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希の階〜ルビイの傷〜
次の日、俺はルビイと街に来た。
「坊主、ちょう寄り道してもええか？」
「うん、いいよ？ どこに行くんだ？」
「俺の実家や」
――そこは見事なボロ屋敷だった。
「うわ、蜘蛛の巣。――ルビイ？」
「……」
ルビイは居間らしき部屋の一角で立ち止まって壁を見ていた。
「そこに何かあるの？」
「親父（おとん）の肖像画があったんやけどな」
ルビイは思い出す様に眼を閉じた。
「――せやな、確かに似とる」
「え、何に？」
問い掛けると、ルビイは首を振って。
「いや、独り言や。――俺の家はな、千年位前に分かれた王家の分家やったんや」
「え、じゃあルビイって」
「せや、お前とも遠い親戚って事やな。これでも小さい頃は色々習わされた。『何時か奈落王のお役に立て』ってな。ま、俺は思いっきり反発してこんなんなったけどな」
「だから最初に仲間になった時も、あんな風に出来たんだね」
この屋敷の大きさといい、あの時の態度といい、何だか納得した。
だけど何でこんなボロ屋敷になってるんだろう？
「まぁな、まさかそれが本当になるとは思ってもみんかったわ。家も潰れたし、金も無いし、王様なんちゅう人種とはもう一生無縁やと思っとったしな」
「潰れた……？ 何で？」
思わず聞き返すと。
「反逆者として粛正されたんや」
「反逆者？ どうして？」
「あんな風に『役に立て』とか言うとって……親父（おとん）のやつ阿呆な恋愛しやがったんや。よりにもよって相手は天使。……そんなんバレたら、潰されるにきまっとる。親父（おとん）は誰よりもそれを、解っていた筈やのに……」
ルビイは壊れかけた窓の方を眺めて。
「……好きになるんはしゃあない。それが悪いとは、言わん」
そう宣言した後、ルビイはらしくなく哀し気な声音で続けた。
「せやけど……せやったら俺らは一体何なんや？ そいつのために何もかも捨てれるんやったら……何で俺らに関わったんや？ せやったら最初から作やへんかったら良かったんや。そんな、家。」
ルビイは顔を上げて続けた。
「だから俺は天使が嫌いや。どんな生き物よりも俺は天使が憎い。……どこからやってくるんかも、どこへ去るんかも知らん、あの生き物が……大嫌いや。あの翼で、あいつらは俺の手の届かん所へ何もかも持っていく。……俺はただ、こんな風に墜ちてくる羽根を掴むしかでけん。……まるで地ぃ這う虫けらみたいに」
「……ルビイ……」
「……だから、俺は天使を殺すのは大好きや。……あいつらの血にまみれるんも、嗚咽の声を聞くんも……だから、俺はカロールに恨まれる」
「……何だかカロールは随分お前を恨んでるんだな。最近、そんな夢ばかり視るんだ」
俺はルビイに夢の話しをしてみる事にした。
「夢？」
「うん。ルビイがカロールに斬られる所とか、他にも色々。何だか泣きたくなる様な場面ばっかり。――お前等も兄弟なんだろ？」
「やっぱり王子ってのは特別製なんやな。――隠して置きたい事までバレるんやから」
「本当の事なの？」
そう確かめると。
「ああ、当たり前やで」
と答えが返った。
「ルビイ」
「知らんかった。知らんかったのは確かや。だから、傷つけようと思って傷つけたんやない。しやけど……傷つけたんは確かや。……俺は、それまで、あいつの怒ったとこなんか一回も見へんかった。……よお考えたらおかしいのに。お前かて、怒ったり悲しんだりするもんな。こんな短い時間でも。俺とあいつは、それよりずっと一緒におったのに……ちっともそんな風に過ごさんかった。ただ、毎日一緒におっただけや。……何もわかりあおうなんてせんかった。……でも、もうすぐ遭う。……その時、俺は、どないしたらええんやろ。敵以外の何かに、なれんのはわかってる。それでも、俺は考えてしまうんや。他に、方法はなかったんかな。……戻れんくても、他に何か……」
迷ってる様なルビイに声を掛ける。
「……仲直り、したいの？」
「……わからん。」
「……やってみれば？」
そう提案してみると、ルビイは頭を振って。
「無理や。……俺ら、これから戦うんやで。そんな甘い事言っとったら、あっという間にあいつの魔法でドカンや」
「……でも、願うだけなら、ただだよ」
「……願ってるだけやったら、腹は膨れへん」
「じゃあ、やってみて諦めれば？ 最初が『ごめん』でも、いいと思うよ。」
そう言うと、ルビイは苦笑じみた笑顔を滲ませた。
「……そんな……簡単に言うなや。まるで悩んでる俺があほみたいやんか」
「そうかなあ、簡単な事だと思うけど。悪いなと思ったら、謝ればいいんだよ。……ねっ？」
「……全く、お前にかかるとなんでも一足す二やな。」
「なんだよ、それーーーー！」
思わず抗議の声を上げると。
「誉めとるんやで。……それが、プラスになってるんやないか。……俺がどんなに頑張っても、マイナスにしかならんけど。でも……そうやな。お前が出来る、って言うたら……出来そうな気ぃしてきたわ」
「出来るよ、お前なら」
そう、ルビイならきっと。
「そうか？」
「うん！」
「……そっか。……ほんまお前にはかなわんわ」
ルビイはそう言って笑った。
その後、街中を聞き込みして回ったけれど、結局サフィの情報は見つからなかった。
「なぁ坊主、お前、参謀殿の出身地とか知っとるか？」
その言葉には首を横に振る。
「ううん、聞いたこと無い。――後でプラムに何か解ったか訊いてみよう」
「せやなぁ。なら参謀になる前の話とかは訊かんのか？」
「ん……訊いてないよ」
そう答えると。
「俺達部下にはそれぞれ闘う理由がある。それはお前も知っとるやろ。けど参謀殿の事は解らん。――このまま参謀殿を信じて大丈夫なんか？」
「ルビイはサフィを疑ってるの？」
そう聞くと。
「情報が少なすぎると思わへんか？ 俺は唯、参謀殿の正体を知りたいだけや」
そう答えが返った。
「俺、仲間を疑うなんて嫌だな。今回の事は、サフィに何か遭ったんじゃないかと思うよ」
「せやな……今のは俺の勝手な勘ぐりや。忘れてくれ」
「――うん、ゴメンね、ありがとう」
ルビイが俺達の事を考えて言ってくれた事は伝わったから、俺はそう言った。
「いや、今のは俺が悪かった」
俺たちはテントに引き上げる事にした。
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