お約束。～知ってる筈の人々？～
「……ん？」
――眩しい。
目を開けると、白い陽射しと共に、薄い木目色の天井が視界に広がった。
……未だ頭がぼんやりしてる。ここは……僕、何してたんだっけ……？
目をしばたかせながら、半身を起こすと。
「リアン～～！ 気が付いたの？ お姉ちゃん、すっごく心配したんだからっ！」
「えっ？」
ガシッ！
髪の先が内巻きにツンと跳ねたおかっぱ頭の女の子が凄い勢いでつかみかかって来た。
「もう、だから私を連れてけって言ったのに！
『前と同じメンバーで行くから』とか言っちゃって――」
ガクガクガク。
胸ぐらをつかまれて激しく揺すぶられる。な、何が何だか……。
「あ、あの……？」
そこに、穏やかな印象の医者らしき人が割って入ってくれた。
「ナナミさん、怪我人、病人を揺すってはいけません！ 静かに出来ないのなら、外で待っていて頂きますよ？」
「あ、ごめんなさい」
ぱっと手を放されて息をつく。
その女の子は、ベッドの横に置いた椅子に、決まり悪そうに座り直して。
「でも、私、本当に心配したんだよ？ もしリアンに何かあったらって――」
「あの……」
何だか話が全く付いて行けてないんですけど。
「記憶、ないんだろ？」
涼やかな声が響いた。の前の女の子でも、医者の人でもない。
声をした方を見ると、
部屋の入り口の方に、緑のローブと、額飾りを付けた魔法使いらしい男の子が立っていた。
「えっと……」
とっさに返す言葉に迷っていると。
「自分の名前は？」
斜に構えた視線で訊かれた。
「え……」
さっきから何度か呼ばれてた気はするけど……。
でも、自分の中には、何もなかった。
自分の中に意識を凝らして、その事実に気付く。
「あの……ごめんなさい。記憶……ないみたいです」
「え、ええ？」
声を上げたのは女の子の方だった。
「嘘、お姉ちゃんのこと、忘れちゃったの？」
「ご、ごめんなさい」
「そんなことって……！」
又しても声が大きくなって来たその女の子の肩を、
青いマントとバンダナを着けたお兄さんが、ぽんと軽く叩いた。
「ナナミ、気持ちは解るが、少し落ち着け」
「だって……う～～」
ナナミと呼ばれた女の子は、不満そうに呻いた。
「じゃ、僕はアイツを連れて来るよ。軍師殿にも言われてるし」
その騒ぎを全く気にしていない様子で、魔法使いの男の子があっさりとそう告げて、背を向けた。
「……アイツ？」
解らなくて訊き返すと、青マントのお兄さんが気付いた様子で。
「ああ、後で紹介する。そう言えば、自己紹介が未だだったな。
お前の名はリアン。こっちがお前の姉ナナミ、――血は繋がっていないがな」
（え？）
微かな疑問を感じたけど、紹介は続いてたから、取りあえず全部紹介してもらってからにすることにする。
「今出て行った魔法使いがルック、こっちが医師のホウアン、で、俺はフリックだ。改めてよろしくな」
（えっと、こっちがホウアンさんで、フリックさん……）
頭の中で繰り返しながら、それぞれの顔を覚えようと視点を一巡り。
「あ、はい、よろしくお願いします」
フリックさんに、ぺこりと頭を下げてから、改めて、ナナミと呼ばれた女の子の方を見る。
「あの、血が繋がってないって――」
「もう、それでもお姉ちゃんは家族なの！」
怒ったように怒鳴られる。
「え、そう言うことじゃなくて――」
それを見て、フリックさんが再び口を開いた。
「お前とナナミは、共に幼い頃ゲンカク老師に引き取られた養子だ」
――養子？ あ、そういう事なんだ。フリックさんの言葉に、何だか納得。
「――最もこの辺りのことは、俺よりビクトールの方が詳しいと思うが」
「ビクトール、さん？」
また知らない名前だ。
「ああ、それも会ったら紹介しよう」
「はい。
あぁ……でも成る程。どう見ても、どっちも結婚とかして義理の姉って年じゃないみたいだもんね」
「当たり前じゃない」
「うん、だから何でかなって」
「そこかぁ……」
ナナミさんがジト目でつぶやく。
「え？」
「ううん、何でもない」
「えっと……ナナミさん？」
「もーっ、そんな他人行儀じゃなくて、お姉ちゃんて呼びなさい！」
急にそう言われても、実感ないんですけど……。
「えっと、じゃあ」
「うん、うん」
――何となく、真剣に期待されているように見える。ちょっと困った。
「ナナミ……お姉ちゃん？」
「うん、何？」
「僕達って……何歳？」
すると、ちょっと慌てた様子で。
「え、えっっとぉ……私は十六よ。リアンは……多分十五位じゃないかなぁ……」
何かメチャクチャ不確かなんですけど……？
「まぁ、二人とも戦災孤児だったみたいだからな。正確な年齢は解らなかったんじゃないか？」
フリックさんがそう言った。
「じゃあ、どっちが年上かって解らなかったんじゃ……」
「もう、最初に会った時に決めたの！ 私がお姉ちゃんだって！
誕生日も決めたの！ だから私がお姉ちゃんなの！」
「うん……解った」
何だか良く解らないけど……真剣に〝お姉ちゃん〟だと言ってるのは解ったから。
だから……まぁいいか。
医務室の扉がノックされた。
「ホウアン殿、こちらに軍主殿がいると、軍師殿に聞いて来たのだが――」
入り口から顔を出したのは、
黒い瞳、黒い髪に緑のバンダナ、赤い服を着た、僕よりも年上に見える少年だった。
そこまで違わなそうだけど……何だかとても、落ち着いて見える。
「ああ、丁度良い所に来ましたね。ええ、リアンさんもいますよ」
ホウアン先生が、彼を迎え入れると、フリックさんが、彼を振り返り、訊ねた。
「あぁ、来たのか。――大丈夫なのか？ 急に倒れたから――」
「あぁ、問題ないよ」
「……その、記憶の方は」
今度は幾分聞き難そうなフリックさんの言葉に、彼はあっさり答えた。
「そっちも大丈夫」
「……そうか」
黒髪のその人は、近付くと、真っ直ぐ僕の方を見た。
「ええと、〝初めまして〟だよね、リアン」
「えっと……あなたは……僕を知っているんですか」
そう訊くと、彼は〝うん〟と、微かに微笑んでうなずいた。
「僕はデュオン。デュオン・マクドール。
どこまで聞いてるか解らないけど、君が記憶喪失になる前は、僕が記憶喪失だったんだよ」
「え？ そうなんですか？」
僕の前に記憶喪失だった？
「そうそう。だから、解らないこととかあったら、遠慮なく訊いて。出来る限り力になるから」
「あ、ありがとうございます」
訊きたいことは一杯あるんだけど。何から訊いていいのか、正直良く解らない。
「リアン、こいつがさっき、ルックが連れて来るって言ってた奴だ」
フリックさんが、マクドールさんを指してそう言った。
「あ、そうなんですか」
ホウアン先生が僕達の前に立つ。
「リアンさん、マクドールさん、お二人とも診察させて下さい。
少々時間がかかりますので、他の方々は申し訳ないですが、一度お戻り下さい」
「ああ、解った。行こう」
「はぁい……」
フリックさんがナナミ――〝お姉ちゃん〟を促し、二人が出て行こうとすると、
マクドールさんが、フリックさんを呼び止めた。
「そうだ、フリック、少し手が空いてるようなら、図書館のルック達に〝少し遅れる〟って伝えておいてくれないか」
「ああ、解った、伝えておく」
「頼む」
そして、僕とマクドールさんだけが、ホウアン先生の所に残った。