お約束。〜原因？〜
魔法の専門家の見立てによると、
僕の記憶は、ショックで回路が飛んだ訳でも、魔法で封じ込まれた訳でもなく、『抜き取られた』らしい。
つまり、仕かけた相手を見付けて取り戻さなければ戻らないということだ。
しかも、相手の姿が、誰も見ておらず解らないと来ている。何だかやっかいな状況だ。
とにかく、僕が記憶をなくしたと言う場所への調査の際には、僕も同行すると言うことで同意した。
「しっかし、お前の記憶がないことが知れたら、あいつなんか大騒ぎだろうな」
フリックの言葉に耳を留める。
「あいつ？」
「お前の家の連中だよ」
家、か。
「そう言えば、僕の家族構成とかは……？」
そう言うと、フリックは言い辛そうに眉を顰（しか）めた。
こいつ、本当に全部顔に出るな。
「お前の家は、トラン共和国が赤月帝国だった時代からの将軍家で、家族同然の住み込みの部下と付き人がいるが、
血筋と言う意味では……お前一人だ」
「……そうか」
こいつがそんな顔する必要はないと思うが。
「で……軍師殿はどうする予定なんだ？ 黙っておくのか、さっさとバラして協力を仰ぐか」
「お前がここに長く留まることはなかったからな。直ぐに戻らない以上、隠し通すのは難しいだろう。下手すると乗り込んで来そうだからな」
「……そうなのか」
一体どんな部下達なんだ。
「ま、最初は驚くかも知れないが、あまり気にするな」
「……頑張るよ」
フリックの言いように、色々と訊きたい点はあったが、
取りあえず、そう答えた。
お約束。〜再会？〜
「ぼぼぼ坊ちゃん！ 記憶をなくしたって本当ですかどこか他におかしい所やお怪我はありませんかお城から連絡が入ってグレミオはもう〜心配で心配で――」
僕の家だと言う屋敷に着くなり、金髪を後ろで束ねた青年が飛び出して来た。
……成程、フリックが言ってたのはコレのことか……。
「あの、本当に済みませんでした！ 僕のせいで……」
その勢いにタイミングを逃がしかけていたリアンが、深々と頭を下げる。
「ああ、いえ、リアンくんが悪い訳ではないのですから……けど坊ちゃん〜」
「……大丈夫だから」
むしろあんたに訊きたくなる位だ。
「本当ですか？ 坊ちゃんに何かあったら私は〜」
延々続きそうだな……どうしたものか。
「グレミオ、坊ちゃんが困ってるじゃないか。いいからあんたはお茶でも入れてきなよ」
しっかりした口調で、髪の短い女性が割って入ってくれた。
「あ、ああそうでしたね、では坊ちゃん、また後で」
慌ただしく、青年が台所らしき方へと去って行く。
その足音が消えやらぬ内に。
「坊ちゃん、大丈夫ですか！」
「うおっ」
ガタイのいい男が出現してボディアタックを喰らった。
「パーン、お前も落ち着け」
女性が呆れ口調で突っ込みを入れた。
「しかし……」
「もうじき食事だぞ」
「何！ 本当だ！」
パーンと呼ばれた男はあっさり台所の方へと去って行った。
何だったんだ一体。
「……驚かれたでしょう」
苦笑気味にこちらに視線を向ける。
「……ああ、まぁ少し。えぇと」
女性の名を呼ぼうとして逡巡すると、察した様子で。
「クレオです」
「クレオさん」
「クレオ、でいいですよ、坊ちゃん。私とパーンは、元々、あなたの父上の部下で、このお屋敷に住み込みだったんです。
現在は私がこのお屋敷の管理を預かっています。グレミオはこの家の使用人で……あなたの付き人です」
「……成る程……」
どうにも過保護な感じがすると思ったが。
「その、いつもあんな感じなのか……？」
思わず台所の方を指さして訊ねると、クレオは少しため息をついて。
「残念ながらその通りですね。今回はいつにも増して、と言う感じも少々ありますけど、
特にグレミオはあなたが小さい時から付き人をしていましたから……」
「そっか……」
普段も大して変わらないらしい。
「……それで、坊ちゃんは記憶をなくされて、それ以外に異常はない……と言うことでよろしいですか？」
僅かにクレオの言葉に真剣味が増した。
「ああ」
「そうですか」
僅かに表情が影っている。
「済まない」
心配を、かけたみたいだ。
「無事なら、いいんですよ」
クレオは表情を緩めて微笑んだ。何となく、近しい存在だったのだろうと感じる。
それにしても、まともに会話が出来る。素晴らしい。
「本当に、ごめんなさい」
リアンの言葉に、クレオは軽く笑って、
「いいんですよ、坊ちゃんのご意志でしょうから。――違いますか？」
と僕に振った。
「ん、違わない。多分だけど」
そう、覚えていないけど、多分。
「では、行きましょうか。グレミオは料理の腕は良いんですよ」
「解った」
「うーん」
食後、僕が使っていたと言う、自室に案内されて一息。
僕はぐるりと辺りを見回した。シンプルな室内。
壁には僕と同じ位の年齢に見える少年の肖像画が一枚。額の中から、明るい茶色の髪の少年が、こちらを見ている。
……誰だろう。
僕が覚えていないだけで、どこかの有名な人物なのか、それとも僕の個人的な知り合いか、この家の身内か。自室に飾ってあるのだから、個人的な思い入れがあって、飾ってあるのかも知れない。
そう思って眺めてみる。
「…………解らん」
何も思い出せないことを、ため息ごと保留して、自室を漁ってみることにした。
棚とベッドと……あれ？
一カ所だけ、開かない引き出しがある。鍵、かかってるな。
「鍵、どこだろうな……」
多分、自分でどこかに置いたのだろうが、覚えていないのだから困った。自分の物だからと言って、叩き壊して開けると言うのも、ちょっと気が引ける。
「……後で誰かに訊いてみるかな」
自分でかけた鍵の場所を訊くと言うのも、少々きまりが悪い気がするけれど。
一通り探しても、見当たらなければ訊いてみることにするか。