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ＣＡＳＥ・１～約束の地～
ハイランド王国、皇都ルルノイエの王座には、誰もいなかった。そして直前の獣の紋章との戦いによって、建物が崩壊しようとしていた。王国の最後だ。勝利は、リアン達、同盟軍のものとなる。
けれどここには皇王となったジョウイの姿はない。とまどうリアンに僕はささやく。
「彼がどこにいるのか……君になら解るんじゃないのか？」
その言葉にリアンはハッとしたように息を呑み、その場所へと向かうために、王座の間を飛び出した。
二人が最初に別れた時にした約束。リアンとジョウイだけが知っているその場所に向かうために。
そしてリアンと僕の望みによって、僕もその場所に同行させてもらうことになった。
〝最後まで見届ける〟そのために彼らの『約束の地』まで来ていた。
天山の峠の崖近くで、僕は二人が向き合う場所から、少し離れて佇む。そんな僕の存在に気付いたジョウイも、特に何も言わずに、僕がここにいることを黙認してくれている様子だ。
リアンはジョウイに棍を向けられても、戦おうとしない。
共に戦って来た仲間達より、自分の命よりも、自分の願いを選んだ。ジョウイと戦いたくない。元のように戻りたいと。
そんな風にどこまでも優しくなれる、リアンが羨ましかったとジョウイは語る。そして始まりの紋章を片割れだけで使うと、宿主の命を削ることになると告げた彼は、生き延びる権利ごと、紋章をリアンに譲ろうとした。
「嫌だ……！ ジョウイがいない世界なんて、僕は欲しくないんだ……！」
そう叫んだリアンの悲痛な声は、僕の耳にも痛く響いた。自分もあの時、〝嫌だ、逝かないでくれ〟と叫べたのなら。シークの谷で、そしてソニエール監獄でも。自分には出来なかったことだ。
多くを犠牲にした、自らの死を望むジョウイの心情も、親友を失いたくないと言うリアンの願いも、僕の胸に痛いほど迫る。自分だったら、ジョウイの願いを叶えてしまうかも知れないとも思った。
けれど、リアンは頑強に、自分の願いを譲らなかった。
「例え紋章のせいで、共に死ぬことになったとしても……それでも僕には……ジョウイの命を受け取ることなんて、出来ないよ……」
その言葉には、切ないほどの覚悟がこもっていた。
そして……奇跡は起こった。
始まりの紋章からわかたれた、剣と盾の二つの紋章は、宿主の命を削ることなく、二人の手に収まった。互いに争いを望むと言われた紋章の呪いさえ、リアンの強い意志は越えて見せたのだ。
これが、リアンの出した応え。僕が見たかった、だけど選べなかった結末。
だがそんなリアンが羨ましいと言ったジョウイは、まだ迷っているようだった。自分が生き残ったことに対して。きっと存在することが辛いのだろう。
僕はリアンに気づかれないように彼の耳元でそっとささやく。
「本当にもう駄目だと言うのなら、僕が君を殺してあげるよ。……例えあの子に恨まれても君の命を背負ってやる。だからもう少し……生きてみてごらん」
「マクドールさん……」
とまどうようにジョウイがつぶやく。
「ただし、死んだら楽になるなんて思わないことだね。――ソウルイーターの中なんだから」
「二人で何話してるんですか？」
リアンの言葉に、僕は顔を上げる。
「親友が生きている。ただそれだけで、僕は君達が羨ましい。……そう言う話さ」
「デュオンさん……」
「マクドールさん……だから僕を赦すと？」
僕は首を横に振った。
「残念ながら君を責められる人間はここには存在しないよ。僕も含めてね」
僕は改めて二人に向き直り、僕の事情を伝えるために、口を開いた。
「僕の親友は、解放戦争時、この右手にある生と死を司る紋章に、自ら魂を喰わせて死亡したんだ。ウィンディの支配の紋章から逃れるために」
「！」
二人の顔色が変わった。僕は淡々と話を続ける。
「彼が僕に、この紋章を託した後の話だよ。僕は――目の前で手が届かなかった。そのことを今でも酷く後悔している。だから、君達の存在は、僕にはとても眩しいよ」
知らず、僕は二人に向かって目を細めた。
「知っていると思うけど、この紋章は、宿主の身近な者の魂を喰って、力を増していく呪われた紋章だから」
「デュオンさん……」
リアンが哀しみを湛えた瞳で僕を見つめる。
「僕達にそんなことを話しても？」
ジョウイの疑問に僕は軽く微笑んだ。
「いいんだよ。以前から、君達が答えを出したら、話そうと思っていたんだ」
「じゃあ、ことあるごとにグレッグミンスターに直行で帰ってたのって、僕達をその紋章から守るためだったんですか？」
リアンの質問に、僕は少し苦笑じみた表情を見せて認めた。
「まぁね。君達の勝敗には関与したくなかったし」
「そうだったんですか……気付かなくてごめんなさい」
頭を下げたリアンに、僕は軽く首を振った。
「いや、それで良かったんだよ。むしろ気付かれたくなかったし」
「じゃあ、まさかいつもルックの所にいたのも……」
「ああ、半分はそれが理由だね。ルックには多少迷惑かけたと思うけど、この紋章の危険を知り、対抗できる存在だったから」
「でも、それだけじゃなくて、後の半分は違ったんでしょう？」
リアンが僕の瞳をのぞき込んで言う。本当に、リアンは真っ直ぐな存在だ。
「そうだね、君が前に言った通り、気を許した大事な存在だからだよ。例え……友人とは違っていても」
「デュオンさん……」
「それにね」
僕は話を続けた。
「僕はこの戦争が始まる前に、ルカ・ブライトに会ったことがある」
「「えっ？！」」
二人が目を見開いた。
「僕らは互いの抱える〝闇〟故に、互いを敵とみなしなかった。あの時ルカを止めていなかった僕にも責任はあるんだよ」
「マクドールさん……」
「そんなことがあったんですか……」
だが、リアンは少し考えた末、口を開いた。
「でもそれは……デュオンさんのせいじゃありません。デュオンさんは、優しくて、いい人です」
「リアン……」
多分それはリアンが優しいからそう見えるのだろうと、僕は思った。
そうして僕達が歩きながら話していると、ジョウイはふと、ひらけた場所で足を止めた。
「……もしもあの時、ここから逃げなかったら……」
「それは困ります」
出て来たのはシュウ軍師。
僕は説得を彼に任せ、ナナミの生存を知った二人が、キャロの街に向かって駆け出すのを見送ると、最後にシュウにささやいた。
「損な役割だな。けど……ありがとう。はやく後任が出来るといいな」
「あなたに礼を言われる筋合いではありません」
「そうか」
軽くあいさつを交わすと、僕は彼らとは別に、峠の上を目指して歩き出した。
ＣＡＳＥ・１～旅立ち～
峠の上、吊り橋の所に姿を現したデュオンを見て、ルックは静かにつぶやく。
「よく……解ったね」
「ああ……」
どうりで風が妙だと思っていた。
忘れる筈もない、戦場で何度も感じた、ルックの風だ。
「ルック、君も全部聞いてたんだ？」
「……まぁ、ね」
「そうか……」
釣り橋を、風が吹き抜けてく。
「ナナミのことも……もしかして気付いてた？」
そう訊かれて、ルックは横目でデュオンを見やった。
「まぁね。あんまり僕をなめないで欲しいな。で、あんたの方は？」
「僕も、紋章の反応から何となく。――流石に確証はなかったけど」
「ふぅん」
ルックはつまらなそうに答えた。
「僕は……さっきジョウイが言ったこと、解る気はする。僕も、少しだけリアンが羨ましいと思った」
デュオンは空を見上げたまま、言葉を紡ぐ。
「ジョウイは……あの時逃げなければって……そう、言った。リアンも途中でジョウイを残して逃げなければ良かったと言っていたよ。僕も……逃げなければ……」
今言っても仕方のない言葉だと、デュオンは少しためらい、言葉を切った後、それでも続けた。
「逃げたのは、多分同じだ。でも僕は……取り戻すことが出来なかった……」
その言葉に、見え隠れする、感情。きっとルックは気付いている。
辛くて、苦しい。そして酷く羨ましい。
「逃げるのも、選択だ。だけど僕は、逃げたい時に逃げられずに、逃げたくない時、逃げた気がする」
デュオンが思い浮かべたのが誰か、言う必要もない。ルックはその存在を知っているから。
「らしくないよね。でもさ、本当……取り戻せればいいのに」
それは、今だから、言える言葉。
黙って聞いていたルックが、口を開いた。
「……君は……それでも、望むことを止めないの？」
「ルック……」
ルックは 無表情とも言える瞳をデュオンに向けている。
「――うん、多分――止められないよ」
デュオンはそう言ってうなずいた。
「僕は、もう一度テッドに逢いたい。例えそれがどんな形や意味を持っていたとしても。赦されない願いでも、変えられない。やっと……自分の願いを認められたよ。これでようやく前を向ける気がするんだ」
「……そう」
「……馬鹿だって、……言わないんだな」
ルックが斜に視線を返す。
「言って欲しいわけ？」
「別に」
「なら、いいじゃない？」
「そうだけど、君は そう、思わないのか？」
ルックは睨むような視線で、答えた。
「思わなくはないよ……でも……馬鹿な方が……役に立つ時もある……」
しばらく、風の音だけが聞こえていた。
「なぁ、ルック……百八星の方が勝つとは限らないよな……。何のために星は集まるんだ？ 歴史を動かすため？」
「……多分、そうだよ」
「だったら……どっちが正しいとも限らないよな。一歩違えば、向こう側に立ってたのは、僕らだったかも知れないんだ」
思い浮かぶのは、バルバロッサ、テオ・マクドール、そして、ジョウイ。
真っ直ぐで、それ故、譲れなかった人々。
「なぜ、戦うんだろう」
「さぁね……君は？」
「あの国を救いたくて、自分の知ってる人達を、助けたかった」
「……」
君らしいね、とルックが小さく胸中でつぶやく。
「……今は？」
「今は……違う結末が見たかった。多分、それだけだよ」
デュオンの言葉に、ルックは問いかける。
「それで、いいわけ？」
「何が？」
「君の運命が変わったわけじゃないだろう？ リアンと君の結末は違っていて、君の失ったものが戻ったわけじゃない」
ルックの言葉に、かすかな真剣味が帯びて、デュオンは背筋を伸ばし、告げた。
「そうだね、正直、少し妬んでるよ。でも、僕も――諦める気は、ないから」
「……それで、何かが変わるとでも？」
ルックらしい物言いに、僕は思わずくすっと笑いながら答える。
「思うよ。だって、望むことさえ出来なければ、お終いだよ。諦めさえしなければ、チャンスは来るさ」
「…………」
何て 楽観的な考え。デュオンでさえそう思うのだから、ルックの沈黙の意味位解る。
「君も、馬鹿の一員だね」
デュオンは、まぁね、とうなずいて、軽口を叩く。
「君も、なってみる？」
「冗談。お断りだよ」
すげない答えに、デュオンは少し、いたずらっぽい光を瞳に込めて言った。
「今度は、君の運命が変わるのが見たいな」
ルックは嫌そうに振り向く。
「何でまた」
「……今度、会えたら言うよ」
「何それ」
デュオンはルックを見つめる。
「……じゃあ、聞くけどさ、君は、望まないの？」
「……何を？」
「望まない〝運命〟 が変わること」
「…………」
ルックは答えない。デュオンは言葉を重ねる。
「運命なんていらない。宿星でなくてもいい。紋章さえなかったとしても、人は……きっと生きていける」
その眼は真っ直ぐにルックを見つめていた。ルックはなぜかその言葉に瞳を陰らせる。
「僕は、そうは思えないよ」
「それでも、人を不幸にする運命なんて、僕は、望まない。だけど、君と、君達と出会えたことは、後悔なんてしない」
「デュオン……」
ルックがめずらしくその名を呼んだ。普段は君とかあんたとかなのに。
「僕が、ジョウイの立場だったら、同じことを望んでしまったかも知れない。そしたら君は……僕と戦う？」
デュオンの問いと、真っ直ぐな眼差しに、ルックはわずかに眉を寄せた。
「……？ 何で――何が、言いたいわけ」
「僕は……戦える。でも……望んでるわけじゃない。リアンみたいに本当に望めたら……もしかしたら変えられたかも知れない。そう、思うんだ」
それが、僕とリアンの違い。
デュオンの頑なな表情の中、遠い瞳がリアンの面影を映す。
やや、間があって、ルックの声が、歌うように響いた。
「……過去は、変えられない。けど、未来は違う。君なら……変えられるんじゃない？」
見つめる瞳には、誤魔化しも、逃げもない。
「本当に、そう思う？」
「多分、だけどね」
眼を閉じて、ルックが答える。
「そうか……」
ルックの遠回しな励ましに、デュオンは、ほのかに笑う。
「これから、どうするつもり？」
ルックがそう訊いた。
「一度、屋敷に帰るよ。又……旅に出るから」
「……送ろうか」
「ああ」
デュオンは、差しだされたルックの手を取る。風と共に、二人の姿は、峠から消えた。
「じゃあ、帰るよ？」
屋敷に着くなり、ルックが踵を返す。
「ルック」
「――何」
「僕に変えられるなら、君にだって変えられるよ」
振り向いたルックの瞳に、デュオンの強気な表情が映る。
「そんなの、変えてから言うんだね」
「あぁ、そうかな。じゃあ、その時会えたら、また言うから。ついでに、食べてきなよ。もうすぐ、夕食だし」
そう言って、デュオンがルックの裾ををつかんで引き戻すと、ルックはため息をついて。
「……いいよ」
と了承した。
デュオンは、それを伝えるため、ルックを残して台所の方に姿を消した。
――どうして、あんなこと、言ったんだろう。ルックは、峠でのことを思い返して、独りごちた。未来を変えられる、なんて。自分らしくもない。
例え戦いの中で自分が死んでも、真の紋章を宿す者の宿命も、全て〝運命〟だと、そう思っていた筈なのに。
――それは多分、あの二人の影響で。
デュオンは呪いを背負う身でありながら、再び人と関わる覚悟を決めて歩き出し、それに支えられるように、リアンは紋章の宿命を越えて見せた。
あいつらといると、なぜか調子を狂わされる。そう、昔からだ。デュオンも、そしてリアンも。なぜ、なんだろうな。
星の光のせい？ ―― 本当に 、それだけ？
あの二人が見せた、眩しい程の――それでいて、どこか共感を呼ぶような生き方を、何と呼ぶのだろう。
憧れ？ 同情？ どれも合っているようで、間違っているような気がする。
解らない。
つぶやいたその言葉は、まだ答えのない問いのように、大気にとけて散って行った。
Ｔｏ ｂｅ ｃｏｎｔｉｎｕｅｄ……？