お約束。～挑戦？（Ｓｉｄｅルック）～
普段通り石版の前にいると、面倒な顔がやって来た。
言わずと知れた、今回のトラブルの主、デュオンだ。
「ルック、僕と勝負してよ」
開口一番、さらに面倒臭いことを言われた。
「又来てるのか……」
不機嫌も迷惑も隠す必要もない。
だが、相手は気にしていない様子で。
「ルックって、訊いても答えなさそうだから。
勝負して、こっちが勝ったら、僕について知ってること話すってので、どうだ？」
「――〝殺す〟存在に、言うことなんか何もないよ」
と言うか、全部説明するのは長いし面倒だ。それに、記憶が戻れば無駄になる労力だ。
だが向こうも食い下がって来る。
「それって、僕の元の記憶を戻すって意味なのか？」
「……」
記憶が戻るかどうか解らない今の状態では、無理もないのかも知れないが。
――出来れば別の奴に訊いて欲しい。
「記憶を戻すと、今の僕は消える。――そう言うことなのか？」
デュオンは言葉を重ねて訊いて来る。
向けてくる眼差しは、真っ直ぐにも見えるが、見覚えのない表情をしている。
――今のこいつは、今までとも、三年以上前とも違う。
「……」
「おい、何とか言えよ」
割り込んできたサスケに、軽く思考を留めて答える。
「……そうなるだろうね」
再び〝デュオン〟が口を開いた。
「今の僕には解らないけど、僕が山程忘れることがあって、君が重大なことを幾つも隠してるってことは解るよ」
「……」
「僕は、今の僕として、本当のことを知りたい。
それに、僕が忘れてるせいで、みんなの方が、僕を見る度に辛そうなのも嫌だ。
そして何より――サスケやフッチをなくしたくない」
「――」
それを、望むのか。自然、僅かに鋭くなる視線で見据える。真意を見抜くために。
デュオンは言葉を続ける。
「僕は――真実から逃げたくない」
何も、知らないくせに――。
だが、
それゆえに、向けられる眼差しは、かつてとも違う見慣れない真っ直ぐさだ。
「へぇ……何も知らないくせによく言うね」
恐らく今のこいつの想像以上に、事実は重い。忘れる程度のことだったのか、とまでは言わないが。忘れて済む程度のことなら、もう少し簡単だった。
「だから知りたいって言ってるんだ」
デュオンの瞳に、強さが増す。
「いーから勝負しろ、ここで会ったが百年目だ！」
「……」
状況が全く解ってない忍者の態度に神経がピリピリする。
何で僕がこんなことを――今回の面倒事は全部君達のせいだろう。いい加減、嫌になって来るな。少し――発散するか。
意識を切り替える。
「今の君に遠慮なんかしないよ……纏めて来なよ！」
瞬間、多数の風の刃が奴等に向かう。
無論、フッチも射程内だ。
「伏せて！」
半歩踏み出したフッチが槍を振るうと、穂先に裂かれて風が散った。
「お、やるじゃん」
サスケは感嘆の声を上げ、デュオンの背中越しにフッチが説明する。
「前のデュオンさんの助言で、穂先に風の紋章片を打ち込んだんです」
「へぇ……」
全く余計なことを。内心、前の奴に毒づく。
最も以前のあいつが、今のように僕に挑んで来ることはなかったが。
「行くぞ！」
フッチが防御に回り、残り二人が向かって来る。
再び放った風の刃に、デュオンは思い切りよく頭から突っ込んで来た。
「くっ！」
忍者の攻撃をかわしつつ、ロッドでデュオンを迎え撃つが――。
二つの風を切る音が交錯する。
「っ――」
デュオンは、ロッドにまとった風に肩先を切られながらも、こちらの喉元に棍をピタリと突き付けていた。
「――」
張り詰めた瞬間が流れた。
癪だが――まあいい。
――僕はロッドを引いた。
「――いいだろう、三人がかりのプライドのない根性に免じて、説明してあげるよ」
「！」
そう告げると、
デュオンが、サスケと顔を見合わせる。
「やったっ」
「よっしゃぁ！」
そう言って、サスケと拳を打ち合わせる様子は、まるで徒の子供のようだ。
その様子に内心、ため息をつきたくなる。
そして、ふいにデュオンが僕に向き直る。
「三人がかりは悪かったけど――どうしても、一緒に何かやっておきたかったんだ。
それと、ありがとう。初めて〝今の僕〟を相手してくれたよな」
真っ直ぐな、明るい視線。それはどこか、三年前にも似ている。
「……馬鹿な所だけは変わらないな」
自然、『だけ』の部分に妙に力が籠もった、平たい口調になる。
「……本当に恨みがあるんじゃないのか？」
別に、恨みじゃない。徒、出来れば面倒だから関わりたくなかった。
「さぁね。――行くんだろ」
――その笑顔を消すことになろうとも、再び。
「あ、ああ」
追って来るだろうデュオンに構わず、踵を返した。