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ＣＡＳＥ・１～ロックアックス城～
ロックアックス城戦、狙うのはマチルダの旗。
旗を焼けば王国軍が支配して間もない騎士達は、戦意をなくす筈だと言う作戦だった。
だがロックアックス城の兵士の数は多く、後方からの攻撃に歩みは遅くなっていた。
階段の手前で、ルックがリアンとナナミに向かって言った。
「ここは僕が引き受けるよ。君達は先に進むといい」
「ルック……」
その横柄とも取れる態度に、デュオンはくすっと表情をゆるめて、リアンに視線を向ける。
「僕達も残るよ」
「解りました、お願いします！」
そう言い残し、リアンとナナミは階段を駆け上って行った。
「さて、ここからが正念場かな」
「ルック」
デュオンが声をかけてきた。
「何」
「さっきから紋章が疼く……いざとなったら俺を遠くまで飛ばしてくれないか」
「全く……仕方ないね」
そのリスクを承知の上で、デュオンはリアンと関わることを決めたのだから。そしてルックは、それを不本意ながらも黙認したのだ。
下からの兵をさばいている途中で、デュオンの懸念は現実になった。
「くっ」
ソウルイーターから禍々しい光と闇の気配がにじみ出る。
この反応は……『自分の身近な者』に対する反応だ。
左手で押さえ、全力で納めようとするが反応が消えない。
「ルック！」
切迫したその声に、ルックは手短に言葉を唱える。
「我が真なる紋章よ……その力を示せ」
ヒュッ
デュオンの姿はあっと言う間に、風に包まれて消えた。
「本当、役に立たないんだから」
そうぼやきつつ、ルックはロッドを構え直す。
やがて敵を殲滅すると、下から来たシュウ軍師と彼の連れた兵達も合流し、上へ登った。
すると……ナナミが矢に射抜かれ倒れていた。
さっきの反応はこれのことか……。
ルックは僅かに苦い思いで目の前の光景を眺めながら、そう思い返していた。
シュウは兵士に旗を焼くように命じ、直ぐに医者を呼んだ。
そして〝なぜか〟退却した王国軍を横目に、ナナミを本拠地の医務室に運びこんだ。
だが……永い時間の後で医師のホウアンが告げたのは、ナナミの訃報だった……。
ＣＡＳＥ・１～残されたもの～
僕が食堂で昼食抱えてふらふら歩いていたら、デュオンさんの声がした。
「リアン。どうかな、一緒に」
「あ、はい」
僕とデュオンさんは食堂の隅にある、向かい合わせの席についた。
「……」
デュオンさんの様子は、いつもと変わらない。それが何となしに落ち着く気がして。少し、不思議だ。
「……あなたは、変わらないんですね」
「……変わって欲しい？」
デュオンさんの穏やかな問いかけ。
「……いいえ」
僕が頭を振ると。
「そっか、良かった」
デュオンさんは、静かに微笑んだ。
……もしかして、気を遣ってくれたのだろうか。ふとそんな考えが頭に浮かんだ。同情やなぐさめは、今の僕には辛い物だったから。デュオンさんはそれを知っているのではないかと。
「あの、訊いていいですか」
僕は少し身を乗りだして、そう切り出した。
「ん、何？」
デュオンさんは軽い調子で応える。
「三年前の戦いで、あなたは、何を失って、何を手に入れたんですか」
するとデュオンさんは、少し考える素振りを見せて。
「そうだな……なくしたものは、色々かな。だけど、あのことがなければ、見えなかったことも多くあった。身近な筈の存在でさえ、全く違う顔を垣間見た気がしたよ」
「……」
確かに、そうかも知れない。僕はジョウイの、そしてナナミのことを思い返してそう思った。
「リアン、なくして、しまった？ 君の、望み」
「！」
僕はハッとして顔を上げる。
「もう、本当に、何一つ残されていないのかい？」
「…………それは」
うつむいて考えるのは、ジョウイのこと。
「……いえ……いいえ。まだ……」
まだ残っている。そう言って首を横に振った。
「そうか」
そう言うとデュオンさんは僕の肩をポンポンと優しく叩く。その仕草に、僕は不覚にも少し泣いてしまった。
「デュオンさん、僕は……ジョウイを……っ」
その先は、今、ここでは言ってはいけないことだ。僕は両手で服の裾を握り締め、口をつぐんだ。それなのに。
「……うん」
聞こえなかった筈の言葉が、深い眼差しと、静かな声音によって受け止められた。うなずいた自然な動作も、冷静な声も、今の僕にはなぜか酷く、温かく感じて。
「デュオンさん……？ 僕、まさか今、口に出してました？」
ちょっと間抜けな質問だったかも知れないけれど。
僕が思わずまたたいて、彼を見つめながら確かめると。デュオンさんは少し苦笑じみた微笑みで首を横に振った。
「いいや。ただ、僕には、君の願いを邪魔する権利も意志もない。こんな僕だけど、最後まで、一緒に見届けさせてくれるかな」
その言葉に、僕は勢いよくうなずいた。
「もちろんです。僕からお願いしたんですから」
軍とは関係ない人が傍にいて、僕の望みを尋ねてくれる。そのことに僕は今、心から感謝していた。
「あなたがいてくれて、本当に良かったです」
「そっか。ありがとう」
そう言ってデュオンさんは微笑んだ。
ＣＡＳＥ・１～覚悟～
「案外、余裕だな」
ルックのその言葉に、石版の前に現れたデュオンは、苦笑に近い表情で応える。
「お陰さまで、喰らってはいないからな」
発動しかけた紋章ごと、ルックに瞬間移動で飛ばして貰って、何とか押さえられたのだ。もしもナナミの魂を喰らっていたら、平気な顔をしてリアンの前に立つことは、難しかっただろう。
「ありがとう」
「これから、どうするつもり？」
「――ここに、いる」
デュオンの声は案外しっかりしていた。
「最後まで、平気な顔して、傍にいてやる。――かつて、君が僕にそうしてくれていたように」
「……」
「僕だけは――何もかも投げ捨てたとしても――あの子の味方だ」
その宣言にルックは少し視線を外して。
「僕は別に――あんたみたいなつもりでいたわけじゃない」
「知ってる。それでいい」
そう言って、デュオンはうなずいた。
「……」
「最後まで平気な顔して見ていればいい。――それだけで」
「――それで、良かったわけ？」
ルックが確認を取ると。
「ああ。――十分」
「……」
「無論、無理に何もするなと言う意味じゃないぞ」
デュオンの念押しに、少し呆れた様子でルックは返した。
「僕は好きにするさ。あんたに言われるまでもないよ」
「そうしてくれ」
デュオンは視線を前に向けて、ルックの言葉を肯定した。