違い～デュオンとフッチ～
騎竜のブラックを失い、竜洞からトラン湖の古城、エレメント城に来て間もなくのこと。
食堂で味気ない食事を取っていると、デュオンがやって来た。
「ここ、いいかな」
デュオンがトントンと軽く指先で僕の前の席を叩いて示す。
「……どうぞ」
デュオンは向かいの席に着くと、話しかけて来た。
「フッチ、ここには少しは慣れた？ 何か不自由はない？」
「特には……」
そう答えると、デュオンは続けて。
「そう、ハンフリーとは上手くやって行けそう？ 無口だけど、優しい人だよ」
「……多分、な」
確かにハンフリーさんは無口だったけど、必要なことは言ってくれるから、別段困ることもなかった。
時々沈黙が気まずい時もあったけれど。向こうは気にしてなさげだったので、気にしないことにした。
「そっか、よかった」
デュオンはうなずき、そのまま暫く、無言で食器の音だけが響いた。
――デュオンの視線を感じる。
「……何か用か？」
居心地が悪くて、先に口を開いたのは僕の方だった。
「いや……どうすれば君に元気になって貰えるだろうと思ってさ」
その言葉と真っ直ぐな眼差しに、思わずカチンと来た。
「勝手なこと言うなよ！ あんたは何も……何も知らないくせに……！」
椅子から音を立てて立ち上がる。
デュオンは困ったように微笑んだ。
「……うん、ごめん。でも僕には仲間、大事だからさ。――何も出来なくてごめん」
「っ！ お前なんかに騎竜を失くした竜騎士の気持ちが解るものか！」
その場の空気に耐え切れず、その場を立ち去ったのは、僕の方だった。
「おいおい、そんなに暗い顔すんなよ。おれが剣術を教えてやるって」
竜洞を出る時にそう言ったフリックさんは、約束通り、空き時間に僕に剣を教えてくれた。
その合間に、ふと唐突に。
「あんまりリーダーを苛めてやるなよ？」
そう言った。
「え？」
「最近避けてるみたいじゃないか」
図星だった。
「それは……ちょっと顔合わせづらくて……」
「ケンカでもしたのか？」
「ケンカって程じゃ……徒、〝今の僕に元気になって欲しい〟なんて言われたから……つい〝何も知らないくせに〟って……」
「そうか……」
フリックさんは苦笑気味にそう言った。
「なぁ、――リーダーの親友が亡くなったって話しは聞いてないか？」
「……初耳です」
それに僕もそれ所じゃなかった。
「まぁ、あんまり言い触らすことでもないからな」
僕が見た限り、デュオンはそんな風には見えなかったけど……。
「本当なんですか？」
そう訊くと、フリックさんは真面目な顔でうなずいた。
「ああ。お前がグレッグミンスターへ向かった間、俺達がシークの谷へ行ってた時の話しだ。確か、〝テッド〟とかって呼ばれてたな」
「！ 〝テッド〟……？」
聞いたことがある名だった。
一往復だけ、騎竜ブラックに乗せたことがある、デュオンと一緒にいた、あの生意気な少年だ。
「知り合いか？」
「それ程でもないけど。会ったことならある……」
「そうか。あいつも辛いんだ。けど、俺みたいに逃げたり、誰かに当たったりはしてない」
フリックさんは自嘲気味に語った。
「――もう少し、頼ってくれたっていいと思うんだけどな。愚痴位、聞いてやれるのに。あいつは〝リーダー〟であろうとしている。だからと言っちゃ何だけど、あいつの気持ちも少しは解ってやってくれないか」
「リーダーの、気持ち……？」
「ああ、あいつは付き人も、親もこの戦いで失くしてる」
「えっ？ 付き人って……」
「グレミオだ、知ってるか？」
その名前にも聞き覚えがあった。
「あ、ああ一度だけ会ったことがある……」
「なら、話しがはやいな。親ってのは勿論、テオ・マクドールだ。リーダーが一騎打ちで倒したんだ」
「！？」
とてもそんな風には見えなかった。
「それとな、リーダーの親友は、リーダーの右手の紋章……ソウルイーターに、自分の魂を盗み取らせたんだ」
「！ リーダーの右手の紋章にって……それじゃあまるでリーダーが殺したような……っ」
言いかけて、流石に言葉を飲み込む。
「ああ。詳しい理屈は俺には解らないけどな。――だからあんまり意地悪してやるな」
「……はい……」
僕は何て馬鹿なんだろう。
自分だけが不幸だなんて思い込んで……新しい生活に不慣れな僕を、色々気遣ってくれたデュオンに冷たい態度を取って。
僕は、反省すると同時に、デュオンのことを凄いと思った。
デュオン……いや、デュオンさんは強くて……優しい。
『でも僕には仲間、大事だからさ。――何も出来なくてごめん』
デュオンさんの優しさが、今更のように身に染みる。
元はと言えば、自分の落ち度で竜達は毒を盛られ、自分の勝手な行動で、ブラックを失ったのに。
『どうすれば君に元気になって貰えるだろうと思ってさ』
あれは安易な同情なんかじゃなかったんだ。
もっと深い……。
いや、同情と言うのも悪い意味じゃないのかも知れない。
同じ……いや、それ以上の想いを知る者……。
デュオンさんはそれを一人で抱えているんだ。
僕は、デュオンさん……リーダーに対する認識と態度を改めることにした。
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