Ｐ７　　前のページへ　小説目次２へ　幻想水滸伝関連目次に戻る　　トップページへ戻る

　あいつが紋章のことで悩んでいたのは知っていたのに。
　そう思うと悔しかった。

　何年も、ネクロードを捜すという目的さえ忘れる程にテッドを捜した。
　戦場で時折血をかすめ取りながら。
　あいつが在なければ俺は長老に消されるだろう。
　だがそれ以上にテッドは大切な相棒になっていたんだ。

　失って、初めて解った。
　テッドがいなくなった海方面を中心に探し回った。
　ある時、僅かに感じ取った紋章の気配を手がかりにして。

　だが、テッドは見つからず、俺の乗った船は嵐で難破してしまった。

　嵐に巻き込まれ、無人島に漂着してから、何日経っただろう。
　――血が足りない。

　当然ながら、無人島なので、人が在ないのだ。
　――まさか、こんな所で野垂死ぬんじゃなかろうか。
　……流石に勘弁して貰いたい。

　体力の消耗を防ぐ為、昼間の間、洞窟の奥で、コウモリ姿で睡眠を取っていると。
　ふいに、間近に気配がした。

「！」
　ヒュッ
　軽い音と同時に振られた白刃をギリギリで避ける。
　だが、間を置かず第二陣。
「うっ」
　空中で掠めた刃にバランスを崩し、地面に落ちる。
　ドサッ
　次撃を予測して顔を上げると。

「！　……人？」
　相手が、どこか呆けたようにつぶやくのが聞こえる。

「！　（しまった――）」
　とっさに、人の姿で受け身を取っていた。
　しかし――こうなっては仕方がない。
　幸い、相手の攻撃も止まっていることだし。

「――見ての通りだ」
　半ば諦め気味に溜め息をついて告げた。
「――失礼、てっきり……��おおこうもり�≠ｩと思って」
　キンッ
　相手は微かな金属音と同時に、剣を収める。
　真っ直ぐな刀身の――双剣だ。
　見ると、年若い少年の姿があった。

「いや、こちらもてっきり人が在ないと思って――油断していた」
「……傷を」
　額に巻いていた赤いバンダナをスッと外し、刃が掠めたこちらの腕に巻き付ける。
　
　その左手が腕に触れた、瞬間。
「！？」

　強い――紋章。
　その気配を感じた。
　月とは違う、だが、それに匹敵する程の――
　まじまじと、少年の顔を見た。

　彼も――そうなのか……。

　実際に、見掛け通りの年齢なのかは解らないが、少なくとも、この見掛けの年齢の時に――継いだのだ。
　どうにも、若い継承者ばかり見掛ける気がして、少々複雑になる。

「どうかしましたか」
「いや……君は、なぜここに？」
「カニ鍋作ろうと思って……カニ狩りに」
　カニ？　何とも緊張感のない話だった。

「……。つまりここには交通手段があると言うことか……？」
「僕が乗って来た船があります。……もしかして、あなたは――？」
「あぁ、情けない話だが、嵐に巻き込まれて漂着した」
「なら、僕と一緒に出ますか。オベル王国かミドルポートか……近くまでなら送りますよ」
「ありがたい話だが……」
　そこまで、持たない気がする。

「顔色が……傷が痛みますか」
「いや……そうじゃないんだ」
　最初とは一転、無防備に近づこうとする相手を遮る。

　我ながら、人がいいとは思うが。
　年若い少年に見える、紋章の継承者に、遠慮が出たのかも知れない。

「余り近付くな。俺は……見ての通り、人じゃない」
「僕は、人じゃない仲間も沢山在たから。別に構わない」
「俺が……お前を襲わなくては生きられなくても、か？」
「！　どういうことです」
　離れるどころか、真剣な顔つきで覗き込んで来る。

「見て……解らないか。コウモリに変身する人でない者……俺は、お前の血が必要だ。例え、契約違反でもな」
「契約……？」
　相手が不思議そうに訊き返すが、説明する気力も、その筋合いもない。

「……最も、このまま朽ちるのなら、同じことだが」
　相手は何やら考え込んでいる。
「コウモリ……血……吸血コウモリ……じゃなくて、――吸血鬼？」
「あぁ」
　正解だと、うなずいてみせる。
「……どうして近付くなと？　襲わないと死ぬんでしょう」
「……相棒に見捨てられた以上、他の人間を襲ったことがバレれば、いずれ長老に消されるだろう。だが……今それをしないのは……お前がかつての相棒を思い起こさせるからだ」
「相棒？」
「……十歳にならない位の外見の……人間の、子供だ」
　脳裏にテッドの姿が過ぎった。
「……」
「第一、今の俺では、お前を襲った所で、返り討ちだろう。血を得た所で、同じかも知れないがな」
「……なぜです？　先程の身のこなし……あなたも強いのでしょう」

「――その影響を受けただけの俺が、敵う筈もないだろう――真の紋章の継承者」
　そう言うと、相手は僅かに驚いた様子で。
「え、――見せてないのに――なぜ」
「解るさ。俺が知っているのとは違う――だが、同等の、強い気配だ」
「あなたの知っている紋章？」
「あぁ……いや、これ以上は余計なことだな」

「あなたは一体……？」
　そう言えば、名乗ってもいなかったな。
「……デュオン、だ」

「あ――そうか、僕はルイ」
「……そうだ、人を、探しているんだが――」
　ネクロードの特徴を告げると。
「うーん、見掛けたことはないと思う」
「そう、だろうな。では、もう一人――十歳にならない位の年に見える、茶色の髪と眼の、弓使いを見なかったか？　名は――テッド」
　そう言うと、ルイの反応があった。

「！　テッド君の知り合い？」

「！　知ってるのか。やはり――急にこの辺りで気配がしたと思ったが――そうか……」
「でも僕が出会ったテッド君は十五、六歳位に見えたけど……」
　ルイが少しためらうように言った。
「何？　――テッドの真の紋章は？」
　まさかあの女魔法使いに奪われた訳じゃないだろうな。
　思わずそう問うと、ルイは答えた。

「よく判らないけど、霧の船の導者に預けてたみたいだった」
「成る程、それで……か」
　俺は少しホッとした。

　そして、色々な意味で納得した。

「ずっと、気配がなかったが……どんな様子だったか聞いても構わないか？」
　ルイはうなずいて、話しはじめた。
「……最初に出会ったのが、霧の中の幽霊船で……」
　彼が、再びこの世界に出て来た経緯と、共に戦ったことを、順番に聞いた。

「そうか、お前に……話していたのか。紋章のこと」
　先程の問いに答えられたのだから、ある程度は知っているのだろうとは思ったが。
　思ったより詳しく知っていたらしい。

「うん」
　ルイはうなずく。

「それで、その後は……？」
「残れないからって……ここから離れた。アルド君っていう弓使いが後を追って行ったけど」
「！　……そうか……」
「テッド君のことが、心配？」
　その言葉に苦笑する。

「――おかしな話かも知れないな。本来の探し人を放ってまで、見捨てられた、かつての相棒のことを気にするとは」
「あなたが――テッド君とずっと一緒に在たって人？」
「え？」
　それは、意外な言葉だった。
「自分の境遇が辛くて、ずっと一緒に在たのに、傷付けてしまった人が在たんだって、言ってた」
「……」

　色んな思いが巡る。
　誰が悪いとか――そう言う問題ではないのだろう。
　だが――このままでは、辛いことが多過ぎる。

「お前が、共に行ければ良かったのにな」
　ふとその言葉が零れた。
「僕が？」
「その、アルドとか言う人間ではなく、お前なら、ソウルイーターの餌食にはならないだろうに」
「デュオン君――」
「その君付けは勘弁してくれないか。こう見えても、テッドより相当年上なんだ」
　そう言うと、ルイは言い直した。
「じゃあ、デュオンさん。僕は――未だここを離れることは出来なくて――ごめんなさい」
「いや、俺が勝手を言っている。謝るには及ばない」
「あなたでは、駄目なんですか？」
「俺は……あいつの血を必要としている。人ではない俺しか、あいつの側に在られないと言う事実が――あいつを追い詰めてしまったんだ」
「……でも――」

　ルイは不意に腰の双剣の片方を抜いた。
　そして――自らの腕に刃を軽く走らせた。

「！？」

　赤い血の流れが……腕を伝う。
「ルイ？」

　ルイは、真っ直ぐな眼差しで、腕を差し出した。
「テッド君に、会いに行って。そして――許してあげて。謝りたいって言ってた。例え、許されなくても。僕は――一緒に行けなかったから――ここであなたを死なせたくない」
「……いいのか」
「勿論」
「……解った」

　吸い寄せられるように、流れ出す血に口づける。
　久々の――何かが満たされる感覚。
　テッドの場合とは違うが――自ら差し出された血を受け取るのは、いつ以来だろうか。

「……」


「済まない、飲み過ぎたか」
　日干し寸前だった為、結構飲んでしまった。
　ルイの顔色が、少々青ざめている。

「この位、一晩休めば平気。この紋章を使ってた時に比べたら、何でもない」
「どういう紋章なんだ？　それは」
「��罰の紋章�＝c…使う度に、持ち主の命を削って……持ち主が死ぬと、次々他の人に乗り移って行く……そう言う紋章だった」
「だった？」
　過去形なのを聞き返すと。
「今はもう平気。倒れたりしないし」
　そう、返事が返った。
「そうか。――よかったな」
「……」
　ルイが瞬いて俺の方を見た。
「――何だ？」
「僕は、あなたが人間だと思う」
「！　人の血を飲まなければ生きられなくてもか？」
「僕達も、沢山戦って生き残った。そう言う意味では同じだと思う」
「……成る程な」

　色々な意味で、納得する。
　俺の正体を見ても、怖れもしない。

「――俺には出来なかった、あいつの、紋章に対する絶望を消したのは――お前なんだな」

「テッド君は、凄いから」
「ん？」
　何だか、話が飛んだようだが。
　ルイは、思い出すように視線を落として。
「いつも辛そうで、頑なに見えたけど――真っ直ぐで、強くて、上手く言えないけど――僕の方こそ助けられた」
「そうか……」
「だから、あれは、テッド君が持ってた強さだと思う」

　真っ直ぐな……紋章の重さに負けない眼差しだ。

「ルイ、今は未だ、ここを離れられないと言っていたが……。いつか、又、テッドに会ってくれるか？」
　ルイはしっかりうなずいた。
「うん、勿論」
「そうか」
「……何だか」
　ルイが視線を落としてつぶやいた。
「？」
「僕はずっと居候だったからよく解らないけど……今の、お父さんみたいだって思った」
「……俺が？」
「そう」
「……」
　これは、どう返せばいいのだろう。
「俺にもよく解らないが……褒められてるのか？　それは」
「多分。嫌な感じはしないから」
「そうか……」
　ルイは服をはたいて立ち上がった。
「じゃあ、ここを出ましょう。テッド君の後を追うなら――オベルから船が出てるから」
「解った、世話になる」

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