お約束。～日常・２？～
リーダーがモグラスーツ一式で場内を闊歩するようになった頃。
ルックはキレた眼でつぶやいた。
「もう、一刻の猶予もないよ」
「……そのようだね」
（ルックにもな）
彼を見た誰もが心の中でつぶやいた。
「君がもう待てないと言うなら、僕も動こうか」
「ん？」
「――記憶、戻すんだろう？」
「！ ――」
デュオンの申し出に、ルックは逆に苦く眉根を寄せると、ギリ、と奥歯を噛み締める。
一拍近い間の後。
「いーからあんたはあの馬鹿軍主の首根っこひっ捕まえときなよ！ これ以上恥さらす前にっ！」
ルックの怒声が響いた。
その言葉に微かに眼を見開いたデュオンは、僅かに口の端を引き上げて言う。
「……やっぱり、ルックは良い奴だな」
「はぁ？」
嫌そうな呆れ口調に、デュオンは緩く頭を横に振る。
「――いや、君の仕事は信用してる。けど、リアンも見た目よりはずっと色々考えてる。
――大丈夫、ちゃんと進めるさ」
その明るさを秘めた言葉に、ルックはジロリとデュオンを横目で見遣って。
「あの惨状見て、よくそんな脳天気な結論が出せるものだね」
「――前向きでなきゃ、ここには来ないさ」
過去と今を示すデュオンの言葉。
ルックは張り詰めた鋭さを、僅かに呆れた雰囲気に変えて、小さく息をついた。
「――ったく。……言っとくけど、軍師殿が戻すって言ったらそれ以上待たないよ」
それはつまり、自分はもう少し待つと言うこと。
「ああ」
デュオンは言葉少なに応じる。
「じゃあね」
ルックは多少気が削がれたと言ったように言い捨てると、立ち去って行った。
お約束。～水面下の人々・３？～
デュオンは一人、ハイランドを訪れていた。
「あなたは知っていたんですか、その……リアンの状態を」
久々に逢った気がする相手……ジョウイは、鋭い眼差しで遠回しにそう訊いた。
「……リアンの前は、僕が記憶喪失だったからな」
「――あなたが？」
意外だと言うようにお茶を差し出しながらジョウイが聞き返す。
「そう、知らなかった？」
「……ええ」
「そう言う訳でしばらく来られなかったんだ。済まなかったな」
軽く謝ると、ジョウイは他に気になることがあるようで、少し考え深げにつぶやいた。
「いえ、それは構いませんが……」
そんなジョウイに、デュオンは言葉を続ける。
「君が既に知ってることを隠す気はないけど、スパイみたいな真似はしないよ。
君はこれを知ったことで何か変わるのかな」
「どうでしょう、僕の目指す理想は一つ。それは変わりません」
それは、皇王としての言葉だ。
「そうか。難しい立場だが、一つだけ言っておくよ」
「何ですか」
「リアンは、リアンのままだよ。本質は変わってない」
「そう、ですか」
「あくまで、〝記憶がない〟だけだ。僕とは違う」
「マクドールさん？」
「いや、済まない忘れてくれ」
だがジョウイは、少し考えた末、口を開いた。
「あなたは記憶をなくしてた間に、何かが変わっていたのですか？」
その質問にデュオンは少しだけ沈黙した後、答えた。
「……生まれも立場も〝心の影〟も知らない、徒の少年になっていたと思うよ」
「……そうですか」
ジョウイはそれ以上訊くことはしなかった。