希の階　７

　　　希の階　～広がる世界　５～

　街で買い出しをしてる途中で、若い女の人がついとサフィのマントを引いた。

　あの赤い服は確かチャイナドレスとかいう格好で、艶のある茶色の髪を、黄色いバンダナでポニーテールにしている。

　

勝ち気そうな瞳が、きらめいて微笑んだ。

「あらお兄さん、ちょっとステキね。私と遊んで行かない？」
「い、いえ、私は……結構です」

　サフィはいきなり引っ張られてとまどったみたいだ。

「そんな固い事言わなくてもいいじゃない？　それとも私じゃ不満？」
　言いながらサフィの肩に手を回した。

「そういう事ではなくて、私は今……」

　困ったようなサフィと眼が合った。

「お、王子～。何とか言って下さいよ～」
「あら、……貴方の子供？」
　その人が俺の方に視線を送る。

「いいえ、でも私が保護者ですから、離れる訳には」

　その人は俺をじっと見て、ちょっと口の端を上げる。
「ふ～ん、後五年って所かしら？　ねえ坊や、私と遊んでみない？」
「え、俺？」

「い・け・ま・せ・ん！！」

　怒髪天を突く勢いでサフィが飛び出して来て、その勢いのまま俺の手を引いた。
「うわっサフィ？」

　サフィはキッとそいつの方を振り向く。

「私はともかく、この方にそういう事を言うのは許しませんから！　行きましょう王子！」
　言い終わるより前に、サフィは俺を引き摺って超高速でその場を後にした。

　〝強い奴、探さなくていいのか？〟ってそんな俺の疑問もサフィには届かずに地面に落ちた。

　希の階　～広がる世界　６～

「はー全く教育上……王子は未だ……」
　サフィは息を切らせながらも、未だ何やらつぶやいている。

「なあサフィ」
「いいんです王子は知らなくても！」

「は？　何がだよ？」
　サフィさっきからちょっとヘンだぞ？

「えっ……。王子、何か御用でしたか？」
　サフィがはハッと我に返ったように俺の方を見る。

「すげー寂れたトコに来てるけどいいのか？」

　そう、さっきとは全然違う感じだ。
　薄暗くてジメジメしてる。

「えーと、あまり良くありませんね。スラム街なんて」
　辺りには薄汚れた建物が並んでいる。

「スラム？」
「ええ。奈落は結構貧富の差があるんですよ。この辺りは治安も良くありませんし」
「何で？　父上が治めてるんだろ？」

　なのに何でそんな事になるんだ？

「奈落は広いですから。王の力は絶大ですが、一人で全てに手が届く訳ではありません」
「ふーん……」
　何かちょっと面白くない。

「何か御用ですか」

　いきなり声が聞こえた。
　鋭くて冷たい感じのする声だ。

「え？」

　声のした方を見ると、建物の陰に誰か立っている。
　青く長い髪につば広の帽子をかぶって、白っぽい長衣を着ている。
　年は……サフィよりは下かな、ルビイとは……どうだろ？

　俺がそんな事を考えていると、再び声が流れた。

「ここは貴方達が来るような場所ではありませんよ。立ち去って下さい」

「どういう事だよ？」
「ここには何も無い。
そんな上等な身なりでうろついていると、何があろうと文句は言えないですよ。
次はありません。二度と近付かないで下さい」

　サフィがつっと前に出て来た。
「警告、ですか。貴方がこの辺りのリーダーですか？」

　サフィがそう訊ねると、相手はうなずいた。
「……そうです」
「若いですね」
「貴方がたには、関係無い事です」
　冷めた眼差しは、どこかピリピリと鋭さを感じる。

「速やかに立ち去って下さい。警告はしましたからね」
　言うがはやいか、そいつは立ち去っていく。
「あ、ちょっと待て！」
　俺は思わずそいつの後を追い掛けた。

「王子？」
　サフィの追い掛けて来る足音が俺の後ろから続いた。

「確か、この辺……」
　角を曲がった所で見失い、辺りを見回す。

「王子、この辺りに深入りは危険ですよ」
　追い付いたサフィに訊ねた。

「サフィ、あれ、何だ？」
　見上げた先に、変わった建物があった。
　屋根に十字の印が付いてる。

「異端……ですか」
　サフィのつぶやきにオウム返しで聞き返し、首を傾げる。
「いたん？」

「王子の首元にある印が、奈落の象徴である様に、十字は天の象徴なんです。それを掲げるのは、天使を崇める異端の一派なんです」
「天使を……？」
　俺は瞬いた。

「ええ、奈落王ではなく、天使を。いずれ、反旗を翻（ひるがえ）すかも知れないという事です」
「それって、危ないのか？」
「一概には言えませんね、単に集まって祈ってるだけという場合もありますし」
「ふーん？　そうなんだ？」　

　その時、建物の方から声が聞こえた。
「カロール、お帰りなさい、どうだった？」
　建物の方を見ると、小さい子供達に囲まれて、さっきの青い髪の奴が在た。
「心配ありませんよ、いい子にしてましたか」

「うん。　……僕にも羽根があったら、カロールの手伝いが出来るのに」
　その子供の言葉に俺は意識を引かれた。
　羽根？　それって……天使の？
　俺にはそのカロールって奴の背に、他の襲ってきた天使みたいな羽根があるようには見えなかった。
　勿論、ぶかぶかした服着てるから絶対とは言えないんだけど。

「……だめですよ、そんな事を言っては」
　穏やかな口調でカロールは子供をたしなめている。
　さっき俺達に向けていた物とは全然違った。

「貴方達まで背負わなくていいんですよ。ここは僕が護りますから」
　子供達を見る眼は、静かだけど優しい。

「サフィ、あれって……」
「孤児なのかも知れませんね。それも……もしかしたら……混血……」
「サフィ？」
　混血？
　だけどサフィはそれ以上は言葉を濁した。

「いえ……だからあえて十字を掲げているのかも知れません。他の魔人から子供達を護る為に」
　俺にはサフィの言った意味が良く解らなかったけれど。
　徒、そいつ等の様子を見ていて。

「そんな危なく見えないんだけど。置いといてもいいんじゃないか？」
「そうですね……」
「他にやる事一杯あるだろ？」
「ええ、では戻りましょう。そろそろ日が暮れますから」

　俺達はそっとその場所を後にした。

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