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希の階～ベリルとジル～
「――で、何で追って来たんだい？」
少し距離を取ったまま背後の木に手を掛けるジルに、ベリルは座り込んだまま振り返らずに尋ねた。
「ご恩返しですよ」
「何だいそれは」
「貴方は私の願いを叶えてくれた。それは感謝すべき事です。なのに私は最悪の形でそれを裏切ってしまった」
「何の事だい」
気づかないフリをするベリルに、ジルは問い掛ける。
「何故あの時私に情けをかけられたのですか？ あの時の私なら、永遠のその先にある闇に気付く事は無かったのに」
「別に情けなんか掛けていないよ。単に失敗しただけさ」
それはウソだと、言葉には出さずに。
「貴方が姿を消して、私は後悔しました。――貴方に従いきる事が出来なかった自分に。
そしてあえて私を『同じ』にしない為にこの右手のみに『力』を与え、さらに突き放した貴方の優しさと孤独に気付きました」
「……買いかぶりすぎだよ。僕は単に戯れに君に『力』を与えたに過ぎないんだよ、普通の魔人よりも長い寿命も。
この長い孤独と退屈を埋める為にね。君の人生を弄んで利用したに過ぎない」
だがジルははっきりと告げた。
「そのお言葉は嘘だと別れた後で気付きました。もうお気遣いは無用です。
――既に血縁の者も死に絶えました。後はご恩返しくらいしか楽しみがないんですよ」
すると、ベリルのトーンが少し下がった。
「そうか……君も知ったんだね、その哀しみを。――てっきり君には恨まれていると思っていたよ」
「何故です？」
「君を利用して騙そうとしたからね……永遠なんて決して良い物じゃないのに。それを知っていて……僕は」
その言葉には、迷いと後悔とが垣間見えた。
「マスター」
「何故名前を変えたんだい？ トール」
ベリルは時の彼方のその名を呼んだ。
「妻の名を忘れない為です。時々それすら……霞んで消えてしまいそうになりましたので」
「……そうかい」
「ですから……貴方の気持ちもほんの少しですが解るつもりでいます」
ベリルは少しばかり真摯な声音で告げる。
「君が僕を追って来ていた事には気付いていたけれどね……それでも逢おうとしなかったのは、多分、心地良かったからなんだ」
「どういう事ですか？」
「例えどんな理由でも、〝僕〟と言う個体を知って……追って来てくれる存在が在るって事が……さ。僕には嬉しい事だったんだ」
「マスター」
ジルがそう呼ぶと、ベリルは元の声音に戻って。
「僕は既に君のマスターじゃ無いよ。互いに王子に仕える身だ。マスターは止めたまえ」
ジルは少し困った様子で。
「ええと……ではベリルマスター」
「全然治ってないじゃないか」
呆れ口調にジルは頭を下げる。
「すいません」
「ああもういいよ、マスターで。――で、ご恩返しってのは何だい？」
ベリルはさじを投げた様子でそう言った。
「今度は私が貴方の願いを叶えて差し上げる番かと」
「僕の望みが君なんかに解る筈無いよ」
投げやり気な言葉に、ジルはあくまで静かな口調で告げた。
「確かに貴方の抱えた問題は貴方以外には解決出来ないかも知れませんが……それでもそのお手伝い位なら出来ると思いますよ」
「ジル」
「私には未だに貴方がどんな存在なのか見当もつきません。貴方は髪一筋さえも変わらない。けれど、私が知っている貴方はあどけない姿の魔法使い。
妻の仇を討ってくれた『ベリル』という名の優しい少年です」
ベリルは何かに気づいた様に目を丸くした。
「ジル――もしかしてそう言う事かい」
「え？」
「僕の望みと言う奴だよ。〝青の賢者〟とか言う実の無い物じゃなくて、君が〝僕〟自身を見てくれると言うのなら――」
ジルはうなずく。
「はい、私は〝貴方〟を追って来ました。少しでも貴方のお力添えになれる様に。――私は少しは貴方の願いを叶えられましたか？」
「――ああ、充分さ。だけどその〝力〟は、今は王子の為に使ってくれ。それが僕の望みにも繋がっていると思うから」
「はい、解りました」
ベリルの表情が僅かに緩む。
「――ありがとう、ジル」
「その言葉の為に今までの私はありました」
「君は変わらないと思っていたけど……変わっていたんだね」
ベリルは少し感慨深げにつぶやいた。
「それなりには」
「僕も変わらなくてはね。――終わりにしなくちゃいけない。だから――共に戦ってくれるかい？」
「勿論です、マスター」
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