（P６）
ＣＡＳＥ・１～理由～
デュオンは、魔術師の島に立っていた。
現在、国の先行きを占う星見の役は、ヘリオンが受け継ぎ、レックナート達の所在は知れない。レックナートが張っていた結界も、現在はこの島に存在しない。多少、様変わりしたとは言え、島の面影は以前のまま。
デュオンは、占術師の塔へは入らず、島の中腹の辺りで佇む。
ここは、初めてルックに出会った場所だった。
――デュオンは昨夜からここで考えごとをしていた。
親友と言われて、最初に浮かぶのは、一人だけ。やけに遠く、いつか追い付くことを願っている、そんな、相手だけれど。
答えはまだ見付けられない。
――――どうすれば、君は生きていられた？
ふいに風がざわめく。
それに合わせるように、デュオンはゆっくりと独りごちる。
「ずいぶん、懐かしいよな。……テッドが傍にいても、僕は『彼』に興味を引かれた。――面白い奴だって。本当、いい性格だったけど、フッチ達も含めて、あんな風に騒ぐのも悪くなかった。それに――『彼』の後ろには、他の誰とも違う、〝世界〟が見えた。……だから、知りたいと思ったんだ。多分、あの頃の僕は、『彼』と……友人になりたかったんだと思う。けど……解らなくなった」
デュオンは右手を軽くかざした。
「友人ってのは……同類というか……対等でいられる存在だと思っていた。家族と呼べる大人達の中で……多分〝彼〟が友人としての基準だったんだ」
他に、比べる人間も、いなかった。
「……違ったけど。……対等なんかじゃなかった」
多少、自嘲気味な言葉。テッドと自分は大きく違っていたのだと。
「もっとはやく……気付けばよかった。僕は彼等の望みだけじゃなく、彼等自身を、守りたかった」
それが、自分の願いだったのに。
「だから、なのかな」
『彼』を友人と呼べないのは。他の誰も友人とは呼べない自分が、デュオンの中にいる。
「あの時、どうすれば良かったのか、その答えが見付けられなければ、僕は……先に進めない。だから、あの言葉は嘘じゃない。けどそれは……『君』が大事じゃないなんて意味じゃない。勝手だけど、僕はもう、自分から手を放したくはないんだ……！」
言い切ると同時に、デュオンは横手の大木を見上げる。その太い枝にはいつの間にか、ルックが立っていた。
「本当……勝手だね。第一、僕じゃ代わりにもならないんだろ」
切り捨てるようなルックの言葉に、デュオンは心外そうに告げる。
「……そんな意味じゃないよ。テッドはテッドで、君は君。代わりにするのは失礼だし、そもそも無理だ。テッドも君も」
「……」
沈黙を返すだけのルックに、デュオンは言葉を重ねる。
「本当に……少し意味が違うよ。誰も誰かの代わりが出来ない。皆、それぞれ埋めている場所が違う。それだけのことだ」
コトン。
その言葉は妙にしっくりとルックの心に響いた。同時に、自分の気遣いは何だったんだという気も、少しする。
一見無関心に見えただろうが、先の戦いで後半からは、身近な者達を次々となくしたデュオンに対して、ルックは不本意ながらも、少しは気にかかっていたのだ。――本人には絶対秘密だけれど。
「だけど……やっぱり彼等がいなくなってから、重ねてた部分もあったとは思う。ゴメン……ルック」
デュオンが言いづらそうに、哀しみをたたえた瞳でルックを見た後、下を向いて頭を下げた。それに対して、ルックはそっけなく言い放つ。
「何を謝るのさ。それが君の本心なんだろ。国も人も、一度は捨てたくせに」
「……」
沈黙するデュオンに、ルックは挑むように言葉を強める。
「君は、薄情で勝手だ。なのに、何でまたここにいるのさ」
「……」
「手放す位なら、踏み込むべきじゃなかった」
ルックの鋭い言葉に、デュオンは顔を上げられない。誰かを傷付けること……解っていたのに。だけど。デュオンはようやく口を開いた。
「……多分、不安だった。前に、君が……僕に対して親切だなんてフッチに言われて。君は……誰より友人に近い存在だったから、……犠牲なんか払って欲しくないんだ」
「……」
「本当、ゴメン」
デュオンは再び頭を下げた。
「あんな言い方、しなければ良かった。見限られても仕方ないけど……謝りたかった」
「……」
知っていた筈だ。あれだけ親友殿に真っ直ぐに向けられた眼差しと態度を。それが、自分を引きつけた要因の一つでもあったのだと、認めるのは悔しいけれど。だから、期待もしていない。デュオンが変わることなど、きっと本当には望んでいない。だからあえて冷たく言い放つ。
「謝られても、仕方ないよ。君は、繰り返すだろう？」
「……」
「君は君でいればいいさ。僕とは関係ない所で」
「ルック……」
デュオンは怒りのこもった眼でルックを見つめた。
「俺は諦めないよ。あの時の答えも、紋章も運命も越えて見せるさ。そしたら君のひん曲がった根性も叩き直してやる」
「……誰がひん曲がってるって？」
「君だよ」
ルックを中心に、怒りと共に生まれた風が、二人を煽る。デュオンは赤い衣服をひるがえしながら、その風を受け止め、真剣な眼差しでルックに告げる。
「君が僕以上に、僕を理解してくれてたように、僕だって何も気付いてないわけじゃない。けど、君は何も言わないし、そのつもりもないみたいだ。待つだけでいいのなら、待つつもりだった。だけど、何も知らないまま置いていかれるのなら、ない方がいいかとも、思う。けどそれは……本心なんかじゃない。本当は……話して欲しい」
ストレートな言葉は、なぜか以前の戦いの頃の彼を思い起こさせる。そしてそれ以外の何かも。――重なる、面影。けれどはっきりとは思い出せない。
「だから、何度でも戻って来るよ」
そう宣言したデュオンに、ルックは記憶を辿るのを止め、いい加減そうに言葉を投げた。
「なら、勝手にしなよ。ジメジメされるよりは、よっぽどマシだよ」
「……いいの？ あの頃は散々迷惑がってたけど、今度は踏み込むよ。君の……〝運命〟にまで」
デュオンはルックの瞳を正面から覗き込む。
「させやしないさ。君みたいな薄情者にはね」
そう言って横目でデュオンを捕らえたルックの瞳には、どこか挑むような光があった。
「……うん、その挑戦、受けて立つよ」
デュオンはルックに向けて、右手を伸ばす。その明るさは、かつて、解放戦争で見た時のまま。
「……何の真似？」
「宣戦布告。きっと長くなるよね、この人生観の勝負」
ルックは風と共に大地に降り立つと、デュオンの手をはたいた。
「全く。百年ははやいよ」
「でも一緒にいられるだろ？」
「まさか。第一君にそんな気があるのかい？」
「まぁね。きっと他の人達とは違うだろうけど――例え離れていても、負けたくない相手がいれば、元気が出るだろ？」
デュオンは眩しげな、それでいて強気な微笑みを垣間見せて。
「どこにいてもきっと見付ける。だから、なかったことにだけはしないで欲しい。この際、クレイドールでも構わないよ」
どうやら初めて会った時、ルックが紋章で、クレイドールを出してけしかけた一件を言っているらしい。
「そんな昔のこと、よく覚えてるね」
そうルックが言うと、デュオンは苦笑した。
「そりゃあね、強烈だったから。……やっぱり、大事だから離れるなんて……違うよな。――危うく二の舞になる所だった」
「――もういいんじゃない？ 思い出したんならさ」
聞き慣れた、少々投げやりな口調。デュオンはほっとした風に、ルックをながめる。
「何？」
「ルックだなぁ、と思って」
「何馬鹿言ってるのさ。それよりウチの馬鹿リーダーがグレッグミンスターに行ってるから、戻った方がいいんじゃないの？」
「リアンが？ もしかしなくても――待ってるかもな」
そう予測を口にしたデュオンに、ルックはため息をついて。
「本当、馬鹿の集団だよ。……じゃ、僕は先に戻るから」
「戻るって、どこに？」
「城だよ」
言うなりルックの姿はかき消えた。
「全く、神出鬼没だな」
ルックの消えた空間を悪戯っぽく見つめて、デュオンはつぶやいた。