お約束。～夢の人影？～
そこはほのかに明るい場所だった。
灰金の長い髪を後ろで束ね、湖の前に佇む少年。
誰かを待ってるように湖面に視線を落としている。
「あの……こんばんは」
声をかけると、振り向くときひどく驚いた顔をされた。
そして、ため息を一つ。
「リアン……又逢えたね」
彼は少し痛いような微笑みを見せた。
この人も僕を知っているみたいだ。
この質問が誰かを傷つけることは解っているのだけど。僕はそれでも言葉を紡いだ。
「あの……あなたは誰ですか？」
「え？ まさかリアン――僕が解らないのか？」
「ごめんなさい、解りません」
そう言って視線を下げた。
「ナナミのことも？」
「はい」
彼は驚いた様子で、少し心配そうに僕に訊ねた。
「記憶がない……？ 頭でも打ったのか？」
「いえ、『抜き取られた』らしくて」
「抜き取られた……？ 何に記憶を？」
「未だはっきりとは解らないみたいです。みんな頑張って調べてくれてるようなんですけど」
「それで元に戻りそうなのか？」
「それもまだ分かりません」
すると、彼は真剣な表情で僕の肩をつかんで告げた。
「リアン、だったらなおさらエリアース軍の軍主なんて止めて逃げるんだ。ナナミと一緒に」
「どうして……」
「でなければ、僕と君が争うことになるからだ」
「あなたは一体誰なんですか？」
もう一度訊ねると、彼は答えた。
「ジョウイ。ジョウイ……ブライト」
「ジョウイ……ブライト？」
「ああ、この国は一つにならなければ狭すぎる。僕達が戦うのは必須なんだ」
「なんだよそれ……何で僕達が」
「君が同盟軍の軍主で、僕がハイランドの皇王だからさ」
「どうして……あなたは皇王に？」
「――僕にはそれしかなかったからだよ」
「そんな……」
夢は朝日に溶けていく。
もう時間なんだ――。
やけにリアルな感触を残して、僕は眼を醒ました。
お約束。～夢の余韻？～
「リアン、どうかしたのか？」
朝、起こしに来てくれたデュオンさんが、僕を見てそう訊いた。
「夢を――変わった夢を視たんです。ジョウイ・ブライトって人がいて」
「――ブライト……。そうか、あの子と逢ったのか」
「あの子？ 知っているんですか？」
思わずベッドの上からデュオンさんを見上げると、彼はうなずいて。
「ああ。――あの子は何か君に言っていたかい？」
「僕とナナミに自分と戦いたくなければ僕達に逃げろと」
「成る程な……」
考え深げにつぶやいたデュオンさんに、僕は問いかけた。
「あの、ジョウイって人、本当にいるんですか？」
「ああ、いるよ」
デュオンさんはあっさりと肯定する。
「デュオンさんはそのジョウイって人と、実際に会ったことあるんですね？」
そう確認すると。
「何度かあるよ。ゆっくり話せないことも多いけど」
デュオンさんは僕の右手をすっと取り上げて。
「この〝輝く盾の紋章〟はね、二十七の真の紋章の一つ〝始まりの紋章〟の片割れなんだよ。
そして、その対になる〝黒き刃の紋章〟は君が夢の中で会った彼……ジョウイが所持している。
〝剣〟と〝盾〟は争うものだと昔話にはあったけど君達はどうかな」
そう言うと、デュオンさんは昔話を教えてくれた。
「２７の真の紋章・生まれいずる」
さいしょに「やみ」があった。
「やみ」は長い、長い時のはざまに生きていた。
「やみ」はあまりに長いあいだ
さびしさの中でで苦しんだために
ついに「なみだ」をおとした。
「なみだ」から二人の兄弟が生まれた。
「剣」と「たて」である。
「剣」は全てを切りさくことができると言い
「たて」はいかなるものにも傷つけられないと答えた。
そして二人は戦うこととなった。
戦いは七日七ばん続いた。
「剣」は「たて」をきりさき、
「たて」は「剣」をくだいた。
「剣」のかけらがふりそそぎ空となった。
「たて」のかけらがふりそそぎ大地となった。
戦いの火花が星となった。
そして「剣」と「たて」を
かざっていた２７の宝石が「２７の真の紋章」となり、
世界が動きはじめたのである。
「君達がどんな路を選ぶのか、今の僕には解らないけど……。
リアン。二つの紋章は繋がっているんだよ」
「繋がって？」
デュオンさんは真剣な眼差しで僕を見詰めた。
「そう、昨夜視た夢は君だけじゃなく、彼も視ていると言うことだ。
つまり――敵の皇王に同盟軍リーダーが記憶喪失だとばれたと言うことでもあるんだ」
「あ！」
「まぁこれで彼がどう動くかはともかく、そう言う側面もあると言うことは覚えておいて欲しい」
「まずかったでしょうか」
僕の問いかけに、デュオンさんは意外にも穏やかに応えた。
「僕の個人的な意見を言えば、タイミングはともかく一度はっきり逢っておく必要はあると思っていたから、特に何も言うことはないよ」
「はぁ」
それでいいのだろうか。
「まぁ軍師殿には話しておくべきかな」
「はい」
「リアン、その紋章の〝力〟は強い。気をつけることだよ」
「は、はい」
視線を前に向けたまま、デュオンさんが問う。
「リアンはどうして自分がここにいるのだと思う？」
「え、えぇっ？ どうして急に――ええと……」
自分がここにいる理由――？
僕は少し考えた後、
「ここにいる人たちを護りたいから――ですか？ みんないい人たちですよね」
「ああ、でもそれが、ジョウイと戦う理由なのかな？」
「え？ うーん……少し弱いかな……」
考え込む僕に、デュオンさんは訊いた。
「前の君が……何て言っていたか知りたい？」
「えっ解るんですか？」
「本当の気持ちは君しか知らないけどね……」
デュオンさんは少し自嘲気味に微笑んだ。
「教えて下さい！」
真っ直ぐに見詰めてそう言うと、デュオンさんは真剣な眼差しで答えた。
「逃げたくないからって。親友に、ジョウイにだけ辛い立場を任せて自分達だけ逃げたくないからって」
親友……彼が、僕の？
「親友だったんですか？」
「そう聞いてるよ」
「そうですか……」
夢の中で視た彼の様子を思い出す。僕達が戦うことになる、と辛そうに言っていた。
「納得、出来た？」
「……以前よりは何となく。僕ってきっと大切なものがたくさんあるんですね……」
「……そうだね。でも君にとって一番大切な想いって……何なのだろうね……」
そうつぶやいたデュオンさんは何だか少し寂しげに見えた――。
「あの、記憶喪失については何か解りました？」
話題を変えてそう訊いてみると、デュオンさんは少し悩んだ様子を見せながら答えた。
「うーん、未だ解らないことは多いけれど、本体の意識はどうやら幼い女の子みたいだね」
「幼い女の子……？ でも、どうして記憶を？」
そう疑問を口にすると、デュオンさんは遠くに視線を向けて言葉を紡いだ。
「大分昔の話だと思う。その子のいた村が滅ぼされて……その時のなくしたかった記憶の代わりに、幸せな記憶が欲しくて、探してたみたいなんだ」
「そんな……。辛い、話ですね」
僕が眉を寄せてそうつぶやくと、デュオンさんは微かに微笑んだ。
「君は優しいね。僕は、必要ならば、大事な人達さえこの手にかけてしまった軍人だから。僕の記憶はその子の気に入らなかったみたいだ。でも君は……僕とは違う」
僕は、そんなことを言うデュオンさんの眼差しを真っ直ぐに見つめて。
「そんな言い方……しないで下さい。何だか哀しくなります。デュオンさんも、優しい人じゃないですか」
「……ありがとう、ご免ね、リアン」
そう言って僕の頭を撫でたデュオンさんの微笑みは、哀しみや辛さをこらえているようで、何だか酷く大人びて見えた――。
デュオンさんに、本当に笑って欲しいな,、と思いながら。 僕は、その子のために何が出来るんだろう――？ そんなことを考えていた。