希の階３３

33P

　　　希の階～幻の応え～

「『セレス……済まない』」

「――！」

　その声色の変化に、セレスの瞳がハッと見開く。

「プラチナ？」

　俺とベリルが二人を見詰める。
　その中で、セレスの表情がくしゃりと歪んだ。

「そう……『君』が泣いたりしなければ、僕はこんな処に墜ちて来ずに済んだのに――今更――」
　セレスと対照的に、プラチナの言葉は淡々と続く。

「『お前に……終わりを告げに来た。永い旅路の終わりを……俺は〝この世界〟でいい』」

　プラチナの手がセレスの頬に伸びる。
　セレスがゆっくりと眼を細める。

「今更だよ――だけど……僕に終わりを告げられるのは『君』だけなんだ……もう……いい。もう……捜さない。ごめん、ね……ありがとう……」

　微笑みと共に眼を閉じたセレスの表情は酷く安らいで見えた。

「セレス様……」
　ベリルの呟きが地面に落ちる。

「――プラチナ？　どうしたの？」
　俺はプラチナの顔を覗き込んだ。

　プラチナは沈んだ表情で。

「俺の中に誰か在るんだ。あの天使は俺の中の誰かに逢う為に永い時間旅して来たのかも知れない。――そして、俺の中の誰かも……」

「プラチナ……その誰かは……セレス様を憎んでいたのかい？」
　ベリルの問い掛けにプラチナは視線を落として首を横に振った。

「……いや」
「そう……」
　ベリルの口調は僅かにほっとしていた。

「俺は……誰なんだ？　俺は……本当は……」
「プラチナはプラチナだよ！」
　惑う様子のプラチナに、俺はきっぱりと告げる。

「生まれる前、ケースの中に在た時からずっと、俺はお前を感じてたから」
　俺の手がプラチナのマントを掴んだ。

「自信が無くなったら、俺が名前を呼んであげる。プラチナって名前で、何時も」
「……兄上」

　真っ直ぐに向けられる深紅の瞳にプラチナの眼差しが緩む。

「――ありがとう」
「うん。だって俺が兄貴だもん」

「……」
「――ベリル」
　僅かに遠い眼差しをするベリルに呼び掛ける。

「大丈夫？」
「うん……出逢った頃のセレス様は優しい人だったんだ。今の君達の様に。
だけど……理想の世界を目指した筈の奈落は、全然、平和にはならなくって……それは、僕達魔人の責任で。
本当は……アプラサスを排除する方向で叶えようとするべきではなかったんだ。
『誰もが迫害されない世界』を。魔人が作った奈落の状況は、あの方を失望させてしまった。
そしてやがて気付いてしまった。あの人の目指す先には……何も残らないと。
あの人の本当の希みはもっと違う事だと。
いくら言っても言葉は届かなくて……多分互いに変わったのは相手の方だと……感じていたのかも知れない。
だけど本当は……解って欲しかった。目指した事は……確かだったから」

　ベリルは一拍程眼を閉じた後。

「あの人を封印して、永い時を一人になって……僕は、恐くなった。何時しか人を物として扱いそうになっている自分に気付いて。
だから……旅に出た。奈落は影武者に託して。
心を失いそうな自分が怖くて……沢山奇跡を起こした。人と触れ合い……役に立てるうちは……僕は僕でいられる。もし駄目なら……壊そうと思った。
それしか無かった」

「ベリル……」

　俺はその悲しい話に何て言っていいのか解らず、徒その名をつぶやいた。

「でも、君達に出逢って……僕にとってチャンスだったんだ。……僕には一人でセレス様を倒す勇気が無かった。
……ごめんね、二人共。こんな事に付き合わせて」
「ううん、そんな事ないよ」
　俺は首を横に振り、プラチナが口を開いた。

「……だが、お前は自分で決着を付けた。――弱くなど無い」
「プラチナ……」
「……あれは、想像した以上に、こたえるからな」
　多分、参謀との闘いの事だろう。

「ベリル。ベリルの願いは――」

　俺の言葉にベリルはうなずいて答える。
「……うん。あの人を……倒してしまいたかった……もう、それしか、僕には出来なかったから……」

「ベリル……でも願いを叶えてもお前は哀しそうだ」

　ベリルは足元を見つめたまま。
「そりゃあ哀しいよ。ずっと一緒に在た人だからね。でも仕方無かったんだ」

「……じゃあ一緒に作ろうよ。天使も魔人も混血もアプラサスも皆が仲良く共存出来る世界を、一緒にさ」
「アレク……」
　ベリルは少し驚いた様に俺を見つめた。

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