お約束。～交代の影響？（Ｓｉｄｅフッチ）～
〝デュオン〟……いや、
〝デュオンさん〟が、図書館を出るため、僕達の隣を横切る。
彼が横に来た瞬間、サスケがぼそりとつぶやいた。
「本当に、記憶、戻ったんだな」
「――残念ながらね」
ほとんど無表情だったけれど、記憶をなくす前の彼なら、
記憶が戻ることを〝残念〟だと言う言い方自体をしない気がする。
やはり――影響はあると言うことだろうか？
「だが――」
彼が言葉を続け――そこで、彼の表情がフッと緩んだ。
「だからこそ――勝っておいて良かっただろう？」
「！！」
悪戯っぽい、勝ち気な笑顔。それがサスケと僕に向けられていて。
それは確かに〝デュオン〟のもので。
忘れてる訳じゃない。消えた訳でもない。そう言うことなんだ――。
「お前――」
サスケが驚いた風につぶやく。
〝デュオン〟はスッと表情を元に戻すと、背を向けた。
そのまま真っ直ぐに図書館を出て行く。
「待っ――」
僕は思わず立ち上がった。
今なら、訊ける気がした。
今しか、訊けない気がした。
「ご免、少し外す！」
図書館に残る、サスケとルック、テンプルトンに言い残すと、彼を追って図書館を飛び出した。
「〝デュオン〟！」
その背にそう呼びかけると、
彼は振り向かないまま、静かに足だけが止まった。
「――訊きたいことがあるんだ」
「――」
僕のかけた言葉に、彼は黙って先を促すように姿勢を正して、佇んだ。
「その紋章……やっぱり記憶がないままだと駄目だったのか？」
そう、今の彼には、その答えが解っている筈だ。
彼は僅かに肩越しに視線を向けた。
そして、右手を押さえる仕草。
「……この〝右手〟に、僕の最も大事な者の〝魂〟がいる。
――その事実が、この紋章を押さえる〝力〟になるんだ」
「……！！」
静かな言葉に、打ちのめされる。
「……だから、記憶のない僕では、駄目だったんだよ」
「……っ」
痛い言葉を、言わせてしまった。そう思った。
「……フッチ、君の言う通りだな」
だがデュオンの言葉は、とても静かだ。
「え？」
どこか詠うように、彼の言葉が流れた。
「――忘れてはいない。消えてる訳じゃない。――全部、覚えている」
その言葉は、どこか哀しかった。
「……デュオン」
デュオンは僅かに気まずそうに瞳を陰らせる。
「……ルックには、悪いことをした。
――あれは間違いなく、君達の味方だ。
僕を敵に回してでも――この場所のために動く」
「でもそれは……ここのためだけじゃ……」
そう言うと、彼は軽くうなずく。
「解ってる、僕の望みもそこにある。……ルックは、少し変わった」
「それは……どの部分で？」
変わった、と言うのは確かにそうかも知れない。
でも、デュオンがどこを指してそう言っているのかを知りたくて、訊き返した。
デュオンは僅かに遠く、視線を投げる。
「――覚えているか？
前の戦いで、同じことが起きて、僕が多くをこの右手の犠牲にしていた最初の頃、あいつは関心もなく、何も言わなかった。
だが、あいつは今回、僕がここに来るのを最初から反対していた。
――リアンと僕が望んだから、黙過していただけだ」
「――ルックが？」
少し、意外だ。
「ああ。少しだけ、あいつが変わったのが、僕達のせいでなければいいと思う」
「え？ どういう意味で――」
問い返すと、デュオンが、言葉を変えて言い直す。
「あいつの変化が、僕達の〝不幸〟を見たせいでなければいいんだが」
「あ――」
思い当たる感覚に、僅かに眉を寄せた。
デュオンが少し気を取り直すように言葉を紡いだ。
「――僕は戻る。今回は、楽しかった」
その言葉に、微笑む。
「僕もだよ、デュオン」
「それと――君達をなくさなくて、本当に良かった」
ぽつりと、告げられた言葉。
「！！」
変わってない。変わってないんだ、本質は何も。
だけど、だからこそ、僕達のために戻ろうとする彼を引き留めることなど出来ない。
それは、彼を苦しめる。
だけど、だから、せめて。
顔を上げ、力を込めて、告げる。
「僕は、忘れないよ。〝デュオン〟のことも、〝デュオンさん〟のことも。
どちらも同じだと思うから――絶対に」
「――」
肩越しに振り向いて、彼が見せた微笑みは、穏やかで、優しかった。
それは、〝デュオン〟でありながら、〝デュオンさん〟であるような、不思議な表情。
彼は、視線を戻すと、再び軍師の部屋へと歩き出す。
僕は、黙ってそれを見送った。
――こうして、彼は、帰って行った。