お約束。～質問（Ｓｉｄｅルック）～
本拠地に戻ると、医務室に向かった。
魔力が切れて、自力で回復出来ない上に、今の状態ではキツイとか、そう言うこと以上に。
訊いておくこと――確かめておくことがあった。
～医務室～
「――で、あいつ――デュオン・マクドールだけど、身体は問題なかったんだね」
あいつを診察した医者を捕まえて確認を取る。
「はい。少なくとも記憶を失うような原因は見当たりませんでした」
「そう」
自分の負傷も問題はない――と言うか、
応急処置の後は、自力で何とかすることにして、さっさと医務室を後にした。
「……」
精神のみに作用する魔法もいくつか存在する。
だが、記憶を〝消す〟ではなく〝抜き取る〟と言うのはかなり特殊だ。
そして、あれはリアンを狙っていた。徒の偶然か、それとも立場上狙われたのか。
しかし、リアンの記憶をわざわざ〝抜き取って〟、何の得がある？
「……」
考えを巡らせていると、当の本人がやって来た。
リアンは僕を見るなり、走り寄って来る。
「ルック、やっぱり怪我したんだ、回復いる？」
「いや、必要ない」
用がなければ、来なくてもいいくらいだ。
それに。
「――君の力はこんなことに使うべきじゃないよ」
リーダーの力は温存しておくべきだ。忠告と皮肉を込めてそう言うと。
「そんなことないよ。ルックは仲間なんだから」
リアンは真面目な顔で返して来る。
全く、どうしてこうおせっかいが多いんだろう。
「とにかく、何ともない。……何か用？」
鬱陶しい話題を切り上げ、話を振ると。
「ルックが先に帰るなんて珍しいし、デュオンさんが下敷きにしたって言ってた」
「ああ」
思い出すのも腹立たしい。あいつの方が重いんだぞ。内臓破裂したらどうしてくれる。
「だから、様子見に来たんだ」
咎めに来た訳ではないらしい。――この軍主らしいが。
「……君に話を通さなかったのは、悪かったけど、問題ないよ」
徒、あの状態であの場所に留まると、森を出るまで平気な顔を続けられたかどうか、解らなかったが。
「本当に平気？」
「ああ。それより、さっさと解決することだね」
「……」
ふいに、ずっとリアンの横にいたものの、黙っていたフッチが口を開いた。
「ルック。話があるんだ」
普段よりも真剣な眼差しをしている。
「出来れば二人で――いいかな」
さすがに、こいつも何か気付いているのか。
「少しなら構わないけど？ リーダーは？」
リアンに視線を向けると。
「僕はもういいから。後はお願い」
リアンはフッチにそう言って去って行った。
二人で、屋上に出る。
夕方が近い。
朱を帯び始めた光と、風。
「――で、何の用だって？」
そう促すと。
「……単刀直入に訊くけど、今の状況って、君から見てそんなに悪いのか？」
フッチはそう言った。
「どうしてそう思う？」
根拠を問い返すと。
「最初から、おかしいとは思ってたんだ。
デュオンのこと遠ざけようとしてるのもそうだけど、デュオンに対して変に態度に棘があるって言うか……
リアンさんも気付いてると思うけど」
フッチは考えているように一度言葉を切った。
「……」
その原因に気付かないとは、お目出たいな。まぁ、気付かないのが普通なのだろうが。
フッチが言葉を続ける。
「ルックが意味なくああいう態度してるとは思わないよ。
ルックがリアンさんに意見するってことは、それなりの理由があるってことだろう？」
「――フッチ」
かつて、あいつは、知っていれば〝気構えが違う〟と言っていた。
それは、フッチにも当てはまることだろうか。
――だとしたら。
静かに、事実を告げる。
「一度だけ、忠告するよ。このままだと――次に死ぬのは君だよ」
「！」
フッチの顔色が驚きの色に染まる。
「今のあいつは、紋章を制御出来ていないだろう」
淡々と、事実のみ告げる。
「……確かに……前より不安定になってるみたいだったけど……」
フッチは深刻気にうつむいた後。
「ルックにはそこまで解るのか？」
……解るも何も、僕には常に視えている。
「君も多少は解ってるんだろ？ あいつの右手に宿るモノをさ」
前の時に見ている筈だ。少なくとも、その力の片鱗位は。
「ソウルイーター……。でも、僕が？」
余り自覚のない様子に、息をつく。
「知らないの？ あれは近付く者の魂を狩るんだよ」
「！」
フッチがびくっと震えた。僕はそれに構わず面倒な説明を続ける。
「喰われたくないなら、あいつを元に戻すことだよ。リーダーにはあいつを遠ざける選択肢がないらしいからね」
こんな忠告、らしくない、サービスが過ぎるとは思うけれど。
――これ以上は、性格的に無理だ。
「……」
沈黙したフッチに背を向ける。
「じゃあね」
「ルック！」
戻ろうとすると、呼び止めて来た。
「どうしてそれを、デュオンに言わないんだ？」
「――」
それを、僕に訊くのか。
理屈はともかく、自分が納得出来ないことを、説明する気にはなれない。
フッチは言葉を続ける。
「あの人の本質は変わってないと、僕は思う。言えば、受け止めると思うよ」
だが、僕の予測が正しければ、記憶を戻さなければ、制御力は元には戻らないだろう。
他の紋章はともかく、あの紋章だけは。
第一、今の状況が見えていないあいつに説明するのは、すこぶる面倒臭い。
なぜ、違う世界を見るように傍観していた存在が、わざわざ本人に、そいつ自身のことを言わなくてはならないのか。
「何で僕がそこまでしなきゃならないんだ」
不機嫌にそう告げる。
「僕はリアンの兵なんだよ？ そこまでする義理はない」
そう言い捨てて、その場を後にした。