希の階３４

34P

　　　希の階～溝埋める絆～

「ベ～リ～ル～ッ！！」

　酒場に飛び込むと、見慣れた頭が振り向いた。

「お前会議サボるの十二回目だろ！　何飲んでんだよ！　俺だってサボりたくても抜けらんないんだぞ！」

「兄上……」

　物言いたげにプラチナの突っ込みが入るが、この際無視だ。
　ベリルも面白そうに言う。

「そりゃあ君が在なければ始まらないからねぇ。……でも、僕が在なくても君達はもう大丈夫だろう？」
　その言葉に声を荒げる。

「俺は！　『一緒に』作ろうって言ったんだ！！　　天使と魔人が共存……むぐっ！」

　両横から伸びた腕が、俺を押さえ込む。

「アレク～。こんな場所でそんな事大声で叫ばないでおくれよ～」
　困った様にベリルが囁く。

　そう、奈落で天使が敵という事実は、今だ健在している。特にこんな場末では常識と同じだ。

「――だが、俺も兄上と同じ気持ちだ」
　プラチナの視線がベリルを見据える。
「――プラチナ……」

「うぐぐ……ぷはっ！　お前ら二人して押さえんな！　息出来ないだろ！」
　俺が二人の腕を掻き分けて抗議すると。

「――ああ」
　プラチナがやっと気づいた様に視線を向け、二人が手を離した。

「とにかく！　お前が帰らないなら、俺も帰らないからな！」
　俺はどかっと椅子に座り込む。

「アレク――」
「何だよ、お前がちっとも出て来ないからだろ！　――そんなに俺達と在たくない？」
　自然と声のトーンが下がる。

「アレク？　そんな事――」
「俺達があいつを倒し――ううん、〝殺した〟から。だから俺達とは在たくないのか？」

　そう訊くと、ベリルは心外そうに否定した。

「違う！　君達には感謝している。あれは僕が願った事なんだから！」

「――それでも、辛いだろ？」

「……」

「俺達にとって、許せない奴だったとしても、お前は違うだろ？」

　ベリルの声のトーンが落ちる。
「アレク……。……違うんだ……」
「違う？」
「いや、違わないけど……あの人を憎む事は出来ないけど……そういう事じゃないんだよ」

「だったら、サフィ達の事？　顔会わせるのが辛い？　城に在たくない？　あの場所はベリルの居場所にならない？」

　今度はそう訊いてみると、ベリルは息を呑んで俺を見つめた。

「アレク――」

　もしかして、こっちが正解？
　俺はそう思って言葉を続けた。

「あいつらの事なら俺も頑張るからさ。ちゃんと話すから。俺達はベリルに在て欲しいんだ」

　そう言って、真っ直ぐに見つめた。
「アレク……君達の優しさを僕に向けないでおくれよ。……辛いよ」
「ベリル」
「僕は全てを利用した。君達の存在さえ利用して、君達が戦うように仕向けたのも、君達の大事な存在達を損なう道筋を立てたのも僕だ。僕は沢山間違って、迷って……多くを傷付けて来た」

　ザッ！

「！」

　プラチナの剣が、ベリルの目前の壁に突き立つ。
「断罪が望みか。――逃げて全てを終わりに出来ると、本気で思っているのか」
「プラチナ――」
　ベリルの指先が僅かに剣に触れる。

　ベリルは緩く頭を振った。
「――駄目だよ、未だ――終わりには出来ない」

「だったらこそこそ逃げるな。父上」
「……止めておくれよ、僕にそんな資格なんかない」

「だーかーら！　奈落王でも父上でも仲間でも部下でも何でもいいから！　
一杯間違ったお前なら、俺達が間違いそうになったら止めてくれるんだろ！？
俺達未だ知らない事一杯あるんだ」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「……」
「ベリル、俺達にこれ以上失くさせないでよ」
「アレク……」

「誰だって苦手なもの位あるし、全部合わせろなんて言わないけどさ。
このままだと、ベリルが在なくなっちゃう気がして、怖いんだ」

　その不安を正直に口にすると、ベリルは黙った。

「――」

「部下としても失格だな。――兄上、溜まってる書類、全部こいつにやらせたらどうだ」
　プラチナの提案に俺は即行で乗った。

「あ、いいなそれ！　もー俺絶対書類とか式典とか向いてないって。勝った方が王様で、王が全部やるって何か間違ってない？　
書類なら絶対プラチナの方が向いてるよなー」

「兄上にはもう少し自覚が必要だと思うがな」
「わかってるけどさぁ」
　俺がぼやいていると、ベリルがゆっくりと口を開いた。

「……いいのかい？　プラチナ、君の身体が弱くなったのだって、僕が無理にその姿に成長させた所為なんだよ」

「今更言っても仕方あるまい。責任を感じるなら、働きで返せ。俺は兄上の様に甘くはないからな」
「プラチナ――在ても、いいのかい？」

　珍しく慎重な様子で問うベリルにプラチナが答える。

「最初からそう言っているだろう、俺も兄上も」
「後悔、していないかい？」

　俺とプラチナは同時に答える。

『お前がいなくなれば、するかも知れんがな』
『お前がいない方が後悔するだろ！』

「全く……僕には出来過ぎた子達だよ……」
　ベリルが立ち上がる。

「ベリル？」
「帰るとしようか。仕方ないからね」

「よっし！　城まで競争！　魔法は禁止！　最後の奴はサフィの料理全部責任持って食えよ！」

　言うなり外へ飛び出す。
　サフィの料理は、味は悪くないけど、ものすごい量なんだ。

「！　ずるいぞ兄上！」
「魔法禁止って……アレク！」

　プラチナが溜め息をつく。
「諦めろ。時々悔やむが……あれが王だ」
「やれやれ……でもあの子だからこそ、この今なのだろうけどね」
　プラチナとベリルは肩をすくめてそう言い合った。
「――そうだな。俺は――今を悔やんではいない」
「――僕もだよ」

「二人共置いてくぞー！」

　ザクッ！

　俺の足元に剣が飛んで来た。

「ってうわ！　プラチナ剣投げるな反則だぞ！」
「魔法は使っていないぞ」
「くっそ～負けないからな！」
「やれやれ、僕も少し本気を出すとするかな」
　ベリルは仕方なさそうに、けれど少し眩しそうに続けた。

「でないと――負けてしまうからね」

　そう――色々な物に。
　そしてベリルは二人を追って走り出した。

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