月と闇の軌跡５

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　迷っていた。

　村を見下ろす山の中で、離れることができずに。
　テッドに何も言わずに出て来たこと。
　この村に暗雲立ちこめて見えること。
　そして――事態は急変する。
　爆発音と共に村の方から火の手が上がった。

　「！」
　始まった――。
　冷静にそう考える思考とは反対に身体は村の方に駆け出していた。
　村の裏手テッドと出会った山道の近くで彼と行き会った。

「テッド！　大丈夫か？」
　全力で走って来たのであろう子供の身体を抱き留める。

「やっぱり……あんたは味方なんだな……」
「え？」

「あの女魔法使いに〝宝〟を渡しちゃいけない……」
「〝宝〟？」
　布を巻いたテッドの右手が俺のマントを掴み、俺はその手に自分の手を重ねた。
　「！？」
　
　強い強い気配。〝月〟とは違う――だが同等の魔法の気配だ。
「そうか……」
　これが〝宝〟で、あの村の〝秘密〟で護るべきもの。
「真の紋章か……とにかくここを離れよう」

　こうして俺とテッドは行動を共にすることになった。

　勿論、俺の正体をきちんと明かして説明した上で。
　テッドを連れて、山をいくつか越えた所で俺は力尽き、倒れるように地面に腰を降ろした。
「大丈夫、お兄ちゃん？」
　テッドが俺を覗きこむ。
「――テッド。大事なことだからよく聞いてくれよ」
「なに？」
　テッドの目が俺を見上げる。

「俺は普通の人間じゃない。月の紋章の民……吸血鬼なんだ」
「吸血鬼？」
　テッドは意味がよくわからないといった様子でその言葉を繰り返した。
「ああ。つまりは人の血を飲まなければ生きられないんだ」
「人の血を飲まなければ生きられない？」
　その言葉にうなずく。

「そうだ。月の紋章がない限り、塵となって消えるだろうな。これ以上、俺がお前と一緒に行く為には、お前の血を分けてもらう必要があるんだ。――お前は俺に血を与えてでも一緒に行くか、それとも俺のことは忘れて一人で行くか、選べ」
　テッドはとまどいを浮かべて。

「そんな、僕お兄ちゃんと別れるなんて嫌だよ」
「なら、そのナイフで血を流せ。俺の血を与えて吸血鬼にするわけにはいかないから、牙は使いたくないんだ」

　そう、例え相手が真の紋章の継承者でも、用心にこしたことはない。
　そう告げると、テッドは俺の目を見て。

「僕の血をあげれば、お兄ちゃんと一緒に行けるの？」
「――ああ、同行しよう」
　俺はうなずいた。

「…………」
　テッドはナイフを手に取ると、少し躊躇（ためら）った後、思い切った様子で自分の左手を傷付けた。
　赤い血が指を伝って流れる。

「これでいい？　お兄ちゃん」
「ああ……済まない、テッド」
　俺はテッドの左手を取ると、流れ出る血に口づけた。
「これで、お兄ちゃんと一緒に行けるの？」
「ああ。ありがとうテッド。俺のことはデュオンと呼んでくれて構わない」
「デュオン……お兄ちゃん？」
　その言葉に苦笑する。

「まぁいいか、呼び方はおいおいな」
　こうして、俺達は相棒になった。
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　それから間もなく、俺が森の狩りから戻ると、テッドはナイフで木を加工して弓を作っていた。
「テッド、弓が使えるのか？」
「少しだけ。おじいちゃんに教えてもらった」
「そうか……」
　確かに山暮らしには適した武器だ。

　俺はふと愛用している棍に目をやる。
　俺が一度死にかけた時に持っていたもので、人間だった時の形見だ。

　蒼き月の紋章の村では特に必要のないものだったが、何となく捨てられずに持っていたのだ。
　今は吸血鬼としての能力を使うと消耗するので、重宝している。

　互いに捜す紋章の情報が違うので、単独で調べて後で情報の交換をするなど、いつも一緒に動いていた訳ではないが。
　それでも俺達は唯一の相方だった。

　テッドの紋章が「生と死を司る紋章」で、生き物の魂を喰らうソウルイーターと呼ばれているものだということも判った。

　時折血を分けて貰いながら、多少の負い目はあったが、俺達は平穏にやって来た。
　ある日テッドが在る筈の街に戻ろうとしていた時。
　音を立てて街が燃え上がるのを見た。
「！？」
　
　 ソウルイーターか！？

　普通の人間なら逃げ出そうとする筈の、その街の暗黒の気配と炎が見える方向に全速力で向かった。
　異臭が漂う。
　火と血と焦げと――死の匂いだ。
　姿を顧みずコウモリになって炎を飛び越え紋章の気配を追う。
　炎はすでに下火になり鎮火しつつあった。
　その中を唯一動く影が瓦礫を超えて捜し回る。

　――在た。
　壊れた柱に背を預け、前方に視線を向けていた。徒見るともなしに。
　人間の姿に戻り、近づいた俺に、つぶやくような声が聞こえた。
「何で……」
　傍らに膝を付き手を伸ばすと、触れるより先にビクッと振り向く。
　――足音で来たことには気づいていただろうに。

　顔を見て、安堵か落胆か――僅かに視線を落とした。

「何でお前が――」
　取りなすようにテッドの肩を軽く叩き、そのまま手を引こうとするとその手を掴まれた。

　この場所で唯一動く物の手を掴んだテッドは、眉根をきつく寄せた。
　――デュオンの手は冷たい。
　やっぱりこいつは人間じゃないのか――
　そんな考えが頭を過ぎる。
　だが、例えどうであれ、自分の傍に在て動き続けてくれる存在はこいつしかいなかった。
　それが、何だか辛くて……

　「――大丈夫か」
　淡々とした調子でデュオンが問いかけた。
　だからわざと明るい調子で立ち上がり、その手を離す。

「何が？　殺したのは俺だぜ？」
「――だから大丈夫かと訊いてる」

　――あんたは人間なのか？
　思わずその言葉が口をつきそうになる。
　人間ではないから俺の傍に在るのではないか？
　そして見上げたデュオンの眼は、少しだけ哀し気に見えた。

「――テッド？」
「――あんたは、血の為に俺と在るのか」
　デュオンは微かに眼を上げる。
「そう……見えるか。俺は確かに血がなければ生きられない。だが……それは違う……」

「どう違うって？」
「俺は……人の傍に在たかった。〝目的〟とは別に。俺にとってお前は、出逢ったままの徒の村の子供なんだ」

「馬鹿……言うな」
　声が震えた。腕で辺りの惨劇を示す。

「〝これ〟のどこが人間だ！　あんたは自分が人だと言えるのか！？」

　思わず怒鳴った。
「……俺は、俺だ」
「だったらあんたは……！」

　人間なのか。訊こうとして、一瞬だけ躊躇（ためら）う。
　だがデュオンはそれを察した様子で。
「――少なくとも、あの頃と同じ〝願い〟を抱えている。この気持ちは人間のままだ」

　その言葉に思わず視線を伏せた。
「あんた、いつまで俺と在る気だ？」
「互いの目的が叶う瞬間までは」

「どっちかが先に叶ったら？」
「俺が先に叶ったら、お前に付き合う」
「……考えたこともねーな。例え決着が付いたところで俺は……」

　紋章から逃げられない。
　その瞬間が来るとすれば、恐らく……

「テッド。本当は血の代償なしに傍に在られたらいいのにな」
「馬ー鹿。あんたは人間なんだろ？」
「――大丈夫、〝君も〟人間だ」
「～～行こうぜ、こんなトコ」

　どんな顔をしていいのか解らず、困って背を向けた。
　俺はこいつを疑うのに、こいつは俺を人間扱いする。
　それが少し辛い。
　ザクザクと二人の足音だけが響く。

「人じゃない方がいいって思わねえ？」
「……辛いか？　人間のままは」
「……」
　テッドが押し黙る。

「……君にも制御出来るようになる。俺や、君の長老のように」
「いつの話だよ？　それまでどうすんだ。繰り返すのか？」
「……」
　今度はデュオンが沈黙した。

「……まぁいいさ。今更だ――行こうぜ」
「ああ」

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