お約束。〜閑話休題？〜
「デュオンさん、戦い方とか、紋章の使い方なんかは覚えてます？」
再び城を訪れた僕は、リアンの言葉にちょっと首を傾げた。
「どうかな、やってみないと」
「そうですね。手合わせお願いします」
「うん」
握った棍は、しっくりと手に馴染んだ。
「――ありがとうございました！」
一試合終えて、軽く息を上げたリアンが微笑む。
「大丈夫そうですね。紋章の方は僕は詳しくないから……どうしようかな」
ちょっと首を傾けながら。
「取りあえず、今何宿してます？」
リアンの言葉に、両手の手袋を外した。
「――？」
左手は、水……いや、ちょっと違うな。
「流水ですね」
リアンが言う。だが、気になるのは――右手。
手袋の下にさらに包帯が巻いてあり、それをほどくと。
赤黒い、鎌のような形をした、見慣れない紋章が刻まれていた。
「これは――？」
「それは、デュオンさんの固定紋章ですよ」
リアンが僕の右手を取る。
「覚えてないんですね」
「……そうみたいだ」
そう言えば、ずっと手袋を外さなかった。何だか着けてるのが当たり前のような気がしていたけど……。無意識に避けていたのだろうか？
「僕の、右手と同じです。……僕のは半分ですけど」
そう言って見せてくれたリアンの右手には、僕のとは違う、光の盾のような紋章があった。
「同じ？ ――半分？」
「ええと……同じって言うのは、同じ紋章って意味じゃなくて、同じように特殊な紋章って意味です。
半分って言うのは、この紋章は、元々一つだった紋章が、二つに別れて、これはその片割れ……らしいんです」
リアンの表情が、僅かに影った。
「リアン？」
「……デュオンさん。僕は……あなたがいてくれて良かったと思ってます。あなたの記憶があってもなくても。――勝手、ですよね」
少しだけ、張り詰めて見える。
「……辛いことが、多いのか？」
そう訊いてみると。
「……解りません」
「解らない？」
僕は少し首を傾げた。
すると、リアンが説明を始めた。
「あなたが僕のせいで記憶をなくしたのは、辛いことです。でもあなたは変わらない。だから解らなくなります。
他の人達もそうなんです。辛いことがあっても、みんな変わらず優しいから……」
「僕のことは気にしなくていい」
「……」
「僕は、気にしていない」
「……」
リアンは徒、沈黙を返した。
「きっとみんな、君が大事なんだろう。――リーダーと言う意味ではなくて」
そう言うと、リアンが微笑んだ。
「ありがとう、デュオンさん」
「いや、別に」
その真っ直ぐな微笑みに、何となく皆がリアンに集う理由が解るような気がした。
「……で、ちょっと流水の方、使ってみてくれます？」
「あ、ああ」
左手に意識を集中してみる。
「お……っと」
周囲に霧が出現する。だが……均一には広がらず、かき消えてしまった。
「不安定……だな、何か」
「でも使えてはいますから……」
「前もこんなだったか？」
そう訊いてみると、リアンは首を横に振った。
「いいえ、上手かったですよ。すごく安定してたし」
「そうか……」
前と違う……使い方を忘れてしまったということか？
「感覚が戻れば普通に使えるんじゃないかな。心配ならそれまで、負担が少ない下位の水紋章で練習するとか」
「そうだな、ちょっと練習するか」
そう言うと、リアンはうなずいた後でつけ足した。
「はい。あ、感覚が戻るまでは、右手は使わない方がいいと思います。難しいですから」
「解った」
僕はすぐに了承した。
紋章を一時的に付け替え、会議に出ると言うリアンと別れて、一人で練習していると。
「デュオン？ ……何しているんだ？」
顔を出したのは、フッチだった。
「フッチ。――紋章がイマイチでさ。練習してる」
「付き合おうか？ 今暇だし。僕もあんまり得意な方じゃないけど」
「助かる」
フッチに向かって回復魔法を試す。
「ホントだ。ちょっとムラがあるかも」
「だな。気が散ってるのかな」
「一点に流れるようにイメージしてみたらどうかな」
「よし、もう一回」
しばらく練習すると、レベル一の回復魔法は大分スムーズに出来るようになった。
お約束。〜不協和音？〜
僕は、僕が記憶をなくしたという場所への、調査隊に同行した。
僕は覚えていないが、その時と同じメンバー編成らしい。その中には、あの態度の悪い魔法使いの姿もあった。
彼はいかにも不機嫌そうに、リアンに告げた。
「僕は、あんたが行くのは反対だよ。あれはあんたを狙ってた様に見えた。あんたがパーになったら、こいつより面倒だ」
と、僕の方を指した。
それに対してリアンは。
「けどルック、他の人達じゃ見付けられなかったんだから。僕がいれば出て来る可能性はあると思うよ？」
「そうまでして探したい訳？」
冷めた声は、どこか人を小馬鹿にしたような響き。
「うん」
リアンの答えに、彼は嫌そうにため息をついた後。
「――あんたが決めることだけどね。もし出たら、そいつを盾に使いなよ。これ以上パーになりようがない」
と、僕に斜に構えた視線を投げた。本当に恨みでもあるんじゃなかろうか。
「お前っ、よくも……」
サスケが食ってかかる。
「僕は当然のことを言ってるだけだよ」
凍った視線が迎え撃つ。――って言うか、何で魔法体勢にまで入ってるんだコイツ。
「うーん……」
リアンは困ったように呻くと、ルックに向かって。
「ルックはあれに心当たり、ある？」
「ないよ」
構えを解くルックに、軽く息をつくサスケ。
「じゃあ、何か気になることがある？ 何だかいつもと違うよ」
リアンの言葉に、彼は素っ気なく言う。
「僕は徒、今のこいつをここに置くことにも、君がパーになることにも反対なだけだよ。面倒だからね」
「……」
リアンはちょっと納得行かなそうに沈黙した後。
「心配してくれてるのは解るよ」
ルックにそれだけ告げて背を向けた。
リアン――一見、子供っぽく見えるけど……大物だ。
道中、横を歩いているフリックに、ふと訊ねてみた。
「なぁ、フリック。三年前、一緒に戦ってたって言ってたよな」
「ああ」
「その時の僕って、どんな感じだったんだ？」
「それは……」
フリックは複雑そうに言い淀んだ。
「……もしや、とんでもなくダメだったとかか？」
「いや、そうじゃない！」
慌てて否定された。
「いや、言い辛そうだから、つい。――革命が成功してるなら、そこまで駄目ではなかったんだろうとは思うよ」
フリックは、仕方なさそうに肩の力を抜くと、切り出した。
「……俺は、本当はお前にあの国を継いでもらいたかった。だから、複雑なんだよ」
どこか、拗ねた様な口調だった。
「僕は、どうして旅に出たのか、フリックは知ってる？」
リアンは知らないと言っていた。
「……正直、俺には聞いても良く解らなかった。お前が国を出る事自体、俺が認めたくないことだったからかも知れない。――悪いな」
「フリックって……」
思わず言いかけて、止めた。
「何だ？」
「いや、ちょっと」
僅かに眼を逸らせた。
「何だ、気になるだろ」
「……案外、子供っぽいな」
視線を合わせ、正直に告げると。
「なっ……！」
怒ったように絶句された。
「悪い意味じゃないよ。反応が素直って言うか……。だから、見知らぬここでも、信用する気になったんだ」
「デュオン……」
怒りは消え、今度は微かに驚いた風に静かにつぶやく。
本当に解り易い。
「何て言うか……昔の僕のことは、お前には話し難いことなんだろ？」
フリックにそう言うと。
「いや、まぁ……俺だけじゃないかも知れないが」
「？ どういうことだ？」
「……デュオン、お前、今辛くないか」
「――そうでもないけど？」
とまどうことはあるけど、別段辛くはないと思う。
フリックは少し遠く見るような視線で。
「昔のお前は、傍目から見ても苦労してたからな。俺はあまり、あの頃のお前の話を、言いたくない」
その言葉に、少しだけ微笑む。
「フリックって、いい奴なんだな」
「おだてても何も出ないけどな」
「本気だよ」
「そうか……」
フリックはため息のように告げる。
赤月帝国の革命の時、僕とフリックに何があったのかは知らない。
だが、昔の僕は、不幸だったのだろうか？
それとも……。