お約束。～真実？～
強い風と同時に視界が揺らぐ。
「おわっ……と、移動したのか」
ルックが魔法を発動した一瞬の後、僕の屋敷だと言う場所まで来ていた。
思わず辺りを見回していると。
「前の君なら当然知ってたけどね」
ルックが冷ややかな声と共に踵を返した。
「あ、待てって！」
勝手知ったる人の家とばかりに、ルックはすたすた屋敷の中に入って行く。
そして僕の自室に入ると足を止めた。
「じゃ、手っ取りばやく行くけど、あんたの右手にあるのが、
世界の根源に関わる力と言われる二十七の真の紋章の一つ、
――生と死を司る紋章。通称ソウルイーター。――ここまではいい？」
振り向きざまルックはそう訊いた。
その言葉にゆっくりとうなずく。
「――ああ、宿主の身近な者の魂を取り込む 呪われた紋章だって言うのは、本当のことなのか？」
「本当だよ。あんたは既に何人も喰らってるだろ。覚えてなくても」
あっさり言われた、ルックの言葉に、何となくギクリとした。
既に何人も喰らってる？
「え」
前の僕が――いや、同一人物なのだが――今の僕より凄くて固くて苦労人そうなイメージだ。
「それから、コレが」
ルックがぞんざいに指したのは、壁にかかった例の少年の肖像画だ。
「あんたの親友殿で、その紋章の前の持ち主だ」
「――前の持ち主？」
「そうだよ」
ルックが近づいて僕の目を覗き込んだ。
瞳に少しだけ意地の悪そうな光が宿っている。
「その親友殿も、あんたの父親も、あのグレミオって付き人も、その右手の紋章が喰らったんだよ」
「！！」
何だって？
「え、でもグレミオはそこにいるだろ？」
思わずそう返すと、ルックは面倒そうに息をついた。
「詳しいことは本人に訊けばいい。僕はあれが死んだ時いなかった」
「――そうなのか？」
急に言われても、判断に困るが。一体どんな状況だったのか。
「だがあれは、間違いなく一度死んでるよ。何の因果か、戻って来ているけど」
ルックの言葉に、僅かに首を傾げた。
「酷くあっさり言うけど……そんなことあり得るのか？」
「集った百八星と、レックナート様の門の紋章の力だよ」
「百八星？ レックナート？ 門の紋章？」
「……」
立て続けに聞き返すと、ルックは重いため息をつき、乱雑に言葉を並べた。
「門の紋章は二十七の真の紋章の一つで、レックナート様は僕の師匠で、百八星ってのは――歴史が動く時に集う、百八の宿星を宿す仲間の事だ。
ちなみにあんたは前の戦いで、天魁星――星主だった。今のリアンと同じく」
「リアンが？」
「ま、簡単に言えばリーダーってことだろ」
「あ、そうか……」
――何だか一遍に色んなことを言われて理解しきれない。
「えっと……何の話だっけ」
「……」
凍った視線が返った。
「いや一遍に色々言われたから、ちょっと混乱した」
この際、グレミオが戻ってきた云々と言う辺りは少し置いておこう。
問題は、この手に宿る紋章が、周囲の人間の魂を喰らうと言う所だ。
「で、ルックはこの紋章のことで――僕があの城に来るのを反対してたのか？」
「客のせいで味方が減ると面倒だからね」
「だったら、何でそう言わなかったんだ？」
そう問うと。
「こんなくそ面倒臭いこと、何で僕がわざわざ説明してやらなきゃならないんだ……！」
もの凄く忌々しそうな視線が返って来た。
……確かに、ルックは説明するのがもの凄く面倒臭そうだ。
「……それは、悪かった」
他のみんなも、僕の過去についてはあまり言いたがらなかったけど――ルックのは少しばかり理由が違うみたいだ。
訊いてみるのもいいかも知れない。
「――ルックは僕が旅に出た理由とか、知ってるのか？」
すると、斜に構えた視線が返った。
「その紋章じゃない？ 本当の理由なんてあんたしか知らないけど、確かめたいことがあるとか言ってたよ。
何かは知らない」
その言葉に、微かに納得して息をつく。
「――本当に、前の僕と君は親しかったんだな」
訊いた答えがすらすら返ってくる。
「何でそうなる訳。兎も角、今のあんたに来られるのは迷惑なんだよ」
「けど、ここにいても同じことだろ、解決にはならない」
ルックは面倒そうに、言葉を紡ぐ。
「だったらさっさと記憶を戻すんだね。直に再調査があるだろ。接触して取り戻すしかないんだ、張り切って盾になれ」
「――何だ、最初からそう言えば良かったのに」
少し、肩の力が抜けた。
別に恨んでて死ねばいいとかって訳じゃなかったのか。
「何が」
「いや、思った程悪人じゃないんだなって」
「ケンカ売ってるのか」
「徒の感想」
「ふざけるな、もういいだろ、帰るよ」
「あ、ルック」
背を向けたルックを呼び止めた。
微かにルックの足が止まる。
「前の僕はこの紋章、制御出来てたのか？ 何人も喰らった、とか言ったけど」
「三年以上前の話だ。――今のあんたよりはよっぽどマシだったよ」
「今の僕じゃ制御出来るようにならないか？」
「今のあんたには無理だよ」
きっぱりと言われた。
「どうして」
「――――」
ルックはどことなく不機嫌そうに押し黙った後。
「――今のあんたは不用意に人に近付き過ぎる」
そう答えた。
「それに紋章の制御も甘過ぎだ。通常紋章さえまともに使えないようじゃ話にならない」
「……何で使えなくなったんだろう。棍とか日常生活のこととかは覚えてるのに」
「知らないよ」
――ルックがどことなく苛立って見える。
まぁ、この状況自体、ルックには不本意なんだろうけど。
「なぁルック、未だ何か気になることがあるのか？」
「何が」
「何か、機嫌悪いし――あ」
ぽんと手を打つ。
「もしかして忘れ去られたことを怒ってるとか、今の僕があまりに体たらくだから気に食わないとか」
「確かに今のあんたは気に入らないよ」
「……」
まぁ態度からしてそうだろうとは思ってたけど。
「けど、前のあんただって同じさ」
「え？」
だけど、崖から落ちた時に垣間見えた言葉と視線からは、僕を気に入らないようには思えなかった。
今ある棘がないどころか、どこか親しみさえ感じられたのだから。
「自覚があるかないかの違いだけだ」
「……」
その違いだけでそんなに態度が変わるものなのか？ そう考えているとルックは言葉を続けた。
「だがそれが大問題な訳さ」
大問題……。自覚が？
「自覚を持つ――それが難しいって言うのか？ ――どうあっても今の僕では駄目だと？」
そう言うと、意外なことに彼は少し視線を眇めて。
「……さぁ？ 徒、紋章が制御出来ないのは、あんたが忘れてるからだ。
逆に、制御出来るとしたら、それは既に今のあんたじゃない筈だよ」
どことなく意味深なセリフだ。
「どういう意味だ？ ――お前、何を知っているんだ？」
そう訊くと。
「記憶がない今のあんたじゃ、その紋章は制御出来ないってこと、それだけさ」
――今イチ、要領を得ないな。
「記憶がなければ、この紋章が危険だと知っても――自覚しても駄目だと言うのか？」
「……」
ルックは僅かに嫌そうな表情を見せた。
自覚とは――そう言うことじゃないのか？紋章を制御するために必要な物――それは何だ？
それを知りたくて、言葉を重ねた。
「僕は、何を忘れているんだ？」
ルックは一瞬だけ、睨むように視線を向ける。
「――全てを」
真剣な声音で、それだけ言うと、今度こそルックは出て行った。
お約束。～決意？～
ルックと話して間もなく、城から再調査の連絡が来て出向いた。
結局グレミオには『一度死んでるなんて本当か？』とも訊けず、そのままになっていた。多分記憶が戻れば解ることだろうし。
「――ルックとは話せた？」
フッチが近寄って声をかけて来た。
「ああ。よく解らない所もあったけど」
「何て言ってた？」
「今の僕じゃ無理だから記憶を戻せってさ」
「そうか……」
フッチは少し硬い表情を見せた。
僕は少し視線を落としてひとりごちる。
「けど何か変だったよな。肝心なこと、言わなかった気がするんだ」
「肝心なことって？」
「僕が何を忘れてるのか……紋章を制御するのに必要な何か……
それが何なのか、知ってるっぽかったんだけどな」
「うーん……何だろう」
フッチも考える表情。
「まぁ、説明するの随分面倒臭そうにしてたから、嫌だったのかも知れないけど」
「あー……それはあるかも……」
今回随分強引な手を使ったことだし。
「兎に角、取り戻してみるしかないんだろうな。――行こう」
「デュオン」
フッチに呼びかけられて、振り向く。
「ん？」
「僕は――」
フッチは一度、言葉に迷ったように言葉を止めた後。
「……ルックは、君の記憶が戻ったら、今の君じゃなくなるって思ってるみたいだけど……。僕は、そんなことはないと思う」
真っ直ぐに視線を上げて、そう言った。
「そっか、……ありがとう」
少しだけ、気が軽くなる。
――逃げる訳には行かない。
なくした過去や、知らない真実。
今の僕の気持ちで、向き合うと決めたんだ。
だから――行こう。
お約束。～交錯？～
それは、一瞬。
不意に過ぎる魔法的な気配に、考えるより先に飛び出した。
だが。
『嫌～～～～っ！！』
「！？」
大気を震わす声と共に、それは僕を避けた。
そして、ルックの張った魔法障壁を、まるで何もないかのようにすり抜け、リアンへ向かった。
「リアン！」
手を伸ばした。
だが、その手が何かに触れるより前に。
「！？」
衝撃と共に、意識が白――いや、何かの色に染まった。あの気配に触れていないのに――なぜだ？
疑問もとまどいも一瞬で消して、去来する〝何か〟に意識を凝らす。
あれは……赤？ 夜？
何かが――見える――？
「――――」
急激に襲い来る〝何か〟に意識が塗り潰され――意識が、途切れた。