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希の階～真実～
隠されていた、天上と奈落とを繋ぐ扉。
〝王の石〟はそれを開くための鍵。
俺達はそう聞かされていた。
その為にサフィルスとジェイドと闘った。
だけどそれは違っていたんだ。
開かれてしまった扉の向こうには路なんてなくて――一人の六枚羽根の天使が出て来た。
しかもその顔は――
「俺と……同じ顔？ 誰だ？」
髪や瞳の色とかは違うけれど、それは確かに俺と同じ顔だった。
紫の髪に金色の瞳をして、紫の服を着た――俺とそっくりな天使。
「路が……無い？」
珍しくジェイドが驚きを顔にあらわしている。
「……セレス様」
惑う様なサフィルスとジェイド。
「これは一体……！ どういう事なんですか！？」
サフィルスが天使を問い詰める。
これは……。
「お前がサフィルス達におかしな事を吹き込んだのか！」
「ああ、うるさいねぇ。――君達はもう用済みなんだよ」
セレスと呼ばれた天使はサフィルス達の方へ手を向けた。
「！ 赤の閃光！」
とっさに横凪に放った俺の魔法は奴の魔法の軌道を僅かに変えただけで止められなかった。
「あ……」
下脇腹の辺りに攻撃魔法を受けたサフィとジェイドは冷たい床に倒れた。
「くっ……これ以上俺の大事な奴を傷つけるな！」
「大事？ 君がそんな事を思うのかい？ 不思議だね。――君は……」
セレスの視線がプラチナに移った。
「もしかして……中に、在るね？ 似ているのは姿だけじゃなかったと言う事か」
「何の話だ」
「ふん、口ぶりまで『彼』にそっくりじゃないか。次に逢う時までに思い出しておくんだね。僕が誰なのか。そして君が……誰なのか」
「待て！」
俺はセレスを止めようとした。
「君にも翼が在ればいいのにね。虫は地面を這いずるがいい」
セレスは空高く飛び去ってしまった。
俺は後ろを振り向く。
「サフィ！ ジェイド！」
近寄ろうとした俺をベリルが止めた。
「こう言っては何だけど、彼はもう味方じゃ無い」
「……ごめん……だけど俺はもう何一つ失くしたくないんだ」
「……全く仕方の無い子だねぇ」
ベリルはやんわりと俺の腕を放した。
「ごめん、手当、手伝って。城に連れて帰る」
「ダメですよ、王子……」
「サフィ」
サフィは苦しそうに俺に告げた。
「私は貴方を裏切りました。貴方の敵です。天使なんですよ？ 庇えば貴方の立場が悪くなる」
「でも、俺には大事な仲間だよ。離れてもやっぱり嫌いにはなれなかったから。徒、悲しいだけだったよ」
「……王子」
サフィルスの頑なな表情が少しだけ和らいだ。
俺は言葉を続ける。
「一緒に帰ろうよ、サフィ。お前が帰るのはあの天の上なんかじゃないよ。思い出はここには一つも無いかも知れないけど……これから沢山作っていけばいいよ。
……俺達と一緒に作ればいいいだろ？ 忘れたくないと思えるそう言う思い出を、一緒に」
サフィが僅かに眼を細める。
「貴方がそう言うのなら……そうかも知れませんね……」
「俺はお前を赦すよ」
「貴方は……私の欲しい言葉を何時も気軽に言ってくれますね……」
くいとサフィが俺の腕を引いた。
俺は逆らわずに、サフィルスに身を寄せた。
――暖かい。
間に合わせなきゃ。
「プラムもおまじないお願い！」
「はいです！」
プラムは言霊で傷を癒す事が出来るのだ。
――俺達にはちょっと無理そうな呪文だったけれど。
「私を助ける事で貴方は苦境に立たされるかも知れません」
「そうしたらまたお前がフォローしてくれるんだろ？ 傍に……在てくれるだろ？ お前の帰る場所はあの空の上なんかじゃない。……そうだよね？」
祈るようなその言葉にサフィルスはうなずいた。
「ええ……そうですね。貴方の言葉なら……信じられる気がする……。貴方が未だ私を望んで下さるなら。私はこの先ずっと命ある限り貴方に仕えます」
はっきりとサフィルスはそう言った。
俺はプラチナ達の方を顧みる。
とぎれとぎれに言葉が届く。
「王子……この人を赦すおつもりですか？」
カロールの言葉にプラチナはジェイドの横に膝を付いて。
「憎んでいるさ。だが……こいつの所為で面倒な事になるのは慣れている」
「……困りましたねぇ。本当に――貴方にはもう教える事が何一つとして無い」
ジェイドの言葉からはいつもの皮肉っぽさは感じられない。
「だが、それでも俺はここに立っている。その功績は大きい。――何か願いはあるか」
ジェイドがプラチナをそっと引き寄せて耳元で囁いた。
「……傍に」
「……解った、叶えてやる。だから、もう……帰ろうとは思うな」
「――はい」
――どうやらプラチナの方も、説得に成功したみたいだった。
俺達は大急ぎで城に取って帰して、二人の手当をした。
「王子」
「サフィ、もう起きて大丈夫なのか？」
「はい、ご心配をおかけしました」
サフィの動きはまだ少しぎこちなかったけれど、近くの棚から取り出した茶器セットで、何時もの様に手慣れた手つきでお茶を入れてくれた。
差し出されたそれをそっと口に含む。
「うん、美味しい」
「……もう、私が淹れたお茶なんか飲んで頂けないかと思っていました」
「何で？ ――毒でも入ってる？」
後半ジト眼でそう返すと。
「そんな事しませんよ！」
「ならいいじゃん、美味しいんだから」
「全く……何故私を生かされたのですか」
俺はサフィを見つめる。
「サフィだからだよ。魔人でも、天使でも、アプラサスでも、精霊でも、混血でも関係無い。俺にとってサフィは既にそんな存在なんだ」
「王子」
「それに結局、あの天使に騙されてただけなんだろ？ ――お前はちょっと間違っただけなんだ」
そう言うと、サフィは後ろめたそうに。
「それでも私は……天に帰ってこの奈落を滅ぼす為に貴方を裏切ったんです」
「でも、帰って来てくれたよ。天の上じゃなくて、俺の傍に」
サフィは惑う様に言葉をつづる。
「……王子……私は……奈落が思っていた場所とはあまりに違って……それでも天上に帰る為にしか生きる術を知らなくて……
あんな風に生きるしか出来なかったんです」
「サフィ……」
「済みませんでした、アレク様」
サフィは改まってそう言った。
「赦すって言っただろ。――神様みたいな赦しじゃないけどね、多分。」
「いいえ、その言葉は今の私にとって魔法の言葉です。……王子」
サフィの腕が俺の背に回った。
一度だけ、ぎゅっと抱きしめられた。
「サフィ？」
その重さと暖かさに少しだけ戸惑う。
サフィルスはそっと俺を離して。
「私達も変わるべきなんでしょうね。――そうでしょうジェイド？」
振り向くとそこにはプラチナとジェイドが在た。
少し離れてルビイとカロールの姿も見えた。
サフィルスはジェイドに向けて語る。
「貴方は最初から突き放して切り捨てる事で自分を守って来た。散々迷って立ち止まって振り返っていた私とは違う。
だけど、多分私達は変わるべきなんです。でなけでば、ここに生き残った意味が無い……。
このままでは生きて行く事は出来ないんです。――そうでしょう？」
「相変わらず甘ちゃんだな、坊ちゃんは」
皮肉気な言葉に、プラチナの静かな声が響く。
「ジェイド。――俺の在る場所がお前の在場所だ」
「――はい」
それは、天よりも、プラチナの傍を選んだと言う事。
「それだけ解っていればいい。――サフィルスもそれでいいな？」
プラチナの言葉にサフィはうなずいた。
「……はい。ジェイドがそれを選んだのであれば」
「天使と魔人の共存……か。それが出来るなら……この奈落ももっと変わるのかな」
俺の呟きにルビイの声が返る。
「せやな……天使は魔人の敵。けど……全く例外が無かった訳や無い」
「ルビイ」
「そうですね……でなければ少なくとも僕は存在しませんでした」
「カロール」
カロールは少しうつむいて。
「最初は馬鹿だと思っていました。母の事を。天使なら天使らしく、魔人と戦って死ねば良かったのにって……。
生まれても僕等には在場所なんてないのにって。けど、母がこの奈落で狂わなかったのは父のお陰でもあるんです。ですから今は……」
「カロール……可能性は、あるっていう事？」
「……恐らく。僕には既に貴方方がそれを証明しつつ在る様に見えるのですが……
」
俺はサフィと顔を見合わせ、続けてプラチナとジェイドを見詰めた。
「うん、そうかもね」
「皆、今日はもう休め」
プラチナが部下達に言う。
「そうだね、サフィももう休んでよ」
「……解りました」
「――はい」
部下達は部屋へと下がって行った。
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