（P３）
ＣＡＳＥ・１〜嵐〜
嵐の予感。遠くから雷雲。空気は不穏にざわめく。
（雨、か……）
その中、風に吹かれ向かう人影――。
その日は、にわかの雷雨。戦いは泥試合となっていた。足も当然遅くなり、僅かに遅れた合流で、チームは苦戦気味だ。
弓も強い風で流され、思ったより当てに出来ない。まぁ、前から命中が低いのが、うちの弓チームの難点ではあったけど。
これ以上、合流が遅れると、流石にマズイ。僕は焦りはじめていた。
何波目かの敵の攻撃。
正面からの敵を受け流した時、背後からも敵。
「――ッ！」
瞬間的警告を感じた瞬間、自分が振り向くより先に、一陣の風と共に矢が飛来し、敵を貫く。
「？」
正確に、一本だけ。うちの軍にしては、不自然だ。そう感じた瞬間、赤い残像が目に入った。敵兵に向かって飛び込んで来た、その姿は。
（――デュオンさん！？）
「……くっ」
しかし今は気を散らしてはいられない。
（どうして――）
疑問を抱えながらも、防衛に徹する。
やがて自軍騎馬隊が合流、敵の攻撃が弛んだ。
すると心地よい水の魔力が、僕達の周囲を包んだ。疲れと傷が癒えていく。
「――デュオンさん」
デュオンさんは祈るように左手を掲げて魔法を使っていた。
「――大勢は無理だ」
その瞳は、いつもの静かさと違って、酷く重さを含んでいた。
けどそれが、なぜかデュオンさんに近い気がした。
いつもよりも、近くに。
「――十分です、それよりどうして――」
「――来ます！」
敵の気配に話は中断する。
だが合流した僕等の前に、数の減っていた敵軍は、すぐに打ち負けて姿を消した。
「あれ、デュオンか？ 何でここに――」
合流した騎馬隊のフリックさんが発した疑問に、僕も首を傾げる。
「助けて、くれたんだけど」
どうして、来てくれたんだろう。あくまで個人的に力を貸してくれるという約束で、大規模な戦場には、来ることも、こっちから呼ぶこともしなかった筈なのに。
雷鳴が響く中、デュオンさんはただ、草原で佇んでいる。
――ふいに 暗い空が明るくなって来た。雨が降り続く中、日が差してくる。頭上の雲からはいまだ雷鳴が響き、けれど辺りは明るい。
「あ……」
雲の切れ間から差し込む日差しの中、ブルーグレーの雲をバックに、雨の中、虹が浮かび上がった。
「これはいい光景だな」
フリックさんのつぶやきに、僕はうなずいた。
――変わりゆく空。一瞬の鮮やかな光景。
前方から雲が切れ始め、雨上がりの冷気を含む風が吹く。
日差しの中を降りおちる雨に空を見上げて、不思議に心晴れる。
嵐の後、雲の切れ間から差した光と虹。
暗闇が明ける。
僕が、ふとデュオンさんを見ると、彼は不思議な表情をしていた。
空を見上げて、どこか哀しげな、それでいて――何か満足したかのような。
デュオンさんは頭からバンダナを外して、緊張が解けたように、眼を閉じた。
……何かを悼むような、あんな表情、初めて見た。戦闘の後、ただ息をつくのとは違って。何だか、彼が泣いているように思えた。
城に引き上げた後、デュオンさんは、フリックさんとビクトールさんを呼びとめた。
「二人とも……ありがとう」
「「え？」」
二人が聞き返すより前に、彼は歩き去って行く。
「何だぁ？」
「……礼を言うのはこっちのような気もするけどな」
ビクトールさんとフリックさんは、意味が解らないといった様子だ。
「素直に受けとけば？」
「わっ」
いきなり背後で投げやり気な声がして、傍にいた僕も、二人と同時に振り返った。立っているのは、緑の法衣を着た魔法使いの少年。
「ルック！ お前いつの間に背後に――」
フリックさんの言葉を遮るように、ルックは続けた。
「どうせあの時の礼だろうし」
「あの時？」
フリックさんが聞き返す。
「解放戦争の時だよ」
「え」
「あんた達が曲がりなりにもアイツを守ったからだろ。色んな意味でさ」
「けど、何で今、ここでなんだ？ あいつが戦場に来たことと、何か関係あるのか？」
フリックさんが問うと、ルックはかすかに物憂げな顔で言った。
「あいつが雨の日に守れたことなんてなかったからじゃない？」
「え？」
「親友殿と別れた日も、嵐みたいな雷雨だったらしいよ」
「「！」」
二人は何かに思い当たったように固まった。
「デュオンさんの親友？」
「ああ」
僕はルックの言葉に、何となく納得した。
「そっか……だから来てくれたんだ……」
そして、あの不思議な表情。僕には詳しいことは、何も解らないけれど。今回守れたものへの安堵と、かつて守れなかった哀しみが、デュオンさんの中に去来していたのかも知れないと思った。
「ま、少しは吹っ切れたんじゃない？ 今まで礼どころじゃなかったんだろうし」
ルックはどうでもよさそうに、そう言葉を放った。
「そう言えば、フリックさんやビクトールさん達のことも死んだんじゃないかと思ってたって言ってたし……本当にそれどころじゃなかったんだろうな……」
僕はふとそれを思い出し、うつむいてつぶやいた。当事者二人はウッと声を詰まらせ、気まずそうに顔を見合わせる。だけど僕は気にせず、窓から眩しいほどの空を見上げて、言葉を続けた。
「でも、デュオンさんにとって、いい方向に変わるといいよね」
嵐が明けた、虹のように。
「……ああ」
「そうだな」
フリックさんとビクトールさんも、気を取り直した様子でうなずいた。