お約束。～幸せの定義？～
三度目の正直。
リアン達一行は再び森へと踏み込んだ。
ルックの装備はいつものロッドではなく、星辰剣（夜の紋章）を抱えており、リアンがその時皆から紹介してもらった所持者のビクトールは元の剣に戻していた。
結局、例の湖の〝力〟については詳しくは解らなかったが、ルックはその記述から何かに気付いた様子で、リアンに破魔の紋章を付けさせ、〝最後は君次第だよ〟と言ったのだ。
ルックには何か考えがあるらしい。
リアンはそれを聞いて、デュオンの方を振り向いて訊いた。
「……僕に何か出来ると思いますか？ その子のために」
デュオンは顎に軽く手を当てて答える。
「確約は出来ないけど……記憶を狙われた君だからこそ出来ることもあるかも知れないね」
その言葉にリアンは何やら考え込んでいたが、やがて心を決めたように顔を上げたのだった。
ちなみにルックのロッドはトンファーと一緒にリアンが抱えていた。物理攻撃の効きにくい相手なのでこれでも良いらしい。
『きゃぁぁーーーっ！』
デュオンに追われて光球がやってきた。不本意な顔をしながらもデュオンは光球を追い込んで行く。
どうやらルックの推察通り、デュオンの記憶が戻った今でも、デュオンの記憶が気に入らなかったことは覚えている様子だった。
光球がルックの領域に入った。
「夜の紋章の化身、力を借りるよ」
ルックは横凪に剣を払った。離れていても余波が半円状に広がって行く。
「他人の記憶で幸せになろうとか甘いんだよ！」
ルックの視線は怖い程真剣だ。
『い、いやぁ！』
星辰剣が見せるのは過去の己の忌まわしい記憶。だが真実の記憶だ。光球は身もだえながらリアンの方へ進む。
「リアン！」
デュオンが声をかける。
リアンは逃げない。受け止めると決めたから。踏みとどまり、正面で待ち受ける。
そして――辺りが光に包まれた。
――普段の紋章の発動とは違う。輝いているのは、右手だけじゃない。
「これは……！ 盾と破魔の合体魔法……！？」
デュオンが気付いた様子でそれを見つめる。
「リアンらしい、応えだな」
デュオンは納得したように、微笑んでつぶやいた。
そう、恐らくあの光球は、湖の〝力〟によって、精神体となり、永い時を生きて来たのだろう。その本来の姿を、リアンは取り戻そうとしている。
光の中、ルックがデュオンの横に立ち、視線は前に向けたままで、訊ねる。
「――本当は、どっちが良かった？ 記憶がないのと、あるのとさ」
デュオンも視線はリアンに向けたまま、少しだけ重い口を開いた。
「君が思うほど、忘れても幸せなだけじゃなかったし、思い出したからって不幸な訳じゃない」
「答えに……なってないよ」
その言葉に微かに苦笑して言い直す。
「忘れる前の僕より、忘れていた間より、今の僕でいい。
それに……忘れていたお陰で、色々取り戻した気がする」
「何をさ」
「忘れていた気持ちとか、新しい思い出とか。
――忘れるってさ、逃げるとかじゃなくて、何かが増えるのかも知れない」
そこまで言って、デュオンはくすっと肩を震わせて笑いを堪えた。
「――まさか、パーになると、あそこまで君の言動が気に障るとは予想外だったけどな。
――見方が変わって面白いよ、ルックもやって見る？」
「――遠慮する」
「そうか」
デュオンは大して気にしていない様子で、軽くうなずいた後、ルックを見据えた。
「――大丈夫、君は記憶のない僕を殺してなんかいない。気にするな」
その言葉に、ルックは僅かに眉を潜めた後、視線を反らした。
「！ 別に、気にしてなんかない」
「そうか、ならいいんだ。――君は、記憶のない僕の方が、やっぱり嫌いか？」
「別に――どっちも同じだって言ったろ」
「そうかな」
デュオンは薄く微笑んだ。
一方リアンは光球に向かって優しく声をかける。
「大丈夫、誰も君を傷付けない。――もう誰も君を傷付けられないから。――僕の記憶も忘れなくていいよ」
「――」
「僕も思い出したから……君にも覚えていてもらえると嬉しいな。皆、大切なんだ。君にも幸せな記憶がある筈だから……ね？」
リアンの優しさに触れた光球が、透けた幼い少女の姿に変わり、瞬いてリアンを見つめる。ようやく本来の姿と記憶を取り戻したのだろう。
「行き先――解る？」
すると、ぱぁっと光が広がり、少女の幻影がふわりと微笑んだ。
そして大気に溶けるように上の方に消えていった。
「いつまで続くんだろう、こんなこと……」
それを見送ってぽつりとつぶやくリアンの言葉が地面に落ちた。
その背中に、フッチが声をかける。
「でも、リアンさんがいたから、あの子は笑ってくれました。……そうでしょう？」
「そうかな……うん」
リアンは僅かに納得した様子で、微かな笑みを見せる。
ルック、ビクトール、リアンの三人は武器を元に戻した。
そして、リアンがデュオンの所に走り寄って来る。
「あの、デュオンさん、今回は本当に――」
デュオンは首を大きく横に振ってその言葉を留めた。
「謝らなくていい。前の僕も言ったと思うが――今回はお互いさまだ。その言葉はルックに言ってやってくれ」
「――はい。……あの」
「何だ？」
「記憶がない間に言った言葉って、今も未だ有効でしょうか？」
「どの言葉？」
「――デュオンさん、一緒にモグラ、叩きませんか？」
「！」
デュオンは一瞬驚くように眼を見開いたけれど。
その表情が、ふっと和らぐ。
「――いいよ、行こうか」
「はい！」
その様子を見て、サスケがフッチに囁く。
「何かあれ、ちょっと〝デュオン〟入ってねーか？」
「そうだね……」
「どっちにしろ俺は記憶がない奴の方が良かっ……」
ちゅどーん。
その瞬間、サスケ達は、いつもより三割り増しの切り裂きに吹き飛ばされた。
その音に、リアンとデュオンが振り返る。
「わ、いつもよりすごい……」
「少し、責任を感じるな……」
デュオンが僅かに困ったようにつぶやく。
「何とか出来ませんか？」
「そうだな……」
デュオンは僅かに視線を落としていたが、ふいに顔を上げた。
「ルック、行くぞ！」
「え？」
デュオンの明るいトーンの声と共に、右手から黒い影が出現し、ルックに向かった。
「！？」
当人達以外は、一瞬息呑んだが。
ぱしっ
ルックは腕の一振りで、その影を振り払っていた。
デュオンはどこか満足そうに、明るさを秘めた眼差しのまま、通る声で言った。
「見ての通り、制御は戻った。安心してくれ」
それを見て、ルックは呆れた風にため息をついて。
「――解ってるよ」
と答えた。
そして、視線をリアンに移す。
「もう、用は済んだろ？ 僕は戻るよ」
「あ、うん、僕達も戻るから。――ルック」
リアンが声のトーンを僅かに真面目なものに変えて、ルックを呼ぶ。
「――ありがと」
「――次はないよ」
そう言うと、ルックの姿は消えた。
デュオンがリアンの横に立つ。
「――もし、また同じことが起きたとしたら、ルックはどうすると思う？」
「うーん、なんだかんだ言いながら、結局助けてくれてる気がする……ルックには悪いけど」
「じゃ、賭けにはならないな」
二人のやり取りを眺めて、フッチがつぶやく。
「結局、どっちの記憶がなくっても、デュオンさんとリアンさんの関係だけは変わらなかったみたいだなぁ」
「んなことより、俺達の扱いは何なんだーっ！」
サスケの叫びが森の空に吸い込まれた。
その後、城内では、ハンマー片手にモグラ叩きにいそしむ城主と英雄の姿があったとかなかったとか……。
fin.