お約束。～真実？（Ｓｉｄｅルック）～
風の紋章でマクドール邸まで移動した。
「おわっ……と、移動したのか」
デュオンは物珍し気に辺りを見回している。
「前の君なら当然知ってたけどね」
デュオンに構わず、屋敷の中へ踏み込んだ。
「あ、待てって」
真っ直ぐデュオンの部屋を目指す。物証がある方が話がはやく済む。
部屋に入り、奴を振り返る。
「じゃ、手っ取りばやく行くけど、あんたの右手にあるのが、
世界の根源に関わる力と言われる二十七の真の紋章の一つ、
――生と死を司る紋章。通称ソウルイーター。
――ここまではいい？」
その言葉にデュオンは確かめるようにうなずく。
「――ああ、宿主の身近な者の魂を取り込む 呪われた紋章だって言うのは、本当のことなのか？」
「本当だよ。あんたは既に何人も喰らってるだろ。覚えてなくても」
「え」
デュオンは僅かに眼を見開いた。
「それから、コレが」
ぞんざいに、壁にかかった例の少年の肖像画を示す。
「あんたの親友殿で、その紋章の前の持ち主だ」
「――前の持ち主？」
「そうだよ」
彼の反応を窺うように、僅かに目を覗き込む。
「その親友殿も、あんたの父親も、あのグレミオって付き人も、その右手の紋章が喰らったんだよ」
「！？」
デュオンは先程よりも強く、驚きと不安、とまどいを浮かべ、動揺した。
「え、でもグレミオはそこにいるだろ？」
信じられないと言った様子だ。当然と言えば当然だが、全く解ってないセリフに嫌になる。僕は何度目かのため息をついて。
「詳しいことは本人に訊けばいい。僕はあれが死んだ時いなかった」
僕は説明を当人に押し付けた。
「そうなのか？」
その言葉にはうなずいて肯定の意を示す。
「だがあれは、間違いなく一度死んでるよ。何の因果か、戻って来ているけど」
「あっさり言うけど……そんなことあり得るのか？」
訝しげに問うデュオン。まぁ、当然の疑問か。
「集った百八星と、レックナート様の門の紋章の力だよ」
「百八星？ レックナート？ 門の紋章？」
「……」
――これを最初から説明するのか。面倒だな。
だが先程のように、他に押し付ける訳にも行かない。
重いため息をつき、なるべく簡潔になるように口を開く。相手のためじゃなく、自分が面倒だからだ。
「門の紋章は二十七の真の紋章の一つで、レックナート様は僕の師匠で、百八星ってのは――歴史が動く時に集う、百八の宿星を宿す仲間のことだ。
ちなみにあんたは前の戦いで、天魁星――星主だった。今のリアンと同じく」
「リアンが？」
「ま、簡単に言えばリーダーってことだろ」
「あ、そうか……」
デュオンはちょっと考えるような仕草の後。
「えっと……何の話だっけ」
おい。
今説明したのは何だと思ってるんだ。
「……」
思わず睨むと、相手は軽く頭を振って。
「いや一遍に色々言われたから、ちょっと混乱した。
で、ルックはそれで僕があの城に来るのを反対してたのか？」
「客のせいで味方が減ると面倒だからね」
「だったら、何でそう言わなかったんだ？」
「こんなくそ面倒臭いこと、何で僕がわざわざ説明してやらなきゃならないんだ！」
そう大声で睨み付けると、デュオンは案外あっさりと引き下がった。
「……それは、悪かった」
デュオンは質問を変えてくる。
「ルックは僕が旅に出た理由とか、知ってるのか？」
ちらりと横目で、相手の右手の甲を示した。
「その紋章じゃない？ 本当の理由なんてあんたしか知らないけど、確かめたいことがあるとか言ってたよ。
何かは知らない」
親友殿か付き人、紋章か宿星。
大体その辺だろう。予想は付く。あえて訊く気もなかった。
すると。
「――本当に、前の僕と君は親しかったんだな」
納得したような、予想外の反応が返って来た。
「何でそうなる訳。兎も角、今のあんたに来られるのは迷惑なんだよ」
そう突っぱねると。
「けど、ここにいても同じことだろ、解決にはならない」
その程度は解っているらしい。
「だったらさっさと記憶を戻すんだね。直に再調査があるだろ。接触して取り戻すしかないんだ、張り切って盾になれ」
「――何だ、最初からそう言えば良かったのに」
微かに拍子抜けした風に言う。
「何が」
「いや、思った程悪人じゃないんだなって」
「ケンカ売ってるのか」
「徒の感想」
「ふざけるな、もういいだろ、帰るよ」
踵を返し、デュオンの横を通り抜けると。
「あ、ルック」
背中に声がかかる。
まだ何かあるのか。微かに足だけを止める。
「前の僕はこの紋章、制御出来てたのか？ 何人も喰らった、とか言ったけど」
「三年以上前の話だ。――今のあんたよりはよっぽどマシだったよ」
「今の僕じゃ制御出来るようになれないか？」
「今のあんたには無理だよ」
きっぱりと告げた。
「どうして」
「――――」
この話になるから嫌だったんだ。
自分が理解出来ない理由を説明する気にはならない。
だが、このままでは納得はしないだろう。
僅かに沈黙を挟んで。
「――今のあんたは不用意に人に近付き過ぎる」
そう答えた。
「それに紋章の制御も甘過ぎだ。通常紋章さえまともに使えないようじゃ話にならない」
「……何で使えなくなったんだろう。棍とか日常生活のこととかは覚えてるのに」
「知らないよ」
だが、その記憶自体が、狙われる要因を持っていた可能性はあるだろう。
その記憶がない今、ここまで制御が消えていることも事実だ。
デュオンは訝しむような表情で。
「なぁルック、未だ何か気になることがあるのか？」
「何が」
「何か、機嫌悪いし――あ」
ぽんと手を打つ。
「もしかして忘れ去られたことを怒ってるとか、今の僕があまりに体たらくだから気に食わないとか」
「確かに今のあんたは気に入らないよ」
崖から落とすし、挑んで来るしで、散々だ。
「……」
デュオンは黙って話を聞いている。
「けど、前のあんただって同じさ」
気に入らない行動を取ると言う意味では。徒、あいつは解っていて、選んでいた。それだけの違いだ。
「え？」
「自覚があるかないかの違いだけだ」
「……」
デュオンはそれを聞いて、何か考え込んでいる様子だった。
「だがそれが大問題な訳さ」
「つまり――どうあっても今の僕では駄目だと？」
「……」
――本当は、駄目ではない。
だけど。
それは、させたくない。そう思うのは、なぜだろう。
それは、義務感か、後悔なのか。それを表わす言葉は知りたくもない。
だから、あえて意地の悪い視線を送る。
「……さぁ？ 徒、紋章が制御出来ないのは、あんたが忘れてるからだ。
逆に、制御出来るとしたら、それは既に今のあんたじゃない筈だよ」
そう、〝今のこいつにとって身近な存在〟を再び喰らえば、
前と同じ程度の制御力を再び得ることは出来るかも知れない。
どちらにせよ、僕にとっては理解出来ない理屈だが。そんなことが、力の増大ではなく、〝制御力〟につながるなんて。解らないし、解る必要もない。
そして今の僕の立場上、それをさせる訳にも行かない。酷く、面倒だが。
「お前、何を知っているんだ？」
デュオンの言葉に、軽く視線を上げる。
「記憶がない、〝今〟のあんたじゃ、その紋章は制御出来ないってことさ」
「僕は、何を忘れているんだ？」
「――」
今の僕は――それを表わす言葉を持たない。
君が忘れた筈の膨大な事実を――僕は、全て知ることも出来ないし、理解も出来ない。
徒、眺めていたに過ぎないのだから。
そう、強いて言うなら――。
「――全てを」
それだけ言うと、今度こそ振り向かずに屋敷を後にした。
――後は、彼次第だ。