。――ああ、別にあなたがたを襲う気はありませんよ」
俺は一度死にかけた際、月の紋章の影響で吸血鬼となったこと、テッドに血を分けてもらっていることを説明した。
テオ将軍はそれを聞いて多少は驚いた様子だったが、自分も真の紋章の継承者と共に戦ったことがあると言い、意外にも俺が人間でなくても構わないと言い切ったのだ。
俺達は少し困ってしまい、顔を見合わせた。
テッドのことがある以上、あまり長くはここには在られない。
「なぁ養子の話抜きでも何か役に立つのも恩返しだろう？」
テッドがそう提案する。
「それは確かにそうだが……テッド、お前は大丈夫なのか？」
「あぁ、俺は平気だ」
こうして、すったもんだの末、俺とテッドは恩返しの一端として、テオ将軍の留守中に近衛兵の仕事をすることになった。
養子の話は取りあえず保留ということで、俺達は仕事を引き受けた。
最初は〝星見の結果〟の受け取り、税金を払わない街の偵察、山賊退治等が仕事だった。
「……マズイなあ」
「テッド」
「お前だって判ってるだろ、この国……そろそろヤバイぞ」
「……ああ」
そしてその懸念は現実になった。
いや、思った以上に酷かったかも知れない。
テッドが持っていたソウルイーターの存在が宮廷魔術師ウィンディにばれたのだ。
そう、ずっとソウルイーターを狙い続けていた魔女に。
テッドだけ王宮に呼ばれたとき、何となく嫌な予感がしたんだ。
一緒に行こうかと言ったが、テッドはそれを軽く断って、一人で王宮に行った。
王宮から傷だらけになって戻って来たテッドに、掛ける言葉もない。
そして俺は、テッドが命がけで護って来た紋章を受け継いだ。
その重さと力とを知っていてもなお。
そして、テッドが衛兵の気を引いている間に、クレオやグレミオと共に、その場所から逃げ出した。
身寄りのない俺達が身を寄せたのは、解放軍――レジスタンスの一派だった。
リーダーであるオデッサが死に、迷いながらも未だ〝人〟に必要とされるならと引き継いだ志。
ソウルイーターと宮廷魔術師ウィンディのことがある以上、俺は帝国には帰れない。
「俺たちの事情に巻きこんで済まない」
そう言うと、クレオとグレミオは意外にも、テオ将軍の元ではなく、俺に付いてくると言ったのだ。
丁度帝国の腐敗に嫌けが差していた所だから気にするなとクレオは言い、
グレミオは何故か俺に自分と同じ戦災孤児としての面影を見たので付いてくると言う。
一度死にかけた時のことなどもうよく覚えてはいないが……確かに両親を失うのと同時に、自分も死にかけたような覚えがある。
グレミオは意外と鋭いのかも知れないが……ともかく、本人がそれで納得しているようだったのでまぁいいだろう。
仲間の勧誘、作戦の実行――恩人との決別。
だがいつも胸の奥にあったのは、帝国に立ち向かえば、もう一度テッドに会えるという確信に近い思いだった。
共に付いてきてくれたグレミオがソニエール監獄で俺たちを庇って死亡した時も、恩人であるテオとの闘いも、その確信を壊すことなど出来なかった。
だが、意外なことに、テオ将軍は帝国に反旗をひるがえした俺たちのことを恨んでなどいなかった。
それどころか、一騎打ちで勝利した俺のことを息子と呼んだ。
「俺は……その話は……」
引き受けてはいない、と続けようとしたら、逆に問われた。
「お前は何の為に戦っている？」
「唯一の……友の為です」
そう答えると、テオ将軍は自分も同じだ、と言って俺に手を差し伸べた。
俺は思わずその手を取った。不覚にも、少し泣きそうだ。
テオ将軍は、俺の選択を父として祝福すると言い、部下であるアレンとグレンシールに俺たちに協力するように言い残すと、その目を閉じた。
すると、紋章を継承した時にも似た、強い光が俺の右手を包み、紋章に何かが吸いこまれるのが判った。
オデッサやグレミオの時にはよく解らなかったが……これが〝宿主の身近な魂を取りこんだ〟時の反応なのか。
どうやら今の俺では制御出来ないようだ。
気をつけなければな。
俺は頭の中でだけため息をついた。
「デュオン様、血を飲まなくても大丈夫ですか？」
クレオが静かに訊ねた。
テオ将軍のことは、覚悟していたらしく、特に何も言わなかった。
「ああ、ソウルイーターの支配の方が強いらしい。余り血の乾きを感じないんだ」
「そうですか、良かった……と言うべきなんでしょうか」
「うーん、どうだろう」
代わりに、魂を喰うリスクを背負ってしまっているのだけれど。
俺はまだ、真の紋章の扱いに慣れていないのだから。
戦士の村で、人質を要求しているらしいネクロードの話を聞いた。勿論見逃す気はない。
どうやら奴は〝外〟で好き勝手しているようだ。
幸いなことに、今の俺は一人ではなかった。
人と手を組む……か、昔は考えもしなかったな。
その夜、仲間の一人、ビクトールも寝室で眠れない様子で。
「まだ起きているのか」
そう、声をかけると。
ビクトールはネクロードの所為で、生まれた村が全滅してしまい、その為に旅を始めたのだと語ってくれた。
俺と同じくネクロードを追って。
そう言う事情があったとは。だが……。
「なら、俺と組むのは辛くはないのか？ 俺も奴と同吸血鬼だぞ？」
そう、主立った仲間達には戦いの中で、自分の正体を知らせていたのだ。
急にコウモリ姿になった時に動揺や攻撃されても困るから。
しかしビクトールはそう問うと。
「俺の仇はあくまでネクロードだ、お前は関係ない。――例えば仇が人間だったとしたら、人間全部を仇だと思うか？」
「それは……」
多分、否だ。少なくとも自分にとっては。
「それと同じだ」
「そうか……」
俺達はその後しばらく、夜の月を見ていた。
俺達は、唯一吸血鬼を倒せる剣、星辰剣を求めてクロン寺の過去の洞窟に進入した。
そして、その呪いの果てに見いだしたのは懐かしい――本当に懐かしい場所だった。
小さくとも静かな村。幼いテッド。そしてウィンディやネクロードの急襲。
――あの時、ネクロードも来ていたのか。
俺はとっさにネクロードから姿を隠した。
今ここで余計なもめごとは起こしたくない。
星辰剣も手に入れていないのだから。
あちこちで炎の燃える臭いがする。
テッドが村長からソウルイーターを継承した。
そしてネクロードたちが姿を消した後。
俺はその小さな肩を両手で掴むと、視線を合わせて静かに語った。
「今の俺はこれ以上君と共には行けない。その代わり、もう一人の俺が君と共に長い道行きを行く。だから行くんだ、この世界の俺が――君を待ってる」
そう言ってテッドと初めて出逢った辺りを指さした。
『やっぱり……あんたは味方なんだな……』
その言葉の意味も、今なら解る。
クレオがその右手に布を巻いて静かに話し掛けている。
俺は、何故か複雑な思いで、最初に出逢った場所に駆け出すテッドを見送った。
この先、未知なる世界で、もう一度、君に会う為に――。
元の時空に戻って、星辰剣の協力の元、ネクロードを倒した。
そして故郷に報告に行くと言うビクトールと一時別れて城に戻って来た。
竜胴騎士団を仲間にする為に竜胴へ向かったが、竜の大半は毒を飲まされ眠ったままだった。
そしてフッチの様子が少しおかしかった。
俺達は薬の材料の一つ、月下草を手に入れる為、シークの谷に向かった。
そして――テッドに出逢った。
「俺の〝預けた〟紋章を返してくれないか？」
どうやら傍に在る、ウィンディの支配の紋章で操られているようだった。
勿論そんな上っ面だけの言葉など聞けない。俺も、お前と同じ位の覚悟で新しい紋章を受け入れたのだから。
〝ウィンディにだけはこの紋章を渡さないでくれ〟とテッドから託されたのだから。
「俺は、テッドを唯一の〝親友〟だと思っている。そんな上っ面だけの言葉など聞けない」
俺とテッドの願いが重なる。
〝ああ……それでいい。デュオン俺がこれからすることをどうか許して欲しい……〟
頭の中で、テッドの声が聞こえた。
「！？」
そして現実のテッドが口を開く。
「そう……この紋章は持ち主の最も近しい者の魂を盗み、力を増していく！ ソウルイーター、最後の命令だ。この俺の魂を盗み取るがいい！」
「！！ 止めろ！！」
とっさに右手を押さえ、防ごうとするが、三百年の絆に、数ヶ月の俺が適う筈もなく。
テッドの魂はソウルイーターに盗まれてしまった。
その瞬間解ったのは、三百年前に出逢った俺達の事をテッドは覚えていたと言うこと――。
その途端、何かが切れた。こいつ……ウィンディは、敵だ。テッドではなく俺自身の――。
ゼッタイニユルセナイ。
ウィンディが捨て台詞を吐いて消える。
考える間もなく、月下草を持ち帰った俺達に、フッチが単独で「黒竜蘭」を取りにグレッグミンスターの空中庭園に向かったと情報が入った。
直ぐに忍びと竜胴騎士団副団長ミリアの竜スラッシュを向かわせたが、少しばかり遅かった様だ。フッチと騎竜のブラックは、魔法で撃ち落とされて森の中で見付かった。
そして皮肉な事に、解毒剤の材料である「月下草」「黒竜蘭」そして「竜の肝」が揃ったのだった。
「（こんな時、何て言うんだろうな）」
散々テッドの側に在たくせに、目の前の少年一人、励ますことも出来ない。
「（無力、だな）」
俺には徒、無言で横に立っていることしか出来なかった。