お約束。 ～欠落～
それは、例によってある日の戦闘中。
不意に過ぎる魔法的な気配に、思わす反射的に身体が動いて、飛び出していた。
同盟軍の軍主、リアンの前に。
「ぐっ！」
炎や雷といった五行攻撃系なら、ある程度防げる筈だったのだが、〝それ〟は違っていた。
突き抜ける、淡い光。
相反する程の強い衝撃に、意識が白く染まる。
！！ 精神系……か……。
「！！ デュオンさん！！」
……遠く、誰かの声が耳を掠めたのを最後に、僕の意識は途絶えた……。
「…………」
目を開くと、見慣れない天井があった。
……ここは……。
「デュオンさん！」
「？」
「……ご免なさい、僕のせいで」
横からの声に顔を向けると、赤い服の少年が済まなそうに頭を下げている。
「……ええと」
どうやら僕はベッドで寝ていたようだった。何がどうなってるんだ？ この状況は……。
「僕を庇って魔法を受けたんです。――大丈夫ですか？」
「……」
「……デュオンさん？」
……僕は少し考えた末、目の前にいる人の良さそうな少年に告げた。
「君……誰だ？」
「……え」
少年が瞬く。
「僕の事を……デュオン……と呼んだな」
「デュオンさん……もしかして……」
動揺して目を見開く彼に、少しばかり悪いような気がした。
「……済まない、記憶がないみたいだ。何も……思い出せない。君は僕を知っている……みたいだが」
「……先生」
少年は困った風に、横にいた医者らしき眼鏡の青年を見遣った。
その人は僕の様子を見て、
「意識はしっかりしていますね。外傷も問題はありませんし。恐らくは受けた魔法の影響でしょう。
ショックによる一時的な記憶の喪失ならば、徐々に戻ることも考えられますが……。
一度、魔法の専門家に診て頂くことをお勧めします。
私は、通常の負傷や疾病が専門ですので、もしも故意にそういった類の魔法をかけられたのであれば、私の手に余りますから」
「魔法……」
それでパーになったと言うことか？
「……専門家か……」
そう言われても、記憶がない自分には、当然心当たりもない。
「わかりました」
横で少年がうなずいていた。どうやら彼には心当たりがありそうだ。
「デュオンさん、他におかしな所とかはありますか？」
そう言われて、僕はベッドから起き出してみる。――特に問題はない。せいぜい掠り傷だ。
「……大丈夫みたいだな。ところで、君は」
「あ、リアンて言います」
「リアン……」
つぶやいてみたが、思い出す物はなかった。
「……もう少し、詳しい話を聞かせてくれるかな」
「はい」
僕の言葉に、彼――リアンはうなずいた。
「……」
何と言うか――困った。全く実感がない。
ここはジョウストン都市同盟内にある、元ノースウィンドウ村跡地の城で、現在ハイランドと交戦中の同盟軍の本拠地らしい。
僕は南の隣国、トラン共和国の出身で、デュオン・マクドールと言い、現在ここの客分らしい。
そして、僕が庇ったというこの少年――リアンがここのリーダーで、自分はその隣国の――。
「なぁ、本当なのか？ 僕がその……かつての赤月帝国将軍家の出身で、帝国に革命を起こしてトラン共和国を打ち建てた英雄だってのは」
僕はリアンに訊ねる。本当は軍主である彼に敬称を付けるべきなのだろうが、年下に見えるのと、どこかのんびりとしたその雰囲気が、何となくそれを阻害していた。リアンの方は、僕にずっと敬語を使っている。僕が隣国の英雄だと言うのと関係あるのだろうか。
「はい、丁度三年程前で……あなたはその後旅に出たと」
「旅……」
「故郷のグレッグミンスターにも、ずっと戻っていなかったみたいです」
「何で？」
そう訊くと、リアンは少し困った風に。
「僕は……その頃のあなたを知りませんから。僕があなたに会ったのは……最近のことで、直接聞いたこともないんです」
「そうなのか？」
「はい」
「……」
僕は少し考え込んだ。
「デュオンさん？」
「客分……ということは、僕は軍に籍を置いている訳じゃない……ということかな」
何とか状況を把握しようとする僕に、リアンが軽くうなずいて答えた。
「そういうことです。……僕の我が儘だったんです。ご免なさい。巻き込んで」
「よく、解らないけど。僕が承知したなら、そんなに気にしなくていいんじゃないのか？」
「でも、困るでしょう、デュオンさん」
「いや、実感なくてさ」
「……」
リアンは微かにうつむく。
「何て言うか、君、リーダーっぽくないな、あんまり」
正直に告げると、少し拗ねた様子で、
「よく言われます。でも、僕、デュオンさんにはリーダーとして頼んだ訳じゃなくて。徒、話を聞いてもらいたくて。だから、いいんです」
「そう、なのか」
「はい」
一体、どういうことだったのだろう。
「――デュオンさん」
リアンがふいに視線を向ける。
「僕、これからのこと、シュウさんと相談して来ます。後、ここには、三年前、あなたと一緒に戦ってた人たちもいますから、話してきます」
「ああ。――ところで魔法の専門家って言うのは、心当たりあるのか？」
そう訊いてみると、リアンはうなずいた。
「はい、そっちも当たって来ます。――解らないこととかあったら何でも訊いて下さいね。出来る限り力になりますから」
――本当にリーダーらしくない。
「ああ、よろしく……ええと、リアン殿？」
すると彼はブンブンと首を横に振った。
「呼び捨てでいいです」
「いいのか？ リーダーなんだろ？」
「仲間でも、年上の人とかは結構そう呼んでますから」
「そうなのか」
「はい」
――この親しみやすさが『彼』なのかも知れない。
漠然と、そう思った。
お約束。 ～違い？～
リアンの案内で、皆が集まっていると言う部屋へと向かう。
すると、廊下の前方、壁際に、一人の少年が立っていた。
白に緑が基調の法衣。銀の長いロッドをたずさえ、額の装飾品の下から、鋭い視線を向けている。
開口一番。
「……パーになったんだって？ ざまあないな」
「――何だって？」
――知り合いだろうか。微妙に不愉快だ。
「ルック」
リアンが止める風に呼ぶ。こいつの名前らしい。
ルックと呼ばれたそいつは、斜に構えた視線をリアンに向けた。
「リーダー、そいつをここに留めない方がいい。元々部外者だ」
「でも僕のせいだし、放ってなんかおけない」
リアンが反論する。
「国際問題になりかねんしな」
音を立ててタイミング良く傍の扉が開き、長い黒髪の青年が出て来た。鋭い眼光。
続けて何人か部屋から出て来る。
「――軍師殿」
「シュウさん」
ルックとリアンが黒髪の青年に呼びかける。さっき、相談すると言っていたのはこの人か。
「――国際問題？」
つぶやいた僕の言葉に答えたのは、シュウではなく、後から出て来た青年だった。
青いバンダナとマント姿で剣を帯びている。彼も知り合いだったりするのだろうか。
「お前は本来、トラン共和国の大統領になる筈の人間だ。現在トランを治めているレパントは、元、解放軍のメンバー。
要するにお前の元、部下だ」
「！」
……そういうことなのか。
「そして我々は現在、そのトラン共和国から、協力を得ているのです」
続きをシュウが継いだ。
「……つまり、僕のことで、支援が破談になると？」
「あなたの対応によっては」
「成る程……、そういうことですか」
「デュオン、元々俺達の勝手で来てもらってて悪いと思ってる。だが、今の俺達にはトランの協力が必要なんだ」
青バンダナの青年が言う。
「俺の方も頼む、カンベンしてやってくれ」
隣にいた、体格の良い粗野な感じのする男も頭を下げる。
……事情は大体解った。……と言うか、むしろここで反意を示すと、僕の立場の方がヤバくないか？
記憶のないまま、放り出される位で済むかどうか。――それ以外に一票だな。
「……もし、嫌だと言ったらどうするんだ？」
「デュオン……！？」
青バンダナの驚いた表情が印象的だ。どうやら、敵意とかはないようだ。――少なくとも彼には。
少し、表情を緩めた。
「――リアン、この人達、昔からの知り合いか？」
隣にいるリアンに聞く。
「シュウさんは違いますけど、後の人は皆、そうですよ」
「ふぅん。――で、僕はそんな風に頭を下げなきゃならない程、信用がなかったのかな？」
目の前の彼等に問う。
「デュオン？」
「どうなんだ？」
「いや、そんなことはない。だが、今回はこっちに非があるからな……」
バツの悪そうなその表情は――嘘をついているようには見えない。
僕は一応彼らを信用することにした。
「……取りあえず、今の僕に、そんなつもりはない。それでいいですね、シュウ軍師殿」
僕は軍師の方を見てそう告げた。
「ご配慮、感謝します。こちらも、貴殿の記憶が戻るよう、手を尽くさせて頂きます」
「ご厚遇、感謝します」
取りあえず、そう答えた。
シュウは、この城の僕の出入りは自由だが、状況が解らない間は、あまり派手に動かない方がいいと言い残して去って行った。
「ところで、リアン」
「何ですか？」
「この人達、誰？」
僕は目の前に残った人達を指さして尋ねた。
――青バンダナはフリック、その隣はビクトールと言う名だった。
フリックとビクトールが去った後。
「リーダー」
再びルックが不機嫌そうに口を開く。
「今のそいつは足手まといになる。あまり関わらないことだよ」
「ルック……」
リアンが少し困ったようにつぶやく。
何なんだ？ さっきから。
「何か、恨みでもあるのか？」
そう言うとルックはギロッとこちらを睨んだ。
「さぁ、ね」
敵意あり気に言い捨てて、去って行った。
「……何なんだ、あいつ」
「――普段はもっと違うんですよ」
リアンが取りなすようにそう言う。
「そうなのか？」
「はい。……ルックとデュオンさんは、よく一緒にいました」
「え゛！？」
信じられない。嘘だろ。……いや、リアンが嘘をついているとは思わないが……。
「どー見ても、そんな態度に見えなかったぞ？」
思わず、奴が去った方を指さした。
「……」
リアンは微かに迷うように言い淀む。
「災難でしたね」
その時、ずっと隅の方にいた、二人の少年が近付いて来た。
声をかけて来たのは、頭の両側に翼飾りを付けた軽装備の少年。
「けど、あなたとルックがよく一緒にいたというのは本当です」
「げ……そうなのか……謎だな……昔の僕……」
思わずそうつぶやいていた。
「じゃあ、何なんだ？ あの態度は」
「……アイツ、ムカつくだろ……」
そう言ったのは、少し年下に見える、忍者らしき黒装束の少年だった。
「まぁな」
「アイツ、協力攻撃とか言って、俺やコイツにまで攻撃魔法ぶっ放すんだぜ」
そう言って、翼飾りの少年を指さした。
「……何だって？」
眉をひそめた。
「本当か？」
周囲を見ると、二人共、少し困った様子でうなずいた。
「じゃあ……つまりそんな奴と僕は仲が……良かったって言うのか？」
「ああ。だから俺、お前も嫌いだった」
黒装束の少年のセリフに、返す言葉もない。
「……そう、なのか。それは……悪かったな。……覚えてないんだが」
「……」
黒装束の少年は、少し訝るように僕を見ていた。
「ルックもそれさえなければ、そんなに悪い人じゃないんだけど」
翼飾りの少年が言う。
「でも攻撃されてるんだろ？ よくそんな風に言えるな、えーと……」
又しても名前を聞いていないな。
「フッチです」
「フッチか」
スゴイ奴だ。
「……」
フッチは少し眼を見開いて僕を見ている。
「ふーん、あんた、今の方が話し解るじゃん」
黒装束の少年が言う。
「俺、〝サスケ〟な」
「そうか……前と違う？」
「大分」
「うーん……」
自分ではよく解らないが……。
「デュオンさん」
フッチの呼びかけに、ふと気になっていたことを訊いてみた。
「あのさ、そう言えば、何で皆『さん』付けで呼ぶんだ？ リアンまで」
「デュオンさんは僕より年上だし、僕にとっては先輩みたいな感じだから」
リアンはそう答えた。
「へぇ……」
「普通の方がいいですか？」
そう言ったのは、フッチだった。
「出来れば」
覚えてもいない英雄扱いはされたくないと思った。
「……やっぱり変わってないのかな……」
と、フッチが僕を見てつぶやく。
「え？」
「以前のあなたにも、同じことを言われました。普通に話す方がいいって。……あの頃は余裕がなかったけど、今なら」
「フッチ？」
何の話だろうか。
微かにうつむいたフッチが、ふいに顔を上げる。
「デュオン、でいいですか？」
「ああ、敬語もなしでいい」
少し肩の力が抜けて微笑む。
「じゃあ、デュオン、よろしく」
「よろしくな」