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希の階 ～広がる世界 ３～
サフィが気を取り直すように切り出した。
「王子、今度は温泉宿場を訪ねてみましょうか。
普通の街とは違った趣（おもむ）きがありますし、骨休めも必要でしょう」
「おんせん……って、勝手にお湯が沸いてくるってやつ？」
「そうです。王子は、温泉は初めてでしたね」
サフィの言葉にうなずく。
「うん。又面白い奴に会えるといいな～」
「王子、仲間集めの事も、忘れないで下さいね」
「わかってるって」
「うわ～すげー匂い」
何か、腐ってるみたいな匂いだ。
「硫黄の匂いです。この成分が体に良いんですよ」
「そうなのか？ どうせなら、お菓子の匂いとかの方がいいのに」
そう言うとサフィはちょっと息をついて。
「……王子にワビサビは少しはやかったですかねぇ」
そう言われて俺はちょっと面白くなかった。
「何だよ、それ」
「取り敢えず宿を見て来ますから、少しお待ち下さい」
「うん」
一人になって辺りを見回すと、……白い壁と、瓦屋根の建物が並ぶ落ち着いた街だ。
この前見た賑やかさとは結構違う。――かなり人も少ないみたいだ。
やがてサフィがバタバタと戻って来た。
「王子。……少し困った事になっているみたいです」
「何？」
――まさかプラチナじゃないよな。
「天使が湯元に毒を撒（ま）いたらしく、温泉に入れないんですよ」
「えーそうなの？」
「ええ、ですがもう一つ。今この街に〝青の賢者〟 が来ているという情報を仕入れました。さっそく、行ってみましょう！」
「わっ、ちょっとサフィ？」
サフィは俺を引っ張ってグングン歩き出した。
――青の賢者って何だ――？？
そんな俺の疑問を残して。
「…………」
宿の奥まった座敷の部屋には。
沢山の女の人に囲まれた水色の頭の少年が座っていた。
外見は俺と同じ位の年に見える。座ってるけど、多分、背格好も俺といい勝負って感じだ。
でも。
『賢者様～』とか口々に呼ぶ、派手な着物の女の人達に酒を注がれては、
『うむ、お前のようなバカは、僕は嫌いではないぞ』とかやっている。
俺は少し離れた襖（ふすま）の影に突っ立ったままだ。
「……なぁサフィ」
「何でしょう、王子」
「賢者って、賢い者って書くんじゃないのか？」
「そうですけど」
「あれ、どー見たってバカだぞ！？」
俺は水色頭に青い衣の少年を指差す。
サフィは人差し指を立てて、
「王子、声が大きいですよ！ それに、話してみれば、意外に真面目な方かも知れませんし……
外見のみで実力を計るのは、この奈落では……」
「サフィ、目が泳いでるぞ」
「う゛っ……」
俺の指摘にサフィは言葉を詰まらせた。
「俺、あんなのが部下になるの、ヤなんだけど。帰ろうよ～」
そう言うと、サフィはさとす様な口調で、
「王子、味方は必要なんです。数は力ですから」
「でもさ～、あれ、もしかしてサギ師じゃないのか？」
「それは、確かめてみてからでも遅くはないでしょう。あの身に付けているタリスマンには、強い力を感じますよ」
「けど、どー見ても馬鹿じゃないか！」
コンッ！！
景気良い音と共に、俺の頭に何かが当たった。
「いてっ」
「……お銚子（ちょうし）？」
サフィが白いビンみたいな物を拾い上げる。
「随分言いたい事を言ってくれるねぇ。誰が馬鹿だって？」
「あ」
水色の頭が直ぐ近くに立っていた。
視線が真横にあるし、やっぱり背は俺と同じ位……じゃなくて、
どうやら聞こえてたみたいだ。
「す、済みません！」
サフィが慌てて頭を下げる。
「でも俺、〝青の賢者〟なんて知らないし」
「王子！？」
「サフィ。俺に教えた事ある？」
ジト目で問う。
「ない、ですけど……」
「じゃあ、知らなくて当然だろ？」
エヘン、と胸を張る。
「そーですけど！ 本人を前にして威張らないで下さいっ！」
その遣（や）り取りに、彼が微かに微笑う。
「……フッ……君は本当にプラチナ王子とは対照的だね、アレクサンドル＝パストゥール」
からかう様な声音。
「えっ！？」
ビックリして、振り返る。
「俺の名前、何で」
「僕の千里眼は何でも見通すからね」
詠うような口調。
「――それに今、プラチナって。――会ったのか？」
「ああ。君達は戦力を集めているのだろう？ 赤の王子とその参謀、サフィルス＝ホーソン」
「私の事も……」
サフィも少し驚いている。
「――プラチナにつくのか？」
そう訊くと。
「さぁて。しかし、馬鹿呼ばわりされた方につく義理はないね」
「う゛っ……ごめん……」
「正直だねぇ、まぁ君が土下座でもしたら考えてもいい」
「いけません！！」
サフィが割って入った。
「サフィ？ でも、さぁ」
「駄目です！ 主君となるかも知れない方に土下座しろなんて言う人は信用出来ません！ 帰りましょう！」
「おや、いいのかい？」
「構いません！」
断言するサフィに彼は少し呆れた様子で。
「やれやれ。……随分と騒がしくなってしまったし、僕もそろそろお暇（いとま）するよ。
店主、宿代がわりに奇跡を一つ起こしてあげよう。取っておきたまえ」
――奇跡？
「――おいで水よ、穢（けが）れた記憶を消してあげよう」
少年がつぶやくと同時に、部屋の外でザバァッと強い水柱が上がった。
「湯元が……！」
湯元？ 毒が入ってるってヤツか？
噴き上がった水は、そのまま部屋の中に流れ込んで来た。
「うわっ」
「しっ……死ぬ！ 死んでしまう～っ！」
部屋は大騒ぎになった。が、しかし。
「あれ、何ともない……？」
「毒が……消えた！」
今度は別の意味で大騒ぎだ。
「うー苦い。何だこれ」
徒のお湯じゃないのか？
「温泉ですから……」
いつの間にか、水色頭……じゃなくて、自称、青の賢者は姿を消していた。
俺はビショビショになった室内から、湯元を見渡す。
「サフィ、奇跡って、本当だと思う？」
「私には……何とも……」
「あいつ、本物だったのかな？」
こんな事が出来るなんて。
「……どうでしょうか」
俺の問いに、サフィは用心深さを見せて答えた。
「サフィ、その前にさ」
「はい」
「〝青の賢者〟って、何？」
「……そう、でしたね……」
青の賢者とは、歴史上に度々現れていて、奇跡を起こしては風のように去って行くという、伝説の存在。
七つの眷属を従え、千里眼を持つと云われているが、詳しい容姿等の記述は、数多の伝説の中にも残されていないという。
「一説には子供の姿だという話もあるのですが……。王子は、信じますか？ 青の賢者の伝説」
「うーん、わかんない。でも、今度会ったら、ちゃんと聞いてみたいかな」
「そうですね、今回はかなり場を悪くしてしまいましたし、今度は普通に話せたらいいですね」
「うん」