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希の階 ～広がる世界 ４～
次の日、俺達は山登りをしていた。
「サフィ、本当にこの辺なのか？ その強い奴が在るのって」
地図を片手に歩くサフィに声を掛けると。
「それが……、詳しい場所までは誰も知らないんですよ。凄腕らしいんですが」
「えーっ？ この山でかいぞ？ 結構登ったぞ！？」
俺は辺りを見回しながら腕を振り回した。
辺り一面、緑の山が広がってる。
「ええ……そうですよね……」
「疲れたー、ちょっと休ケイ！」
俺はその場に足を投げ出した。
丁度、平たい岩場になってて、周りが良く見える。
「……」
サフィは俺の横でしばらく地図を睨んでいたけど。
「――王子。私ちょっとその辺りを見て来ますから。ここに在て下さい」
「わかった」
……けど、しばらく経っても戻って来ない。
「――遅いなー。もう待ってるの飽きたぞ。どこまで行ったんだろ」
もう休んで体力も回復してるし。
俺は立ち上がって辺りを眺めた。
山の下の方には、一面に緑が広がっていて、太陽もそろそろ傾き掛けている。
「木しか見えないよなー、あれ？」
――煙が上がっている。木々の間から、細い煙が一筋。
何だろ、誰かいるのかな。
「そんなに遠くないな……」
サフィは未だ戻って来ないし、このままじゃ日が暮れるぞ。
「ちょっと、行って来よっと」
俺は、煙が見える方に下りて行った。
「下りると煙も見えなくなったし……結構森深いな……あ、これだ！」
枝をかき分けると、少し開けた場所に、木の小屋みたいなのがあった。
「人が住んでるのかな……こーゆー時は確か……『ご免くださーい』！ 誰かいるー？」
中に向かって、最近覚えた〝訪問時のアイサツ〟ってやつで呼び掛けた。
しーん。
だが、何の反応も返って来ない。
どこかで鳥の鳴き声が聞こえて来るだけ。
「うーん、ここまで来て引き返すのもなぁ……うわっ！？」
寄り掛かった扉がそのまま動いて、俺は中に転がり込んだ。
ドタッ。
「あ、開いてたんだ……ビックリした――ってうわあ何か割れてるし！」
部屋の中には壺とかが一杯置いてあって、入り口近くにあった奴が、
俺が転がった拍子に割れて破片になってる。
「ど、どうしよう……」
思わず周りを見回す。
「誰もいないみたいだけど……」
窓から射し込むオレンジ色の光に、壺や絵……みたいなものが照らされている。
「これ、絵……だよな……？」
何描いてあるか解んないんだけど。何だろ。
「と、とにかく誰も在ないなら……」
帰ろうかと思った瞬間。
「……誰だ」
「うわぁ！！」
いきなり背後から低い声が響いて、俺は飛び上がった。
振り向くと、濃い色の長い金髪を下ろした長身の男が立っている。
と、年は絶対サフィより上。
「あ、えっと……煙が見えたから誰かいるのかなーって……。
声掛けても反応ないし、寄り掛かったらドアが開いて……、
だ、だからわざとじゃない！ わざとじゃないけど……その……ごめんなさい……」
「……」
俺はそーっとそいつを見上げながら、床の破片を指して訊ねた。
「あの……、これって高いの？」
「……そうだな」
「うっ……そっか……。サフィに怒られそうだな……」
そうつぶやくと。
「壺が欲しいのか？」
「え？」
「その辺りの物は試作品だ。気にしなくていい」
「え？」
「完成品はこちらにある――どうだ」
どうだって言われても。
「えっと、俺、壺を探してる訳じゃないんだ」
「なら、絵か。これは最近のものだが……」
「これって何描いたの？」
――実はさっきから訊いてみたかった。
「俺だ。――解らないか？」
「わ、解んない……」
何か色がぬりたくってる感じで。
「……そうか」
「ご、ごめん……」
何だか妙に気まずかった。
「あ、あのさ。俺、強い奴探してるんだ。もしかして、お前がそう？」
一応、訊いてみる事にした。
「――俺が？」
「うん、この辺にいるって聞いたんだけど」
「――悪いが、お前が求める者は、ここには在ない」
そう答えが返った。
「そ、そっか。もしかして芸術家なのか？」
「俺がか」
「だって壺とか絵とか売ってるんだろ？」
こんなに一杯置いてあるし。
「そうだな、似たようなものだ」
「ふーん」
「お前は何故、力を求める？」
静かで、低い、渋い声は感情が解りにくかったけど。
何となく、真剣な気がした。
だから俺は、もう一度、戦う理由――を思い起こす。
「……必要だから、かなあ。
継承戦争って知ってる？ 勝たないと王様になれないってやつ。
俺、その片割れの王子だからさ」
「その戦いに勝つためか」
相手はあっさりそう言った。
「うん、お前疑わないんだな。俺が王子だって。大抵他の奴が説明しないと信じないのに」
ルビイとか全然信じてなかったし。
「そうか」
「な、お前から見て俺って王子って感じ、するのか？」
「……」
横から髪の向こうの顔を覗き込む。
「おーい？」
反応無いから、目の前で手を振って見ると。
「……この奈落にあって、お前のような心の在り様はめずらしい」
唐突に言葉が返った。
「え、そうなのか？」
「解らないか」
「？」
解らずに視線を返すと。
「――じきに日が落ちる。麓（ふもと）まで送ろう」
やっぱり唐突に、そう言って立ち上がった。
「え、平気だよ、一人で帰れる」
「ここは夜は天使の支配する土地になる。お前だけでは危険だ。行くぞ」
そいつは俺の返事を待たずに、外へと歩き出した。
「………………」
ざくざくと、俺達の足音だけが山道に響く。
「……………………」
うう……気まずい……。
さっきからずっとこんな感じだ。こいつ何にも喋んないし……。
「継承戦争と言ったな」
「え、ええっ？ ……うん。言った」
ビックリした、こいつ言動が唐突すぎ。
「王候補が他にも在るのか」
「いるよ。プラチナって名前の俺の弟。
血が繋がってるってだけでよく知らないし、何かツンケンして、気に入んないけど」
「――辛い戦いだな」
「え？」
初めて聞く言葉だった。継承戦争を、〝辛い戦い〟だって。
「どうして？」
「実の弟と戦って辛くはないのか？」
ん……どうだろ、俺。
「よく知りもしない相手と、戦えるのか？」
その言葉に、俺は少し考えてみる。
……別に、俺が戦いたくて始めた訳じゃ無い。
「……そうだね、少し――辛いかも」
「知りたいとは思わないのか？」
その言葉に、俺は自分の足元に視線を落とす。
蹴り出した小石が、道の外に転がって行くのが見えた。
「……ホントは俺、少し知りたかったよ、あいつの事」
あいつがどんな奴なのか。
――俺にとって、世界は初めての事ばかりで。
知りたい事は山程あって。
だけど。
「でも、あいつにとって、俺は徒の敵で――、本気で俺を殺そうとした。
俺――死にたくないし。
あいつは敵で――負ければ俺が消えるんだ。
それだけは解ったから」
「諦めるのか？ 知ろうとする事を」
「……」
答えを返せなくて、俺は沈黙した。
「考えてみろ、違う道が開けるかも知れんぞ」
その言葉に、おっさんを見上げる。
「ホントに？」
そんな事、出来るのか？
「ああ、難しい事では無い」
「そうかな」
俺には何だか難しそうだと思ったけど。
相手は変わらない調子で答えた。
「そうだ」
だから、俺はうなずいた。
「……うん、考えてみるよ」
月明かりで僅かに浮かぶ木々の向こうから、覚えのある人影が姿を見せた。
「王子！ こんな所におられたんですか、探しても見付からないので心配致しましたよ」
「あ、サフィだ」
「お前の部下か」
おっさんの言葉にうなずく。
「うん、送ってもらってありがとな」
「あ、そうだったんですか、ありがとうございました」
サフィが軽く頭を下げた。
「…………」
おっさんがサフィに視線を留める。
「あの、私の顔に何か？」
それに気付いたサフィが訊ねた。
おっさんはサフィから視線を外して。
「……いや、人違いだろう、すまない」
「私の顔なんてどこにでもある顔ですから」
「そうだな、……だからこそ、タチが悪い」
つぶやいた言葉の意味は、良く解らなかった。
「？ そうだおっさん、名前訊いていい？」
「……今度会う事があれば、ジルと呼ぶがいい」
「わかった」
ジルはそのまま、背を向けて去って行った。
「……不吉な匂いのする方でしたね……」
サフィが僅かに不安そうに、ジルの帰った方向を見詰めていた。
「そうかな、最初はちょっと怖かったけど、フツーだったよ？」
「行きましょう、王子。この場所はそろそろ危険です」
「わかった」